第19話 犯人推理ゲーム
ミステリー研究会の部室は東棟から西棟の二階、一番奥へと追いやられていた。東棟の奥よりも人気がなく、それほど広くない室内は少し埃っぽい。使われていなかったところを急いで掃除したように感じられた。
部屋では準備が終わっていたようでテーブルには紙が何枚か置かれていた。犯行現場を模したように図形が配置されている紙を琉唯は凝ってるなと眺める。聡と里奈は内容が纏められているだろう数枚の紙を手に準備万端といったふうだ。
聡と里奈は「これは結構、頑張ったんですよ」とやる気に満ちていた。この準備を見れば伝わってくるので、琉唯も適当にはできないなと渡された用紙に目を向ける。隼と千鶴も用紙に書かれている内容を読み始めた。
殺人事件が起こったのはとある県立高校。場所は屋外非常階段の真下、被害者は二年生の女子学生A。頭から血を流して倒れていることから転落死だと断定されている。
屋外非常階段と校舎を繋ぐ踊り場には女子学生Aの遺留品が残っていた。空っぽのお弁当箱・薬用カプセルと薬の入ったピルケース・スマートフォンが無造作に置かれていたとのこと。
現場は人気がなく、目撃情報もない。最後に確認が取れたのは昼休みに入った時で、一人で教室を出て行ったところで途切れている。昼休みに転落したのだろうと推察。
「えっと、遺体を検視したところ植物性自然毒の中毒症状が見つかり、殺人事件に……。結構、ちゃんとしてるんだね」
「これでもかなり考えましたからね」
千鶴が凄いやと紙から顔を上げれば、里奈は少し得意げだ。琉唯もよく考えてるなと思いながら隼へと目を向けると、彼はすっと目を細めた。
「容疑者は二年生の男子生徒B・二年生の男子生徒C・二年生の女子生徒Dとあるな」
「はい。三人とも女子生徒Aが死ぬ前に会った人物です」
三人の共通点は女子生徒Aと同じ部活に入っているおり、クラスメイトということ。男子生徒Bは彼女が朝の部活動時間にお弁当が入った巾着を忘れていたのを見つけて届けていた。男子生徒Cは部活動のことで朝のHR前に少し会話をしている。女子生徒Dは同じクラスで彼女が教室に出ていく時に薬の入ったピルケースを忘れているのを注意して渡した。
女子生徒Aは病院から漢方薬を処方されており、それを服用するために市販の薬用カプセルに小分けに入れていた。その薬用カプセルから植物性自然毒が検出されている。
女子生徒Aが屋外非常階段のところで一人で昼食を取るというのを三人とも知っていた。第一発見者は男子生徒Bであり、昼休みが終わる間際だった。昼休みの間、男子生徒Bはクラスメイトと、男子生徒Cは食堂で、女子生徒Dは同級生と昼食を取っている。
「いくつか質問をしても良いだろうか?」
「大丈夫ですよ」
「容疑者の三人は被害者が薬を服用していることを知っていたのか」
「知っていましたね。粉薬が飲めない彼女が市販の薬用カプセルを使用していたことも知っています」
被害者は粉薬が飲めず、市販の薬用カプセルを使用していると三人に話したことがあり、容疑者たちはそれを覚えていたという証言をしていると里奈は答えると、隼はまた質問をする。
「では、その薬用カプセルの溶ける時間は?」
「一般的なカプセル錠と同じで二十分以内には」
「通常、飲み薬が吸収された後、肝臓を通過して血液中に入り効果を発揮するまでに十五分〜三十分程度かかる 」
一般的な医薬品の場合は、成分をそのまま固めた素錠は三十分以内、糖などのコーティング錠は六十分以内、カプセルは二十分以内に水に溶けるように規格されている。カプセルは二十分以内なので、溶けてから薬が効くまでに十五分ほどはかかるため、最短でも三十五分はかかる計算となる。
県立高校の昼休みがどれほど長いかは、各学校の規則によるとしても一時間以上は設けられているはずだ。植物性自然毒の種類にもよるが、中毒死していないことから微量だったあるいは、思うように効果を発揮しなかったと推察ができると、隼は得られた情報から端的に纏めたように話した。
「高校生が毒を手に入れる手段は少ない。植物性自然毒となるとさらに限られてくる。検視でどの植物由来か出ると思うのだが?」
