第2話 離島の別荘清掃バイト


 大型連休の初日、電車とバスを乗り継いでフェリー乗り場までやってきた琉唯が待ち合わせ場所に向かうと、隼がなんとも暇そうにしていた。彼の隣にいる浩也と千鶴はお手上げといったふうで、その近くに六人の男女が集まっている。


 もうすでに人が集まっていることに慌てて琉唯が合流すると、浩也から紹介を受けたのはこのバイトの雇い主である日野健司ひのけんじだった。ぱっと明るく爽やかな笑顔が黒髪によく似合う男子大学生で、浩也と同じ三年生とのこと。彼は「人手が多くて助かるよ」と父に頼まれた別荘の清掃の話をしてくれた。


 離島は最近、観光事業に力を入れているらしい。物件は父の知人から買い取ったようで、高台から海の景色を一望できる場所にあると。頼まれたはいいけれど人手が集まるか不安だったのだと、参加してくれたことをそれはもう感謝された。



「あ、そうだ。まずはメンバーの紹介だよな。こっちが僕の妹の陽子と優子。二人は双生なんだ」



 健司がそういって二人の名を呼べば、陽子と優子は彼の隣に立って頭を下げた。双子というだけあり顔はよく似ていて、肩で切り揃えられた茶髪に同じ化粧、動きやすそうなTシャツにデニムとそっくりにコーデされている。声も似ているものだから二人を見分けるのは難しいのではないだろうか。そんなことを考えていれば、「違うところもあるのよ」と察したように陽子が言った。



「私は細かい作業とか好きなんだけど、優子は苦手なのよ」

「何事も一つ気になりだしたら止まらなくなっちゃう性格なの。大丈夫かしらってずっと考えちゃうタイプだから、細かい作業は苦手だわ」

「へー、そうなんですね」



 琉唯と同じように双子の二人に見惚れていた千鶴がそう返せば、「まぁ、見分けられなくても大丈夫だから」と陽子は微笑んだ。間違われるのにはもう慣れてしまってるからと。それでいちいち怒ったりはしないようで、「遠慮なく間違えて」と優子もまた慣れたように笑む。



「そこにいる金髪の男子は私の恋人の崎沢隆史さきざわたかしよ。ほら、隆史」

「陽子の恋人の崎沢隆史ってんだ、今日からしばらくよろしくな!」



 なんとも軽いノリで隆史は挨拶をしてきた。チャラチャラとしていて、初対面だというのに馴れ馴れしい。琉唯の苦手なタイプであったが、よろしくと返事を返しながら隼のほうを見てみた。彼はなんとも面倒げに眉を寄せながら隆史を見ていたので、あまり得意なタイプではなかったようだ。


 そんな彼から紹介されたのは一年生の女子大生だった。佐々木香苗ささきかなえと名乗った彼女は黒髪を二つに結ってにこにこと愛想を振りまいている。地雷系と呼ばれる風体をしている彼女はちらちらと隼を見ていた。まぁ、一年生の間でも噂にはなっているかもしれないなと琉唯は思いつつ、挨拶をかわす。


 彼女の少し後ろに同じく一年生の男子大生がいた。少しばかり影が薄いのだが、見た目は角刈りで厳つく、視界に入れば印象深いといった感じだ。墨田辰則すみだたつのりとぶっきらぼうに名乗ってからは黙っている様子を見るに、あまり喋るほうではないようだ。


 受け答えはしてくれるけれど、自分からは喋らない。態度が悪いわけではないのでそういう性格なのだろうと思えば、特に気にすることでもなかった。



「自己紹介も終えたし、フェリーに乗ろうか。別荘に着いたら仕事内容を説明するから」



 丁度きたからと健司に促されるがままに琉唯たちはフェリーに乗った。小さな船で観光客らしき人がちらほらと窺える。少し先に見える島を眺めていれば、「海風が気持ちいい!」と千鶴が浩也の腕に抱き着きながら喋っていた。


 すっかりと観光気分の様子にこれから清掃作業があるのだけど大丈夫だろうかと琉唯は少しだけ心配になる。他のメンバーも景色を眺めながら雑談をしているので、バイトであることをあまり気にしていないようだ。


 そこまできつい作業ではないのだろうかと琉唯が隣で黙って海を見つめている隼に目を向ける。彼の表情というのは特に変わってはいなかったが、他のメンバーとは殆ど喋りもしていなかった。



「隼はこういった集団行動って苦手そうだけど大丈夫か?」

「嫌いな部類ではあるが、働けば人と関わることは多くなる。そう割り切れば別に気にならない」



 どんなに苦手であろうとも働く以上は人と関わることになる。嫌いだからと避けることは難しいのだから面倒であろうとも受け入れざるおえない。ならば、これは仕方ないことなのだと割り切ればいいと隼は返す。



