■推理ゲームの勝者は誰だ

第18話 サークル勧誘は諦めてもらえなかったようだ



「お願いしますよ!」

「そうは言われても……」



 大学のカフェスペースでぱんっと手を合わせて頭を下げる里奈に琉唯は困っていた。彼女はミステリー研究会のメンバーで、佐藤結殺人事件の時に出逢った人物だ。そんな彼女から今、サークル勧誘を受けている。


 元々、ミステリー研究会のメンバーは彼ら含めて四人しかおらず、廃部が目に見えていたらしい。それでも存続させたいといろいろ手を考えていたというのに、部長である佐藤結が殺害され、メンバーが犯人だった。


 サークル廃部はほぼ決まったようなものだったのだが、頭を下げてなんとか回避に成功したのだという。ただ、その条件というのが「最低でもあと三人、メンバーを見つけること」だった。


 あんな事件があったので声をかけても避けられて、断られてしまっていた。このままでは廃部になってしまうと考えて、琉唯たちならどうだろうかと里奈は頼みにきたのだ。



「鳴神くんの推理とか良かったですし!」

「いや、あいつおれ限定だからね、それするの」


「そうかもしれないですけど。でも、ミステリー研究会っていっても、ミステリー小説などの感想会とか、自分で考えたトリックのお披露目とか、謎解きとかをするだけで、難しいことはないんですよ!」



 必ずしもトリックや謎解きを考えなければいけないわけではない。誰かが考えてきたのを解くだけでもいいし、ミステリー小説の感想を語るだけでもいい。難しいことはしなくていいからと説明されて、琉唯はうーんと腕を組む。


 本が好きなので小説は特に読むのだが、ミステリーにはあまり手を付けたことがない。隼はどんなジャンルでも読むタイプの人間なので、ミステリーも読むとは言っていたし、実際に読んでいる姿を見たことはあった。


 とはいえ、隼がミステリー研究会に入りたいとは思わないだろう。他人に興味がないのだから、頼まれても断るのは目に見えている。琉唯が入ると言えば、彼もついてはくるだろうけれど。


 琉唯はサークルに興味がないので入る気はないのだが、ここまで頼まれると断るに断れない。放っておけばいいと言われれば、それまでなのだがどうしても良心が痛む。こういう性格を隼や千鶴に「優しくて器が広いのはいいけれど、気を付けなきゃいけない」と忠告されるのだ。



「もう、もう緑川くんしかいないんですよぉ」

「それ、おれが入れば隼もくっついてくるから人数稼げるっていう理由も入ってるよね?」

「はい。もしかしたら緑川くんのお友達も入ってくれるかもしれないですしぃ」



 それは千鶴のことを言っているのだろうか。彼女も確かサークルには所属していないはずだ。興味がないんだよねと言っていたのを覚えている。それは彼女も巻き込めということかと、なんとも複雑な心境になった。



「鈴木ちゃんさ、もうサークル諦めたらどう?」

「あんな形で廃部になるのは嫌なんですよ」



 ミステリーが好きで入ったサークルだった。人数は少なかったけれど、それでもみんなと語り合うのが楽しくて。そんな思い出のあるサークルをあんな事件で終わらせるなんて嫌だった。里奈は「せめて、私が所属している間は残しておきたいんです」と俯く。


 独りよがりだと言われるかもしれない。ただの我儘だって叱られても反論はできないけれど、それでも残しておきたい。里奈は「無理を承知でお願いしてます」と頭を下げた。



「と、言われても……」

「では、体験してみませんか!」

「体験?」

「私と田中くんが考えたとある殺人事件を解決してみるんですよ」



 架空の事件であるその現場と証言、証拠を元に容疑者の中から犯人を見つけるという遊びをしてみないかと提案される。ミステリー研究会でよくやることらしく、これを元にミステリー小説を書いたりもしているらしい。


 実際の出来事ではないので、本当に人が死んでいるわけでもないから気軽にできると言われて琉唯は考える。ミステリー小説で犯人を予想するようなものだろうと解釈した。


 面白そうではあるけれどそれをやったからといってサークルに入るかは別なのだがと、琉唯が答えれば「勝負です」と返された。



「事件を解けなかったらサークルに入ってもらうという!」

「はぁ?」

「解けたら諦めます。どうですか?」



 なんだ、それはと琉唯は思ったけれど里奈は真剣そのものだった。どうですか、どうですかと前のめりに迫ってくる。おうっと一歩、引くが彼女は諦めない。これ、どうしようと琉唯が困っていると、ひょいっと腰を抱き寄せられた。