「えっと、キョウチクトウ中毒の可能性がでてます」
「あぁ。
「え、そうなの?」
聞いたことのない植物の名に琉唯が首を傾げれば、隼は「街路樹として植えられていることがある」と教えてくれた。
夾竹桃は車の排気ガスや大気汚染にも強く、緑化樹として公園や緑地などで植栽されていることが多い。けれど、葉・花・枝・根・果実すべてと、周辺の土に毒性がある。
公園や緑地などの街路樹から葉を採取することはそれほど難しいことではないだろうと隼は言うとふむと顎に手をやった。
「中毒症状は主に嘔吐や吐き気・四肢脱力・眩暈・腹痛などが挙げられる。被害者はその症状が出て苦しんだ可能性がある」
「あ、じゃあそれで階段から落ちたとか?」
眩暈の症状が出ているなら可能性はあるのではと千鶴が指摘すれば、隼もそれは考えられるとして再び、質問をした。
「屋外非常階段の手すりは容易に超えられる高さだったのか」
「それほど高くはないけれど、眩暈で足元が滑って落ちるほど低くはないかな」
聡は「犯人はこの三人の中にいるよ」と断言する。殺人に見せた事故死という引っかけではないようだ。
「ちなみにそのキョウチクトウ? って致死量あるのか?」
「ある。葉のみで計算するならば、成人で五枚~十五枚ほどで致死量に達する」
「うわ、殺意高いじゃん」
隼の話を聞いて薬に混ぜたということはキョウチクトウ中毒で殺すつもりだったのではないかと、その致死量で察することができた。けれど、被害者は転落死してたということは、そうすることができなかったということになる。
隼は「考えられるのは致死量を見余ったことだ」と指摘した。犯人は被害者が薬を飲むことを知っていても、何錠飲むかを把握できていなかった。全てのカプセルに乾燥させた夾竹桃の葉の粉末を混ぜたとしても、致死量にまでは達しなかったのではないかと。
薬で死ねばその間のアリバイは作ることができる。夾竹桃で自殺を試みる人間は少なからず存在するので、そう偽ることもできるかもしれない。けれど、それは失敗してしまい、階段から突き落としたのだろうと隼は推察する。
「鳴神、やけに詳しくないか?」
「そうですよ!」
「植物性自然毒に関する本を読んだことがあった」
どんなジャンルであっても興味が惹かれれば読むというタイプの隼は、図鑑だろうと童話だろうと読み込むのでそういった毒に関する専門書も読破済みだった。面白かった記憶があるから覚えていたとなんでもないように答えている。
聡からは知らないと思って資料を用意していたのにとなんとも悔しそうに言われてしまう。
「最初に被害者に忘れ物を届けたのは男子生徒Bということだろうか」
「そうなります。男子生徒B→男子生徒C→女子生徒Dの順番に会ってますね」
「では、ピルケースに触れた可能性がある容疑者は誰だろうか」
「え? 女子生徒Dじゃないのか?」
ピルケースを渡したのは女子生徒Dだと証言が出ているのだから、触れたのは彼女だけではないのか。琉唯の疑問に千鶴もうんうんと頷いている。だが、隼は「可能性が無くはないのではないか」と返す。
お弁当箱の入った巾着にピルケースを入れている可能性だってあるのではないか。そう問われて聡が「鋭い」と呟いた。
「被害者は薬の飲み忘れを防止するためにお弁当箱と一緒にピルケースを入れていたというのを三人とも知っている」
「後出しの情報は止めてもらいたい。その情報は重要なものだ」
重要な情報を後出しにする必要はないと隼に注意されて、それはそうだったと聡は謝罪する。
「これって動機にヒントがあったりする?」
「動機にヒントはないかな」
用紙には容疑者の動機もきちんと書かれているのだが、そこにヒントは隠されていないようだ。じゃあ、犯人は誰なのだろうかと琉唯も考えてみる。
キョウチクトウ中毒を発症していたが、直接的な死因は屋外非常階段からの転落。男子生徒Bは忘れ物を届けに、男子生徒Cは部活動の相談で、女子生徒Dはピルケースを渡すために被害者と接触している。第一発見者は男子生徒Bで、昼休みが終わる間際だった。
被害者が薬を処方されており、市販の薬用カプセルを使用していたことを三人とも知っている。夾竹桃は街路樹としても植えられていることがあるので、入手にそれほど苦労はしない。
