六話
警護人として働く日々を送る中、ジュリオとの間に少し険悪な空気が漂い、嫌がらせでもされるんじゃないかと身構えてたけど、そんなことはなかった。私より年上のくせに内面はまったくの子供だから、制服や剣を隠される覚悟をしてたのに、ジュリオは警護を邪魔することはせず、私と組む日があっても真面目に対応してた。相手が気に入らなくても、さすがに仕事に私情を持ち込むことはしなかった。警護人という仕事に誇りを持ってるんだろう。そこだけは感心した。でもそれ以外では私に敵がい心を見せてきた。隊の皆で話してる時、私が話しかけたのにわかりやすく無視したり、廊下ですれ違う時には黙ったままこっちを睨んできたり……向こうが一方的に作ったわだかまりは当分消えそうにない。こんなふうに目を付けられるのは私も迷惑だ。早いところ仲を戻しておきたいけど、そのきっかけが見つからず、私は悪い空気を感じながら毎日を過ごすしかなかった。
そんな心配事はあっても、やるべきことはやらなきゃならない。警護の仕事じゃなく、本来の仕事のほうだ。警護については経験を重ね、教えを請うことも少なくなり、独りで行動できる時間も増えてきた。それはつまり信用され始めてるというわけで、伯爵を消すその時に着実に向かえてると言える。でもその前にもう一つ仕事がある。捜査情報を探ることだ。トレベラに関する捜査の状況や、その予定があるかを探らないといけない。これも命令された大事な仕事の一つだ。独りで動ける時間が増えた今、そろそろ行動する時だろう。そして今日、伯爵はソウザ隊長とカミロを連れて外出してる。私はジュリオと共に留守番だ。探るには絶好の状況と言える。
「館内と庭の見回りに行って来る」
詰め所で手持ち無沙汰なふりをしながら、私は隅の席に座って同じように暇そうにしてるジュリオに言った。
「……ああ」
足を組み、頬杖をついた姿勢でジュリオは興味なさそうな返事をした。こっちを気にする様子はない。これなら大丈夫だろう――私は部屋を出て階段へ向かった。
予定では伯爵は午後に戻ると聞いてる。その午後まではまだ一時間以上もある。捜査情報を探すには十分な時間だ。階段を上がり、いつも警護で見慣れてる執務室の前に立つ。辺りを見回し、使用人の姿がないのを確認してから扉の取っ手を握り、押し開く。伯爵は掃除をしてもらうために部屋に鍵をかけてない。おかげで忍び込む手間が省けて助かる。
廊下からのぞいたことはあるけど、中に入るのは初めてだ。以前呼ばれて行った広い私室の半分くらいしかなく、思ったより狭いところで仕事をしてるようだ。中央に大きな机が置かれ、その周囲を本棚と戸棚が占拠してる。多くの書物があるせいか、この部屋は紙とインクの匂いが漂ってる。こんな匂い、街の本屋でしか嗅いだことがない。それだけここには本や書類があるってことだろう。探し甲斐がありそうだ。
私は机に近付く。伯爵はいつもここに座って執務をしてるのか。ペンやインク瓶、ランプが並ぶ側に書類が数枚重ねて置かれてる。それをペラペラとめくって見てみるが、トレベラの捜査とはまったくの無関係の書類のようだ。
「……ん?」
手を離そうとして、書類の一番下に白い封筒があるのを見つけ、私は取った。表も裏も真っ白で何も書かれてない。封はされてなかったので中の紙を取り出して見てみる。
「……シーレドラス、年に一度の夜会……招待状?」
そこには日時や場所などと一緒にそう書かれてた。宛名がないから、伯爵がこれから誰かに送るものなのかもしれない。シーレドラスの夜会ということは、司法警察の関係者がたくさん集まるのだろうか。だとしたら創設者である伯爵も当然行くはずだ。関係者が集まるパーティー……情報を得るには打って付けだ。そして伯爵を消す場としても。開催日は三週間後だから、そのうちソウザ隊長が予定として伝えてくるだろう。警護で付いて行ければ、仕事を果たせるかもしれない。一応計画を考えておくか。でもその前に捜査情報だ。
私は招待状を書類の下に戻し、次に引き出しに手をかけた。いくつかある引き出しを順番に開けて見て行く。白紙の便箋、走り書きされたメモ帳、ペーパーナイフ、文鎮、封蝋……中には文具しか見当たらない。書類はここにしまってないのだろうか――そう思いながら右上の引き出しを開けようとすると、ガツッと何かが引っ掛かる音を立てて動かなかった。何だろうと確かめて見ると、取っ手の脇に小さな鍵穴があった。ここだけ鍵をかけてるなんて、何か重要で大事な物があると言ってるようなものだ。確かめておきたい……。
私は制服の上着の下から二本の金属の棒を取り出す。これは鍵開け用の道具で、仲間の盗賊なら誰もが持ってる。こういう時のために私も常に隠し持ってて、今日やっと活躍する時が来たわけだ。