「それに琉唯と長く共にいられるならば嫌いなことでも我慢ができる」

「そうか……」



 琉唯が居なければ絶対に参加していなかっただろうというのは、その一言だけで察せてしまった。琉唯は千鶴の「後方彼氏面ならぬ、前方彼氏面」という言葉を思い出しながら、彼にぴったりではないだろうかと思い笑いそうになった。


   *


 離島の町並みというのは長閑で喧騒としている都会のことを忘れられそうだった。土産物屋も、港で水揚げされた魚介を取り扱う定食屋も、遠目から見ていると店主たちがにこにこと接客していて感じが良い。


 そんな港から山沿いの道を登った先、案内された高台にある別荘は洋館という言葉がぴったりな建物だった。良い言い方をするならば西洋の古風な、悪い言い方をするならば古臭い外観だ。


 建物自体はしっかりとしていてデザインが古いというだけで住居としては問題ないようだ。門をくぐって玄関へと向かうと健司が鍵を開けて中へと入っていく。


 玄関ホールは段ボールが置かれて散らかっていて、二階に続く階段にも積まれている。置かれた荷物を健司が軽く確認しながらリビングルームに続く扉を開いた。


 リビングルームはこれまた荷物が散らかっていた。生ゴミといったものは無いが、家具や段ボール、雑誌類などが占めている。ソファとダイニングテーブル、テレビ台など見えて、少し物を退かせば室内を移動することはできるだろう。


 ゴミ屋敷というほどではないが埃っぽい。女性陣はうわぁと周囲を見渡して、男性陣は「物が結構あるな」と愚痴を零している。



「電気と水道は通してるし、これぐらいなら荷物を退かせばリビングルームで食事が取れそうだな! 他の部屋は少し散らかってるだけだから、片づければ寝れる!」


「健司先輩、ポジティブ過ぎないっすかー」



 隆史は床に転がる段ボールを蹴飛ばしながら突っ込む。ここで暫く寝泊まりしないといけないというのを考えると大変なのではと思わなくもない。香苗も「ほんとに他の部屋は大丈夫なんですかぁ」と不安げだ。



「ちゃんと写真で確認したけど埃が積ってるだけだって。玄関ホールのいくつかの荷物は父さんがバイトのために用意してくれた毛布とかが入った段ボールだ。で、寝泊まりするのは他の七部屋になるんだけど……」



 造りが少々特殊で一階に四部屋あるが玄関の隣の一部屋以外は離れている、二階は一般的な並びの三部屋、計七部屋しかない。誰かがペアになる必要があるなと健司が腕を組むと、「それなら千鶴ちゃんは彼氏さんと一緒のほうがいいんじゃないかしら?」と陽子は提案する。知らない人と一緒に居るよりかは恋人とペアのほうがいいのではないかと。


 彼女の気遣いに「私はひろくんと一緒で大丈夫ですよ!」と千鶴が手を上げる。浩也も千鶴がいいならといった感じで了承していた。



「じゃあ、オレは陽子と一緒で……」

「隆史は場をわきまえないから一人でいなさい」



 隆史からの指名に陽子はばっさりと断る。恋人であるからだろうか、相手のことを理解しているようで、「私は優子と一緒にいるわ」と優子にいいわよねと声をかけている。



「あ、じゃあわたしは一人がいいなぁ。一人のほうが落ち着けるしぃ」

「オレも一人がいい」

「えっと、香苗ちゃんと墨田くんが一人か……となると……」

「俺は琉唯と一緒で構わない」

「言うと思った」



 琉唯はだろうねと隼を見遣る。何かおかしなことを言っただろうかと不思議そうにしていて、もう突っ込むのも面倒になった琉唯は「別にいいけど」と返した。



「部屋割りは……」

「隆史は玄関近くの部屋にしましょう。貴方、煙草吸うでしょ」



 室内で吸われたら困るのよと陽子にじとりと目を向けられて、隆史は「分かったよ」と不満げではありながらも了承した。優子の「女性陣は上でどうからしら」という提案で二階は女性陣、一階は男性陣と別けることになった。



「僕たちは少し離れた場所の部屋になるけど……」

「おれらはどこでもいいですよ」



 部屋の場所なんて気にしないのでと琉唯が手を挙げれば、辰則も「どっちでもいい」と答えた。健司は「それじゃあ、部屋割りはこれで」と話しを続ける。



「さて、各部屋掃除する側と荷物片づける側に別れようか。庭と倉庫も確認しておきたいから男性陣はいったん、こっちに来てくれ」



 健司の「玄関の荷物片づけたら部屋の掃除に移るから」という提案に、陽子は「力仕事は邪魔になっちゃうだろうしいいわね」と賛同した。ほかの女性陣も納得しているようで、特に異論はでていない。


