■猛禽類を怒らせて逃げられた獲物はいない

第14話 自分勝手な人間ほど話を聞かない



 琉唯は疲れていた。これもあれも全て目の前の人物が原因だ。すらっとした凛としている立ち振る舞いの女子大学生、佐藤結さとうゆいは切れ長の眼を向けている。


 藍色交じりのショートヘアーが整った顔立ちによく映え、男女ともに格好いいと思える彼女は腕を組んで琉唯を逃がすまいと仁王立ちしていた。大学のカフェスペースで、これは目立ってしょうがない。



「何度も言うけど、サークルに入る気はないんですよ」

「それじゃあ困るのよ。あんたが入ってくれれば、鳴神くんも入ってくれるでしょう!」



 結は琉唯に「ミステリー研究会に入りないさい」とサークル勧誘していた。人数が少ないからなどと理由をつけているが、隼が目当ててある。どうやら結は隼に気があるようでどうにかお近づきになりたいようだ。


 琉唯を気に入っているというのは噂として広まっているので、仲介役を頼む女子は多い。もちろん、琉唯は断っている。面倒くさいというのもあるが、彼女たちの為でもあった。何せ、隼は琉唯を利用しようとする相手に厳しい。


 琉唯を使って近づこうとした女子たちは皆、容赦なく冷たく隼に振られているのだ。それはもう見るに堪えないので彼女たちの心の為にも琉唯は断っていた。結にも「あいつは他人に興味がないから諦めたほうがいい」と言ってはいるのだが、「あんたが仲を取り持ってくれればいいじゃない」と引いてはくれない。



「無理なんだって」

「何なの、あんた。鳴神くんに気に入られてるからって調子に乗ってない?」

「そんなことない。いい加減、諦めてくれ」



 何度、聞いた言葉だろうか。女子は必ずそういった文句を言ってくる。別に気に入られたからといって調子になど乗ってはいない。自分でも好かれてしまったことに驚いているぐらいなのだから。


 と、主張しても相手は聞き入れてはくれないだろう。もう面倒くさいし、疲れてきたなと琉唯は眉を下げる。



「告白なら本人に伝えればいいだろ」

「断られるからあんたに仲を持ってもらおうと思っているんじゃない!」

「だから、無理なんだって!」



 いい加減、分かってくれと言葉強めに返せば、「五月蠅い!」と逆に怒鳴られてしまった。いいから私の言う通りにしなさいよとなんとも自己中心的なことを言ってくる。自分勝手すぎる彼女に琉唯は顔を顰めた。



「サークル見学に来なさい。場所は東棟二階の奥の部屋」

「嫌なんだけど」

「来なかったらあることないこと広めてやるからね」



 なんだそれはと琉唯は眉を寄せて「自己中心的すぎる」と口に出していた。それに対して結はそれがどうしたといったふうだ。どんな手を使ってでも隼の恋人になりたいのだと主張する。



「そんなんだから隼に無視されるんだろ」

「はぁ? 分かったような口を利かないでよ!」

「自分の性格を直せよ!」

「五月蠅いわね!」



 怒鳴り合うとまではいかずとも周囲からみればそれは口論に見えるだろう。なんだなんだとちらちらこちらを見つめている視線を感じる。そんなもの気にもしていない結は「とにかく来なさい」と指をさす。



「いいから来なさい。拒否権はないわ!」



 じゃあ、そういうことだからと結はそれだけ言ってカフェスペースを出ていく。なんと、理不尽か。あまりにも自己中心的すぎる、酷いと琉唯はむすっとする。いくら器が広いと友人に言わられる琉唯でもこれだけは許容できなかった。


 隼があんな女のことを選ぶとは思えない。と、いうか選んでほしくはない。あまりにも性格が終わっているのだから、苦労するのが目に見えている。絶対に阻止したいのだが、サークル見学に行かなければよからぬ噂を広められてしまう。


 自分が行くと言えば、隼も着いていくだろう。あぁ、どうしたものかと頭を悩まれていれば、「大丈夫?」と声をかけられた。



「時宮ちゃん……」

「全部聞いてたから大丈夫。てか、これ鳴神くんが知ったらやばいって……」



 傍で聞いていた千鶴はきょろきょろと周囲を見渡す。こんな場面を隼が見ていたらどうなっていただろうか。彼は琉唯に何かする者を許さない。怒りを露わにするだろうことは想像できる。


 冷たく振られるだけでは済まないだろうことは言わずもなが。今のところ彼はいないから良いが、サークル見学に行かねばならない理由の説明を考えないといけない。



「どうしたらいいと思う?」

「うーーん……。サークルの人数が少なくてせめて見学でもしてくれないかって頼まれたことにしたら?」



 苦し紛れの誤魔化しではあるけれど言わないよりはいいのではないだろうか。そもそも、人数が少ないのは嘘ではないのだから、押しきれなくもない。琉唯のことになると大人しく聞く隼ならばいけなくもないだろうという千鶴に頷く。これしか方法はないかと。


 行きたくはないけれど、あることないこと変な噂を立てられては困る。自分は平穏な大学生活を過ごしていたいのだから。隼が傍に居ることでだいぶそれも変わっているのだが、見なかったことにする。



「時宮ちゃん、ついてきて」

「えぇ……」

「頼れるの時宮ちゃんしかいないから」

「俺は頼りにならないと?」



 背後からの声に二人はひえっと声を上げて振り返れば、なんとも不機嫌そうに立っている隼がそこにいた。じろりと千鶴に目を向けてから彼は琉唯を見つめる。敵対感を抱かれていると察した千鶴は「そんなことないわよね!」と琉唯の肩を叩いた。



「女子の中ではってことだもんね! 男子なら鳴神くん以上に頼りにできる人はいないもんね、緑川くん!」


「おれは隼も頼りにしているよ! ただ、女子相手には女子じゃないとって思っただけで……」


「何の事か話してくれるな?」



 有無を言わさない隼の問いに琉唯はミステリー研究会へのサークル勧誘の話をした。人数が少ないからせめて見学だけでも来てくれないかと頼まれたことを。部長が女子なので上手く断るのを手伝ってもらえないかと千鶴に相談していたのだと話せば、隼はなるほどと納得してくれた。



「ほら、隼は言葉きついからさ」

「きっぱり断ることになんの問題がある」

「波風立てたくないんだよ」



 隼は理解できないといったふうに首を傾げている。一先ずは疑ってはいないようなので琉唯は内心でほっとした。このまま押し通りていこうと、「断ってこようと思っている」と告げる。


 サークルに入る気は元々ないのだ。ミステリーは娯楽として楽しむことはできるけれど、そこまでのめり込むほど好きという訳ではない。人付き合いが苦手とかそういった理由はないけれど、結の性格が受け付けないので入りたくはなかった。とは言わずに、「興味のないサークルなんて入りたくないだろ」と問えば、確かにと隼は頷いた。



「講義が終わったら断りにいくから時宮ちゃんも一緒にお願いしたいなと」

「まぁ、良いけど。鳴神くんだけだと絶対に空気が悪くなるし」

「君たちは俺を何だと思っているんだ」

「お前が他人に冷たすぎるのが悪い」



 琉唯に突っ込まれても隼は「興味がないのだから仕方ないだろう」となんでもないように返す。それの何が悪いんだといった様子に琉唯ははぁと溜息をついた。これは治ることはないのだろうなと。



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