引き出しの前にかがみ、私は鍵穴に棒を差し込む。指の感覚を頼りに小刻みに動かしていく。父さんに怒鳴られながら習得はしたけど、毎回成功するほど上手くはないと自覚してる。熟練者は簡単な鍵なら五秒で開けちゃうらしいけど、私はその域まで達してない初心者だ。だから音と感覚に集中して、慌てず、慎重に動かして――
その時、窓の外から馬の蹄鉄の音が聞こえてきた。それと同時にガラガラと鳴る車輪の音――ハッとした私は一旦手を止めて窓から外をのぞき見た。
「……もう帰って来たの?」
見下ろした先には馬車が止まり、そこから伯爵が降りてきた。一時間後の帰宅だと聞いてたのに、予定が早まったのだろうか。私は振り返って引き出しを見る。鍵のかかった引き出しなんだ。絶対に確かめておきたいけど、私の腕じゃ五秒で開けることは無理だ。絶好の機会のはずだったのに……でも無理して見つかるわけにもいかない。悔しいけど今は部屋を出るしかない。机の上をざっと見て侵入の痕跡がないのを確認してから、私は足早に執務室を出た。
「……あ、これしまわないと」
手に持ってた鍵開けの棒をとりあえずズボンのポケットに押し込みながら扉を静かに閉めた。
「オリアナ」
不意に名前を呼ばれて、私は心臓を飛び上がらせて振り向く。見ると廊下の先にはこっちをいぶかしげな顔で見てくるジュリオがいた。
「……何してるんだよ」
私は扉から離れて言う。
「何って、見回りよ。言ったでしょ? ジュリオこそ、どうしたの?」
「ご主人様がお戻りだから、お前を捜しに来たんだ。……今、執務室に入ったか?」
内心ギクリとする。出るところを見られてただろうか。でもここは否定するしかない。
「は、入るわけないじゃない」
「でも今、扉閉めてたよな」
それは見られてたか――
「ああ……入ってはないけど、ちょっとのぞいたの。窓が閉まってるかとか、異常はないか見るために」
「物音でも聞いたのか」
「う、ううん。何も……」
「異変を感じた時以外、ご主人様のお部屋に勝手に入るのは許されないことだ。忘れたのか?」
「ご、ごめんなさい。うっかりしてた。これからは気を付けるわ……」
素直に謝ったが、ジュリオはまだこっちを鋭く見てくる。
「本当に入ってないか?」
「入ってないってば」
「じゃあポケットに何を入れたんだ」
「え……」
私は無意識に少し膨らんだポケットを手で押さえた。ここまで見てたなんて。
「中に入って、ご主人様の物を盗んだりしてたんじゃ――」
「ちっ、違う! そんなことしてないわ」
「それじゃあポケットの中の物、見せろよ」
ジュリオは私を見据えたまま、こっちへ近付いて来る――どうしよう。鍵開け道具だとばれたら完全に疑われる。でもこれは盗賊が使うもので、一般市民が目にするような道具じゃない。ジュリオが知ってるかどうか微妙なところだけど――
「ほら早く、出せって」
ポケットにジュリオが手を伸ばそうとしたのを私は止めた。
「わかった。出すから……」
拒んでも、出しても、どうせ疑われるなら、ジュリオが知らないことに賭けてみるしかない――私はポケットから鍵開け用の棒二本を取り出して見せた。
「はい……これは私の物よ。盗んでなんかないわ」
ジュリオは金属の棒をまじまじと見ながら聞いてきた。
「何だよこれ。何かの部品か?」
私の中の不安が一気に消えた。やっぱりジュリオは道具の使い道を知らなかった。それならどうとでもごまかせる。
「これは部品じゃなくて……武器よ」
「武器? こんなちっちゃい棒が?」
「ええ。剣や槍とか、大きい武器が振り回せない狭い場所で役に立つの。こんなふうに……」
私は棒を握り、それらしく振って見せた。
「だけどこれ、刃がないし刺すだけだろ? だったらナイフのが役に立ちそうだ」
痛いところを突いてくる……。
「剣があるのに、何でこんなもの持ってるんだよ。隊長に許可貰ってるのか?」
「許可は、貰ってないけど……」
「じゃあ没収だ。隊長に見せて――」
「取り上げるの? それは駄目!」
ジュリオは知らない道具でも、ソウザ隊長は知ってるかもしれない。見せるのは危険過ぎる。
「許可が貰えれば返してもらえるんだ。それの何が駄目なんだよ」
「駄目、と言うか……気が進まない、と言うか……」
ジュリオの青い目が探るようにこっちを見てきて、消えた不安を私の中にまた湧かせる。
「オリアナ、お前、嘘ついてるだろ」
「嘘なんて、私は……」
「その棒、本当に武器なのか? 正直に言えよ」
「ほ、本当よ。あなたは知らないものかもしれないけど……」
「怪しいな……ご主人様の物じゃないのか? 俺が知らない物だからって適当に――」
「だから私は盗んでなんかないわ! たとえそうだとしても、こんなただの棒を盗むと思う?」
「金目の物じゃなくたって盗んだことには変わりないだろ。他にも盗んだ物を隠してるんじゃないのか?」
あまりにしつこく疑ってくることに、私は焦りと不安から大声で言った。
「いいわ! それなら私を調べてよ。服を脱いであげるから、気が済むまで探せばいいでしょ!」