薬を仕込む時間を考慮して考えられるのは、男子生徒Bと女子生徒Dだ。二人はピルケースに触れられる機会があった。
「男子生徒Bか、女子生徒Dだとおれは思う」
「私は女子生徒Dかなぁ」
ピルケースに触ってたのは女子生徒Dだしと千鶴が言えば、里奈はふむふむと何処か楽しそうにしていた。琉唯も女子生徒Dの可能性は否めないなと思う。うーんと考えていると、はぁと溜息が聞こえた。
隣を見遣ればなんとも呆れたような表情を隼はしていた。それはもうくだらないといったふうに。
「犯人は男子生徒Bだ」
「え、理由は」
さらりと解答する隼にえっと皆が声を上げる。琉唯もどうしてだと目を瞬かせれば、彼は「琉唯、怪しいと思った理由を挙げてみるんだ」と言った。
怪しいと思った理由とはと琉唯はピルケースとお弁当箱が入っている巾着を届けていたことを挙げてみる。彼にも薬を仕込む機会はあったのだと。
「そうだ。彼にも薬を仕込む機会はあり、何よりも第一発見者である」
「第一発見者だから犯人?」
「違う、発見した時間だ」
男子生徒Bはお昼が終わる間際に発見している。用事があったにしろ、クラスメイトならば彼女が戻ってきてからでも遅くはないはずだ。「彼は約束したわけではないのだろう?」と隼が問えば、聡はうんと頷く。彼らがその時間に会う約束はしていないと。
「屋外非常階段は人気がないという。そんな場所に彼は何の用があったというのだろうか? 中毒死しているかの確認をしにきたと考えられる」
薬が効くだろう時間を考慮して昼休みが終わる間際に屋外非常階段へと向かう。そこで吐き気と眩暈で動けなくなっている彼女を発見し、介抱するふりをして屋外非常階段から突き落とす。彼ならばそれができるはずだと隼は答えた。
「ただ、この推理ゲームには一つ欠点がある」
「何?」
「状況証拠しかないことだ」
確固たる証拠がないので状況証拠で推理していかねばならない。この推理も現状を読み取った結果での解答だ。推理させたいのであれば、証拠になりえる情報も入れなければならないと隼は指摘した。
確かにその通りだなと琉唯も思った。状況証拠だけで犯人を決めるというのも少し違う気がするのだ。そう言われて里奈と聡は顔を見合わせて「確かに」と肩を落とす。
「ねぇ、鳴神くんの推理って当たってたの?」
「当たりです」
「推理もそのままぴったりだよ」
犯人は男子生徒B、隼の推理通りの行動をして被害者を殺害している。里奈は「負けたぁ」とテーブルに突っ伏し、聡は隼に指摘されたことを気にしてか、「これでは駄目かぁ」と悔しがっていた。
「あれだけで分かるもんなの?」
「おれに聞かないで、時宮ちゃん」
「琉唯も二択までは絞れていただろう」
男子生徒Bの行動に気付ければ分かったはずだと隼に言われて、そうかもしれないと琉唯は自分でも惜しいところまでは考えられていたのだ気づく。千鶴は「わかんないよ」と眉を下げていた。
「この推理ゲームには欠点がある、次からは直したほうがいい」
「うん、指摘ありがとう。次に活かしたいけど、サークルがなぁ……」
「勝負には勝ったのだから琉唯への勧誘行為は止めてもらえるのだろう?」
そういえば、勝負なんていう話だったなと琉唯は思い出した。聡は仕方ないよなと項垂れているけれど、里奈は諦めきれないのか、「もう一度、考えてみてくれませんか!」と手を合わせる。
考えてと言われてもと琉唯が眉を下げるも、里奈は「廃部にしたくないんですよ!」と頭を下げてきた。ちらりと隼へ目を向ければ、それはもう不機嫌そうにしている。きっと、約束が違うからだろう。
彼を怒らせる前にどうにかしないといけないなと琉唯は考える。サークルに興味がないのは変わらないのだが、時間がないわけではなかった。バイトは暫く禁止されているのでできないし、勉強も根を詰めてやるほどでもない。
「……少し、考えさせてくれ」
琉唯は里奈の懇願する姿にどうしてもその場で断わることができなかった。
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