「何をしている」

「あ、隼」



 背後から隼に腰を抱かれた琉唯が振り向きながら見上げれば、じろりと威嚇するように里奈を睨んでいた。その眼に里奈がひえっと声を零して下がっていく。


 隼は里奈との会話を聞いていないので迫られていると勘違いしたのかもしれない。彼女は前のめりになっていたのだから。



「隼、落ち着いてくれ。鈴木ちゃんとはサークルの話をしていただけなんだ」

「その話でどうして迫られているような距離になったのか教えてほしいのだが?」

「いや、それは鈴木ちゃんが興奮しただけで……」

「興奮?」



 眉間に皺を寄せる隼にこれは余計に勘違いさせてしまったかもしれないと、琉唯は言葉選びに失敗した。里奈はと言えば、睨まれてしまって固まっている。彼女も言葉を探しているのだろうけれど、隼の圧に負けている。



「えっと。鳴神くんちょっと落ち着きなよ」



 そこに助け船がやってきた。千鶴が間に入ってきて、「まず詳しく話を聞きなよ」と仲裁してくれたのだ。どうやら、カフェスペースにくる途中で隼と出くわして、「緑川くんにわたしも用事あるから一緒に行く」と着いてきていたらしい。


 けれど、カフェスペースの奥で里奈に迫られているような状況を見た隼が、それはもう素早い動きで琉唯の元へと行ってしまった。呆気にとられて少し遅れてやってきたということだった。



「鳴神くん、もう素早くってびっくりしたんだよね」

「その、ごめん」

「いや、緑川くんは悪くないから。でさ、どうしたの?」



 何があったのと千鶴に問われて、琉唯は里奈との会話した内容を伝えた。サークルにどうしても入ってほしくて、勝負しないかといったところまで全部。そこまで聞いて、隼がそれはもう露骨に嫌そうに顔を顰める。


 琉唯を利用しようとする人種を隼は嫌っている。今回のもそれに含まれるようで、「琉唯を利用するな」と低い声で威嚇していた。里奈は怖かったようで千鶴の背後に隠れてしまう。


 どうどうと隼を落ち着かせながら琉唯は「時宮ちゃんはどう?」とこの話についての意見を聞いてみた。彼女は「うーん」と顎に指を当てる。



「面白そうではあるのよね。簡単に言うなら、ミステリー小説で犯人を当てるようなものでしょ? ちょっと興味はあるかも」



 サークルに入るかはどうかはさておき、その遊びは面白そうだと千鶴は興味が惹かれたようだ。琉唯も同じなのだが、勝負となるとまた別なんだよなと悩ましげに腕を組む。



「やってみるのはいいんだけど、勝負となるとなぁ」

「負けなければいいのだろう?」

「な、鳴神くんは自信がおありで……」



 千鶴の背後から顔を覗かせながら里奈が口を開けば、隼は「自信と言うものではないな」と返す。



「琉唯が困っているようだから助けるだけだ。自信とは違う」

「お前の基準っていつもおれだよな」

「君が好きだからな」

「はい、本日も告白ごちそうさまですー」



 さらりと愛を伝える隼に千鶴が突っ込む、お腹いっぱいよと。里奈は噂では知っていたようだが、現場を目撃したのは初めてだったようで「これが噂の」と目を瞬かせていた。



「まぁ、鳴神くんもいるし、試しにやってみたら?」

「時宮ちゃんも巻き込んでいいならいいよ」

「琉唯」

「時宮ちゃんに嫉妬しないの、隼。おれはお前の傍にいるだろ」



 ぽんぽんっと腰に回っている手を優しく叩いてやれば、隼はむぅっとしながらも納得したように抱きしめる力を強める。その行動を見た千鶴に「緑川くん、そういうところやぞ」と指摘されてしまった。



「鳴神くん限定人たらしー」

「少し自覚はある」

「余計に質が悪いわ、それ」

「俺は歓迎だが?」

「もうさっさと付き合ってしまえ」



 突っ込むのも疲れるわと千鶴に言われてしまった。これは申し訳ないと琉唯は謝りつつ、里奈に目を向ければ彼女はなんとも場違い感を味わっているような顔をしていた。



「鈴木ちゃん、ごめん。えっと、その遊びをやってもいいけど、入るかどうかは考えさせて」



 流石に勝負で入るかどうか決めるのはよくないと思うと指摘すれば、里奈はそれはそうだよなと頷く。体験してみてくれるだけでもありがたいからと、琉唯の提案を了承した。



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