鳴神隼のただ一人の為の推理

巴 雪夜

このイケメンに好かれてから事件に巻き込まれることが増えた気がする

■彼、鳴神隼の斜め上な安心させる方法を受ける

第1話 前方彼氏面な鳴神隼という男


「俺は君のためならば面倒なことでも解決しよう。それが例え、殺人事件であろうとも」



 あれは君のためにやったことだ。さらりとなんでもないように言ってのけたこの猛禽類のような眼を持つイケメンを、緑川琉唯みどりかわるいは眺めるしかなかった。



   ***



 南八雲大学の学食の隅のほうに緑川琉唯は座っていた。襟足の長い栗毛を耳にかけ、目立つ紫のメッシュを揺らしながら唐揚げ定食を食べていれば、「緑川くんさー」と目の前の席に座っている女子が頬杖をつきながら呼ぶ。



「何、時宮ちゃん」



 彼女は時宮千鶴ときみやちづるという大学の同級生だ。同じ学科であり、彼女の持ち前のコミュニケーション能力によってこうやって話す仲となっている。琉唯に紹介された先輩と恋人になったというのもあるだろう。


 今では遠慮なく愚痴を言い合っているのだが、そんな千鶴は「前から気になってるんだけどさぁ」とふわりとウェーブがかった明るい茶毛を弄る。



鳴神隼なるかみじゅんくんにめっちゃ懐かれてるけど、どうしたの?」



 鳴神隼という名前を聞いて琉唯は眉を下げた。鳴神隼という男子大生というのは同学科同学年であれば知らない生徒はいない。容姿端麗で長身という女性がほっとかない容姿を彼は持っている。故に彼とお近づきになりたいからと、あれやこれやと手段を使って近寄っては、口論になったり、こっぴどく振られたりと何かと問題が尽きない人物だ。


 そんな鳴神隼という男に琉唯は懐かれている、いや、好かれている。周囲から見ても、自分自身で感じても明らかに好意を抱かれていると理解できるほどには懐かれていた。



「そもそもどうやって知り合ったの?」

「大学付属の図書館」

「図書館でどうやって?」

「それ聞きたいの?」

「聞きたいから質問してるんだけど?」



 あの鳴神隼だよ、どんな女にも靡かなかった男に懐かれてるとか気になると主張する千鶴に、琉唯は大して面白くもないけれどと、仕方なく彼と知り合うきっかけを話すことにした。


   *


 琉唯は大学付属図書館によく通っていた。本が好きというのもあるが、読めば暇が潰せるからという理由のほうが大きい。講義の空いた時間や友人との待ち合わせなど時間潰しに利用している。


 鳴神隼は図書館の常連であり、通っていれば知らない人はいない。琉唯は視界の端に彼を見止めるぐらいで、それほど興味はなかった。同じ学科であるのだから噂を聞いたことがなかったわけではない。現に彼目当てで図書館にやってきては話しかけている女子大生というのは多い。そう、あれはそんな女子大生が隼に声をかけていた時だった。



「ねぇ。どうして無視するわけ! 聞こえてるでしょ!」



 甲高い声に振り向けば、緩く巻かれた髪が目立つ女子大生がテーブルをだんっと叩くのが目に入った。彼女の目の前には分厚い本を捲っている隼の姿がある。ウルフカットに切り揃えられた黒髪が彫刻のように整った顔に映えていて、「今日もイケメンだな」と琉唯はのんきに眺めてしまう。


 彼が本を読んでいる姿というのは様になっている。だから、彼に見惚れて女子大生の行動など忘れてしまいまそうになるのだが、またテーブルを叩かれて現実へと引き戻された。


 二度目のテーブル叩きにやっと隼は分厚い本に向けられた眼を上げた。なんとも面倒げに、不愉快そうに。



「なんだろうか」

「暇でしょ? 一緒に遊ばない?」

「何故、暇だと決めつける」



 隼が眉を寄せながら問い返す。やっと反応してくれたのが嬉しかったのか、可愛らしく話す女子大生が「だって本読んでるから……」と答えた瞬間、ぱんっと分厚い本が音を立てて閉じられた。



「君の本を読む理由が暇つぶしのためなのだろうが、一緒にしないでもらいたい。俺は本を読むために図書館を訪れている、暇ではない」



 暇つぶしに本を読む行為を否定するつもりはないが、勝手に決めつけないでもらいたい。隼は冷たく、強めな口調で言うと嫌悪するような眼差しを向ける。


 女子大生は少し固まっていたが我に返ると「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」と、露骨に傷ついたといったふうに言い返した。不愉快そうな隼の態度がまた反感を買う。



「なんなの、その態度。ちょっと顔が良いからっていい気になってない?」

「なっていないが? 君の態度に呆れているだけだ」



 此処はナンパや出会いの場でもないというのに邪な考えで声をかけてきた君に言われたくない。はっきりと告げられて女子大生は握っていた拳に力を籠めながら「酷い」と涙を溜めた瞳を向けた。


