第17話 ただ一人の為にしか捧げない



「事件解決に協力してくれたことに感謝はするが、犯人を挑発するような行為はしないように」

「別にしていないが?」

「君ね……」



 事件の第一発見者として聴取を受けるために警察署を訪れていた琉唯は苦く笑う。目の間では田所刑事がはぁと溜息を零し、隼は何が悪いといったふうに腕を組んでいた。


 田所刑事は隼に事件解決の協力をしてくれたことに対して感謝はしていたが、彼の犯人への態度を注意していた。あれは挑発行為にあたり、危険であると言っているのだが、隼は平然と「そんなことはしていない」と返している。


 刑事相手によくまぁ言い返せるものだなと琉唯は隼の豪胆さに感心してしまった。いや、してはいけないのだが。



「本当のことだったとしてもだね。あぁいった行為は慎むように」

「気にかけておこう」

「君ね……。そもそも、探偵ごっこのようなことをしてはいけないんだが……」

「毎回しているわけではないし、首を突っ込むつもりもなかった」



 探偵ごっこと言われて隼は「事件になど軽々しく首を突っ込むほど馬鹿ではない」と反論する。あれは警察が悪いのであって、自分に落ち度はないと。田所刑事は何を言っているんだと首を傾げている。


 うん、何を言っているんだろうねと琉唯は思ったけれど口には出さない。なんとなく、何を言い出すのか察してしまったからだ。



「手掛かりは分かりやすく落ちていたというのに、目撃情報だけで琉唯を容疑者に入れたのが悪い。相手も琉唯が口論していたのを知っていて罪を着せようとした可能性もあった。許されるわけがないだろう」



 あんな簡単なものを見逃すのが悪いのだと刑事に堂々と言い切るものだから、隼には恐れるものがないのかもしれない。田所刑事は眉を下げながら言葉を探している様子だ。頼むから刑事が大学生に言い負かされないでくれと琉唯は心中で突っ込む。



「君、鳴神隼と言ったか。あの離島殺人事件にも関わっていただろう」

「話が変わっているがそれが何の関係があると?」

「まさかとは思うが今回と同じように解決したんじゃないだろうな」



 聞いた話では君が犯人を見つけたらしいじゃないかと問われて隼は顎に手をやりながら、同じだったかと琉唯に問うように眼を向ける。おれに振るなと琉唯は突っ込みたかったけれど、ぐっと堪えて「まぁ、似たような感じじゃなかったか」と代わりに答えた。


 隼が推理をしたのは琉唯を安心させるためである。それでいて今回の事件のように犯人に怒りを露わにしていた。日野陽子の時よりはまだ優しかったが、似たようなものではある。それを聞いて田所刑事はなるほどと納得したようにまた息を吐く。



「犯人を煽るのはよくない」

「煽ってはいない。琉唯に被害があったから言ったまでだ」

「えっとね。恋人だか親友だが知らないけれど、緑川くんが好きなのは分かるが少しは冷静になりなさい」

「恋人ではないです、刑事さん」

「〝今は〟違うな」



 琉唯が訂正するも、隼に追撃されてしまう。田所刑事はそれだけで察したようで、琉唯になんとも同情するような眼差しを向けてきた。うん、そんな目になってしまうのは分かると琉唯は笑うしかない。



「俺は冷静に判断している」

「冷静な人間があんな怒りを露わにはしないだろ。まぁ、いい。探偵ごっこは程々にしなさい」

「俺は琉唯の為にしかしないので安心してほしい」



 俺が推理するのは琉唯の為であり、他に興味はない。誰が死のうと犯人であろうと知ったことではないので、自ら事件に首を突っ込むことはしないと隼ははっきりと告げる。


 それはもうはっきりと言うものだから田所刑事はもう諦めたように「わかった」と匙を投げた。何せ、琉唯が絡めばまた推理すると言っているのだから彼は。これは何を言っても無駄だと投げたくもなる。



