庭には四羽のにわとりがいて

椛猫ススキ

庭には四羽のにわとりがいて

 私は子供のころ、道に捨てられていたひよこを四羽拾ったことがある。

今は少ないかもしれないが当時は普通に犬も猫も段ボールの中に入れて道端や竹藪、河川に捨てられていた。

 田舎ではそういうことがある。

私が以前勤めていた会社のいちご先輩は川で子ヤギが流されてきたので拾ったそうだ。メーコと名付けられた子ヤギは親戚が欲しいと言ったので譲ったそうだ。

 田舎はそういうことがよくある。

 私はなにも考えず段ボール箱ごと持って帰った。

家は古いし犬だろうが猫だろうが住める庭や納屋や倉庫があるのが田舎の農家だ。

元々、家にチャボを飼っていたので家族は特に何も言わなかった。

 父が廃材で見事な鶏小屋作り私と母がごはんの係だった。

私はこの小さくてふわふわしたひよこにジャム、バター、クリーム、チーズと名付けた。

言っておくが名付けはしたが見分けがついたことはない。

なんか適当に呼んでいたと思う。

 ひよこの成長は早い。

あのふわふわした黄色く愛らしい姿はあっという間に貫禄のあるにわとりへと変貌してしまった。

 チャボもそうだがにわとりもなかなかに気性の荒い生き物だと思う。

四羽のうち三羽がメスであったので卵が産まれるのだがそれを収穫するのがそらもう大変なのだ。

 まず、小屋の入り口を開けただけでお?やんのか?とステップを踏み始める。

左右に首を振りながら間合いを取られる。

子供だった私はまずそこで怖がってしまう。

動物はそれを悟るのが早い。

そこからはにわとりのバトルフィールド展開だ。

 こっこっこっ、と声だけが可愛いやつらに囲まれる。

背後まで取られる。

だめだめだ。

にわとりは軽快にステップを踏んでいる。

その姿はまさにボクサーを彷彿させる。

私にはもうにわとりが巨体のパンチパーマのいかついおっさんがサイドステップ踏んでいるようにしかみえない。

 あわあわしている小童なぞ敵ではないのだ。

「くえええええええええー」

と、声高に鳴くと羽根をばたつかせとびかかってくる。

「うわああああああん!!」

 にわとりの最大の武器である嘴。

これが痛い。

皮膚を啄み、首をかしげる。

要は思いきり抓られているのだ。

嘴が固く鋭いので痛みは倍増だ。

本当に痛い。

蹴ってくる奴もいる。

足の爪もめちゃ痛い。

 そこに祖母がやってくる。

孫が卵を持ってこないから見に来たのだろう。

祖母は泣いている私を無視して巣箱から卵を取ると荒ぶるにわとりを掃除用の箒でさっさと除けるとそのまま帰ってしまった。

慌ててそのあとを着いていくと

「おまえはいくじがない」

と、怒られた。

 餌くれてやってるのはわしらだと思わせなければならないらしい。

「おまえが拾ったんだからおまえが一番偉いと思わせないとダメだ!」

 そんなこと言われても怖いものは怖いのだ。

私は毎朝鼻をすすりながら新鮮な卵かけごはんを食べていた。

とりあえず、美味いことは確かだ。

 ひよこがにわとりになり、年が明けた翌日。

鶏小屋にごはんを持っていくと一羽いない。

唯一のオスがいない。

あれだけは個別でわかるからジャムと呼んでいたにわとりだった。

首をかしげながら母に

「にわとりがいっぴきいない」

と言うと

「昨日、食べたじゃない」

あっさり答えられた。

「え?」

「今日も食べたわよ?」

「え?」

「美味しかったでしょ。年越し蕎麦とお雑煮のお出汁、鳥の骨で取ったのよ」

 本当にびっくりすると言葉も出ないし、涙も出ない。

「オスは卵産まないからね。おじいちゃんが絞めてくれたのよ。スーも頑張って育ててたからね。よく肥えてたよ」

 母はたんたんと語り、

「お昼は昨日のおつゆ残ってるからお蕎麦だよ」

 そのまま座敷に行ってしまった。

私はショックではあったが泣くこともなく。

これはそういうものなんだと飲み込んだ。

田舎の誰もが通る道である。

 にわとりの骨で取ったおつゆはとても美味しく、その日の夜は鍋だった。

もちろん、鶏肉は入っていた。

美味しくて食べすぎて、その後吐いた。

バカである。

 それから、年が明ける度に消えていくにわとりたち。

最後の1羽が消えたとき、私は少し寂しくなった。

ジャムとバターとクリームとチーズは4年で居なくなってしまった。

 まあ、なんというかその時には達観していて

「田舎の農家はそんなもんだよね」

くらいだった。

がらんとした鶏小屋だったがそのあとすぐに死んだ遠縁の爺さんが繁殖させまくって困り切っていたという理由で大量の烏骨鶏が連れてこられ、入りきらなかったので拡張までされた。

 残念ながら烏骨鶏はしばらくして一晩で一匹残らず盗まれた。

あんなに鳴くやつらを家人に知られず盗むとはどうしたのやら考えると恐ろしい。

遠くの集落で烏骨鶏飼い始めた奴らがいたとも聞いたが証拠がないだのなんだのうやむやで終わった。

 田舎はそういうこともままある。

いや、犯人はそいつらやろがい。

ちなみに前述したいちご先輩のメーコだが、その後親戚の家に行ったとき

「メーコは?」

と、聞いたところ

「ああ、美味しかったよ」

と、言われたそうである。

田舎はそういうものであふれている。



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庭には四羽のにわとりがいて 椛猫ススキ @susuki222

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