 けれど、彼、鳴神隼には通用しない。他に何があると返されて、女子大生は睨みながら「調子に乗んなよ!」と声を張り上げ――彼の頬を叩いた。



「そうやって女をあしらって楽しいわけ? だいた……」

「五月蠅い」



 五月蠅い。言葉を遮られた女子大生ははぁっと振り返る。



「五月蠅いんだよ。ここ何処だと思っているんだ?」



 あまりにも理不尽、あまりにも騒がしい。琉唯は流石に我慢ができずに女子大生に近寄った。ずいっと指をさして、「此処は図書館」と告げる。



「公共の場だ。騒いでいいわけがないし、読書の邪魔をする場ではない。これ、小学生でもわかることなんだが?」



 子供でも分かることを大学生が分からないわけないよなと琉唯が言えば、女子大生は口を開こうとするも言葉が出ない。注意されている意味を理解はしているようで、言い返したくてもできないのだろう。



「声が大きいだけでも酷いっていうのに、テーブルを叩いて読書の邪魔をする。周囲の迷惑など気にするでもなく騒いで、相手の頬を叩く。これら全て図書館という公共の場所でしていいことか?」



 司書さんもこっち睨んでるぞと受付カウンターを指させば、じろりと見つめる複数の眼が女子大生を捉える。その視線にやっと気づいたようで顔を赤くさせた女子大生は、何を言うでもなく走っていってしまった。


 なんと騒がしい人だろうかと琉唯が思っていれば、隼が叩かれた左頬を擦りながら立ち上がった。



「助かった。一応は礼を言おう、ありがとう」

「五月蠅かったから言っただけだよ」

「すまない、騒がしくしてしまった」

「あんたが悪いわけじゃないだろ。あれはどう見ても女子が悪かったし」



 勝手に言いがかりつけて、反論されたら被害者面して騒いで暴力を振るなど、どうみても女性側に問題がある。あぁいったタイプの女性には変に優しさを与えてはいけない。勘違いされかねないのだから、琉唯は隼の対応自体は問題ないと思っていた。


 と、本人に伝えれば、隼は目を丸くさせていた。何故、驚いているのだろうか、彼は。琉唯はおかしなことをいっただろうかと首を傾げる。



「おれは何かおかしなこと言ったか?」

「いや、俺の言い方にも問題があると注意されることが多いから意外だったんだ。だが、はっきりしなければ伝わらないだろう?」


「それはそう。時と場合にもよるけど、はっきりと言うのは悪くないとおれは思うよ」



 それで離れていくならそれまでの関係だったってことなわけで。本当に好きなら相手のことも、周囲の事もちゃんと考えられる人のほうがいい。琉唯は「それが判断できるのだからはっきり言っていい」と笑む。


 ぴしりと隼は固まった。驚きと動揺などが入り混じった顔というのは、言葉にするのは難しい。あの整った顔がなんとも間抜けに崩れていく様というのは失礼ながら面白いなと琉唯は吹き出しそうになるのを堪える。



「おもし……すごい顔してるけど、どうかしたか?」

「…………なんでもない」



 たっぷりと間を空けてから返された言葉に「なんでもないことはないだろう」と突っ込みたかったのだが、口元を隠しながら動揺している隼の様子に黙っておくことにした。


   *


「それで好かれたのねぇ」

「そうなんじゃないか? 〝君の笑顔に脳が焼かれた〟って言ってたし」



 隼と話すようになった最初の頃は図書館で軽い会話をするだけだった。会えば少し話して終わりだったのだが、雑談をするようになって、昼食を共にするようになり、学校終わりに駅まで一緒に帰るまでに距離が縮まっていっていた。


 あれっと気づいたのは、女子と二人で話している時だ。猛禽類のような眼を鋭くさせながら話に割って入るようになった。一度、睨めば女子は引いて会話を切り上げてしまう。


 同性と話している時は睨むというよりは隣に立って圧を放っているので、最近では一年生の時から仲良くしていた友人から「お前のボディーガードが怖すぎる」と苦情が出ている。


 それを話せば、「好意があるか聞いたの?」と千鶴に問われて琉唯は頷く。周囲を威圧するようになった辺りで、これは好意を持たれているのではと感じるようになった。だから、聞いたのだ、「もしかして、おれのこと好きだったりするか? 恋愛的な意味で」と。


『好きだが?』


 さらりと隼は答えた。恥ずかしがるわけでも、隠すわけでもなく、それはもうはっきりと。あまりにもあっけなく言うものだから告白だと思えなかったぐらいだ。あ、そうなんだとなんとも間抜けな返事を返していた。


 お前にも非があると注意され続けた身に琉唯の言葉というのは心に響いた。こんな良い噂もない自分を気遣ってくれて、なんの邪まな感情も持たずに微笑んでくれた。あの愛らしい純粋な笑みを見たことはないと隼は真面目な顔で話す、君の笑顔に脳が焼かれたと。