半ばやけになって私は制服の上着のボタンを外していく。
「おい、何やってんだよ」
「私は潔白を証明するの。調べたいんでしょ? 早く調べて」
脱いだ上着を放り投げて、次にシャツのボタンを外していく。
「やっ、やめろって! ここは廊下だぞ。ボタンを留めろ!」
胸元がはだけていくのをジュリオは慌てて止めようとしてくる。
「来ないでよ! 疑うあなたのために私は――」
「こんなことされちゃ、今度は俺が疑われるだろ! いいからやめろって!」
「そこにいたのか二人とも。この後の予定――」
話しかけてくる声に私とジュリオはハッと振り向く。階段を上がってやって来た姿は私達を見つけると、一瞬その動きを止めた。
「……おいおい、廊下でいちゃつくのはどうかと思うが」
カミロは呆れた口調で言う。
「ちち違う! これはオリアナが勝手に脱ぎ始めて……ほら見ろ! 俺が疑われただろ!」
ジュリオが非難がましく怒鳴ってきた。それを見ながらカミロが歩み寄って来る。
「何があったんだ? 説明してくれ」
「ジュリオが、私がご主人様のお部屋から物を盗んだって疑ってきて……だから服を脱いで調べてもらおうと思って」
「なるほどね。……とりあえず、オリアナは制服を着て」
カミロは拾い上げた上着を私に渡した。それを着てる間に次はジュリオに聞く。
「ジュリオはオリアナが盗んだところを見たのか?」
「それは見てないけど、執務室の扉を閉めてたから……」
「それだけで盗みに入ったと?」
「だって怪しいだろ。独りで扉を閉めてるなんてさ」
カミロが再び私を見た。
「ジュリオの言ってることは本当?」
「ええ。確かに私は扉を閉めたけど、お部屋には入ってないわ。中をのぞいて、異変がないか確認しただけよ」
「ご主人様の物は何も持ってなかったんだろ?」
カミロはジュリオを見て聞く。
「急に服脱ぎ出すから、ちゃんとは調べてないけど、ズボンのポケットに変な棒が入ってただけだったよ」
「変な棒……?」
「オリアナは武器だって言ってる。……ほら、見せろよ」
カミロに見せたくないけど、ここで拒むわけにもいかない。どうか気付かないでほしいと願いながら、私は握ってた鍵開け棒を見せた。
「これ……」
手の上の二本の棒をカミロは怪訝な表情で見つめる。
「……これが、武器? にしては小さくて頼りないね」
これを見てもカミロは鍵開けの道具だと指摘してこない。ということはジュリオと同じく知らないらしい――私は胸の中で安堵する。
「その、独自に作った武器で、緊急時に使うためのものだから、軽さを重視したの。敵の隙を突ければいいと思って」
「へえ……まあ確かにこれはご主人様の物じゃなさそうだね」
「なあカミロ、こんな物、勝手に持ってていいのか? 隊長の許可がいるだろ?」
「うーん、警備に支障が出るわけじゃないし、いざとなれば武器として使える物だ。別に許可はいらないんじゃないかな」
「え? でも俺達に見せもしないで持ってるってどうなんだよ」
「ジュリオはオリアナのことを随分と疑うんだね」
「あ、当たり前だろ。ご主人様のお部屋に勝手に入ったんだぞ」
「だから私は入ってないわ!」
即否定すると、ジュリオはこっちを忌々しげに睨んできた。
「喧嘩はよすんだ。協力し合う仲間だろ?」
「そう思いたいけど、怪しいことされたんじゃ……」
カミロは私達を見て困ったように息を吐いた。
「……わかった。そこまで疑うなら、ご主人様に私物がなくなってないか確認していただこう」
「何もご主人様にお手間を取らせなくても――」
「でもジュリオははっきりしないと、オリアナを怪しみ続けるだろ?」
カミロに言われてジュリオは言葉に詰まり、黙り込む。
「私は疑ってないけど、こうしないとジュリオが納得しそうにない。オリアナ、悪いけどそうさせてもらってもいいかな」
申し訳なさそうな表情でカミロは聞いてきた。
「答えが出るなら、私は構わないけど」
「よし。じゃあジュリオ、オリアナの無罪が証明されたら、ちゃんと彼女を仲間として扱うんだぞ」
「ふん……本当に無罪だったらな」
ちくりと刺すような視線をこっちに送ると、ジュリオは不満顔のまま階段へと向かう。
「まったく。いつからあんなに疑い深くなったんだか……さあ、私達も詰め所へ戻ろう」
促されて私もカミロと一緒に階段へ向かった。私は執務室に入りはしたけど、何も盗んでない。だから無罪はすでに決定してる。私を泥棒にしたいジュリオは無罪とわかった時、態度を変えてくれるだろうか。今はそれが気がかりだ。
その後、事情を伝えたカミロに頼まれ、伯爵は執務室内から消えたものがないか確認をしてくれた。当然ながら消えたものは一つもなく、私の潔白はすんなりと証明されたのだった。
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