 それじゃあよろしくと健司が妹たちに声をかけて男性陣を外に呼んだ。別荘の裏手に回ると草が伸び放題の庭があり、その奥に倉庫らしき建物が見える。「緑川くんたちちょっと確認してくれないか」と健司がプレハブ小屋のような倉庫を指さした。



「僕は玄関ホールの荷物の確認するから。要らないやつとかは倉庫に一時的に仕舞っておきたいんだ。浩也たちは荷物運ぶの手伝ってくれ」



 健司の指示に琉唯はレンガの敷かれた草がない通り道を歩いて倉庫へと向かう。建物自体は何の変哲もないただのプレハブ小屋だ。少々、古くなっているけれど外観を見るに壊れてはない。プレハブ小屋の周りは草が生えているのを覗けば、綺麗なもので何も物が置かれていなかった。


 鍵は開いているのだろうかと扉を引いてみるとすんなり開いた。段ボールが奥に積み重なり、庭の手入れに使っていただろう草刈り鎌や、金槌などの工具道具が隅で埃をかぶっている。


 扉の近くに新しめの草刈りが置いてあり、見た感じでは使えそうだ。これはバイトのために用意されていたものかもしれないなと、琉唯は部屋の中を一通り確認していると「大丈夫そうかい」と声をかけられる。



「緑川くん、中に物は入りそうかい?」

「健司先輩、大丈夫そうですよ」

「父が草刈り用に機械を置いてくれてるって聞いたんだけど」

「それならこれのことだろう」



 隼が指さした先にある草刈り機に健司が「これだこれ」と安堵したように息を吐いた。流石にこの草を手作業では刈りたくなかったようだ。倉庫の中を見て、「玄関ホールの荷物を此処に詰めちゃおう」と外に声をかける。



「浩也ー、荷物が置けそうだから持ってきてくれー!」

「りょうかーい」

「あ、二人には草刈り機を運んで……」

「それは俺がやろう。琉唯が怪我したら大変だからな」

「え、あぁ……じゃあ緑川くんは荷物運んでくれ」



 健司の指示に琉唯がプレハブ小屋を出て玄関ホールへ向かうと浩也と辰則とすれ違う。琉唯が「荷物ってどんな感じですか?」と聞けば、浩也に「玄関で崎沢が仕訳けてるから聞いてくれ」と返される。


 開け放たれている玄関に足を踏み入れて琉唯は首を傾げた。玄関ホールにいるはずの隆史がいないのだ。どうしたのだろうかと周囲を見渡してみると、リビングルームから声がする。



「えー、いいじゃん香苗ちゃーん。」

「だめですってばぁ。隆史先輩、陽子先輩にバレちゃいますってぇ。あと、室内で煙草は吸わないでちゃんと仕事しないとー」


「大丈夫だって。あれはバレてない、バレてない」

「ほんとですかぁ? でも、煙草は匂いでバレるんでやめときましょー」



 ほら、さっさと仕事に戻ってください。その声に追い立てられるようにリビングルームから隆史が出てきた。なんとも不貞腐れている彼と目が合って、琉唯は「あの」と声をかける。



「どうかしたか?」

「いや! なんでもないぜー」

「なんか話してたみたいだけど……」



 話していたよなと聞いてみるが隆史はなんでもないと笑う。大したことじゃないから気にすんなと肩をばしばしと叩かれた。



「なんでもないって! で、緑川はどうしたんだよ」

「荷物運ぶからどれ持っていくか教えてほしいんだけど」

「あー、そういうことね! こっちこっち」



 ほらと玄関脇に詰まれた段ボールの一つを隆史は持ち上げてほいっと琉唯に渡した。大きいわりに重くない荷物でこれなら楽に運べそうだと荷物を持ち替える。



「そういえば、千鶴ちゃんだっけ? かわいいよなー、あの子」

「時宮ちゃんには恋人がいるぞ」

「花菱先輩だろー。いいよなー」

「陽子さんも綺麗だと思うけど……」



 いいよなぁと羨ましがる隆史に陽子も綺麗な人ではないだろうかと琉唯は不思議そうに彼を見た。隆史は「付き合ってみると怖いんだぞ」とおちゃらける。彼女に失礼ではないかと指摘しようとして、「かわいい子っていいよなー」という言葉に止めておいた。彼は女性に目がないタイプではないだろうかと、察して。




 

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