「とんでもない男に好かれたな、緑川くん」

「これどうにかなりませんかね?」

「おじさんの経験上、こういったタイプの人間からは逃げられないな」



 諦めなさいと肩を叩かれて琉唯はですよねと頷く。そんな琉唯に隼がなんとも不満そうにしているのだが、見なかったことにする。



「おじさんはちゃんと注意したからな。気を付けなさい。では、もう帰っていいよ」

「ありがとうございました、刑事さん」



 琉唯は田所刑事に挨拶をして隼と共に警察署を出た。すぐに終わるはずだったのだが、隼への注意で長居してしまったなと琉唯が彼を見遣れば、じとりと見つめる眼と合う。


 うーん、見なかったことにはできなかったかと琉唯は仕方ないと「どうした」と問う。



「俺は君のためにしているのだが」

「それは分かっているよ。けど、おれは隼が危ない目に合ってほしくはないんだ。犯人を煽るようなことはしないでくれって言ったはずだよ」



 この前の事、忘れたのかと言えば、隼はむすっとしたように黙る。琉唯から叱られたことは覚えているようだ。けれど、不満はあるらしい。



「琉唯。君は俺に好意を向けられて嫌か?」

「え? ……嫌ではないかな」



 隼から向けられる好意というのを嫌だとは感じていない。少々、愛が重く、暴走しがちであるけれど、嫌悪も不快感も抱いていない。だから、好きかと問われれば、好きなのだが、それが恋愛感情なのかは計りかねている。



「はっきりしないって言われたらそれまでなんだけどな。でも、隼のことは嫌いじゃない。だから、危険な目には遭ってほしくないんだ」



 おれは隼が心配だし、大切に想っている。琉唯は今、答えられる全てを告げた。なんとも悪い返しだと自分でも思わなくはないのだが、嘘だけはつきたくなかった。



「琉唯」

「えっと、だから……」

「その言葉は俺だけに言うようにしてくれ。他の人間に聞かせたくはない」

「……は?」



 何をと琉唯が首を傾げれば、隼は「その一言で君の優しさと想いが伝わってくる」と話す。


 優しく広い器で受け止めて、誰かを大切に想う。それは君の良さであり、悪い面でもある。広すぎる器は悪意を受け止めてしまうし、その優しさはつけ込まれやすい。大切に想えば想うほどに失った時の喪失感は計り知れない。だから、それを誰彼構わず向けないでくれと隼は言った。



「俺は君を守るためならば、推理だろうとなんだろうとしてみせよう。けれど、自分の身は自分でも守らなければ意味がない。だから、誰彼構わずそういった厚意を向けてはいけない」



 できれば、それは俺だけに向けてほしいけれど、君には無理だろうと隼はそっと頬に触れてくる。彼は本当に心配している、だってあんなに鋭かった眼が和らいでいて、情けなく眉を下げているのだから。


 言動はどうあれ、隼は愛してくれているのだろう。それは琉唯でも分かることで、彼が唯一、優しさを向けてくれる存在であると嫌でも伝わってくる。


(悪くないな)


 向けられる優しさと愛に悪くないと感じる。温かくてじんわりと心に沁み込んでいく。嫌な気などしない、むしろ好きな感覚だ。これはなんだろうなと琉唯は考えるけれど、先に目の前で情けない顔を向けている隼を安心させてあげたくなった。


 そっと琉唯は隼の両頬に手を添えて笑った。



「気を付けるよ。ありがとう、隼」



 ふわりと温かく。ゆっくりと隼の眼が開いて、下げていた眉を上げると口元を隠すように手を当てる。



「君は本当に反則が過ぎる……」

「え?」

「頼むから俺以外にこういった行動はしないでくれ」

「わ、わかった」



 何を言っているのだろうかと琉唯は思いながらも頷いておく。隼は感情を抑えるように肩を震わせていた。どうやら、彼のツボにはまったらしい。よく分からないなと琉唯は思ったけれど、自分も彼に対して感じた感情の答えが見つからないので、黙ってその様子を見守ることにした。


   *


 どぼんと落ちる音がした。それは琉唯には聴こえていないけれど、隼の耳には入っている。自分が彼にまた深く落ちた音を。



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