「それ、どうやって返事したわけ?」

「いや……そうなんだ、わかったって」

「え、付き合ってるの?」

「付き合ってはいない」



 彼からの想いを聞いて琉唯は困惑しながらも、自分は隼のことが嫌いではないということを伝えた。けれど、恋人になれるかと問われると、わからないというのが正直な感想だ。


 好きか嫌いかなら気の合う友人、つまり好きの部類に入る。ただ、入るからといってじゃあ付き合いますかとはならないわけで。琉唯は「まだ、分からないからごめん」と断るように返事をしている。



「で、鳴神くんはなんて?」

「〝諦めるつもりはないからゆっくり考えていてくれ〟って言われたな」

「で、彼の行動を受け入れているよね?」


「威圧するのを止めろって注意したら回数は減ったし、それから別に迷惑かけられていないから。そんなに悪い奴じゃないよ」


「いや、器広いよ、それ」



 いくら友人として好きだとしても、あまりに彼は彼氏面をしている。後方彼氏面といった一歩、後ろでやっているならばまだしも、隠す気もなく前面に出る前方彼氏面をされては嫌だと感じることもあるはずだ。付き合っているわけでもないのに、そこまでされてもと鬱陶しくなる。


 千鶴は「私なら無理」と眉を寄せながらカフェオレを飲む。彼女の言葉に普通の人ならそう感じるのかと琉唯はなるほどと頷く。



「てか、話を聞いてると緑川くんが悪いわぁ」

「おれが?」

「だって、前方彼氏面な鳴神くんを受け入れてさ、好きにさせてるわけじゃん。そんなん、期待させてるようなものだよ」



 もしかしたら恋人になってくれるかもしれないという期待を相手に持たせている。告白されて、それでも自分の行動を許してくれているのだから、そう受け取ってしまうのは当然だ。だから、相手は離れないし、平気で彼氏面してくるのだと千鶴は呆れていた。


 千鶴に「それで襲われても文句言えないよ」と言われてしまって、琉唯は反論できずに眉を下げた。



「襲われるっておれが女側みたいな言い方」

「え、そうでしょう」

「まぁ、そう思うけど……」

「てか、よかったぁ。私に恋人がいて彼を紹介してくれたのが緑川くんで」



 そうじゃなかったら敵対視されてたわと千鶴は苦く笑う。彼女に男を紹介したのは琉唯だ。きっかけは恋人に振られて落ち込んでいた千鶴に「新しい恋を探してみたらどうだ」と言ったことが始まりである。



「あ、いたいた」

「ひろくん!」



 声がして振り向けば丁度、話していた相手である千鶴の恋人、花菱浩也はなびしひろやがやってきた。焦げ茶の短い髪をワックスでセットした浩也は今日も男前に磨きがかかっている。



「いやぁ。友人に呼び止められて遅くなった。でだ、緑川」



 遅れた訳を話した浩也はずいっと琉唯に近寄る。こういう何の脈絡もなく呼ぶ時は何かあると琉唯は知っているので、身体を引っ込めて「なんですか」と警戒しながら返す。



「いきなりなんですか、先輩」

「大型連休の日さ、短期バイトをしないか?」



 急になんの話だと首を傾げれば、浩也は「友達に頼まれたんだ」と内容を話してくれた。浩也の友人に個人経営の不動産会社社長の息子がいて、彼が父から「社会勉強だ、バイトをして見ろ」と、離島の別荘の清掃を頼まれたらしい。流石に一人では大変だろうから友人を誘っていいと言われて、浩也に声がかかったということだった。


 期間は三日ほどでその間は別荘で寝泊まりしてもらうことになると言われるが、教えてもらった給与がとても良い。



「ひろくんも行くの? なら私も行く!」

「千鶴もか? オレは会ったことないが、友達の姉妹と後輩も来るらしいし……大丈夫か。お前はどうする?」



 琉唯はどうするかなぁと考える。大型連休中は特に予定がなく、バイトもこの前、辞めたばかりなので時間に余裕はあった。小遣い稼ぎには丁度いいかもしれない。



「参加しようかな」

「おっし、緑川も参加な。じゃあ、伝えて……」

「何に参加するんだ」



 低い声におわっと浩也は飛び退けば、背後で腕を組んだ隼が立っていた。不満げに見つめてくる猛禽類のような眼が細まる。


 琉唯に何かしら関係することに自分が入っていないのが原因だろう。分かりやすいなと琉唯が呆れていれば、そんなことを知らない浩也が離島の清掃バイト話を彼にした。



「離島にある別荘清掃バイト一緒にやろうっていうわけで……」

「琉唯が行くならば俺も参加しよう。彼が心配だ」

「おっ! 鳴神も参加してくれるのか! なら、詳しい日程は緑川にメッセージ送っておくから聞いてくれ」

「あぁ、わかった」

「彼が心配って……。流石、前方彼氏面……」



 一連の流れにぽそりと呟く千鶴に隼は「それがどうした」となんでもないように返す。彼氏面して何が悪いといったふうな態度に彼女から「この男には敵わないよ」と憐れむように琉唯は肩を叩かれてしまった。

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