第143話 見習い達と訓練
見習い達が引っ越して来て一週間後、裏で着々と邪神討伐の準備が進められる中、第三騎士団の敷地内はとても賑やかになっていた。
その原因はもちろん見習い達の存在だ。
現在三チームに分かれ、訓練場では騎士と
「ほら、右に傾いているぞ。利き手の方が力が入りやすいから傾きやすいんだ、気をつけろ。慌てて振らなくていいから、自分が思い描く軌道と同じになるようにていねいに振れ。脇が開いている、もっと締めろ」
今は俺の小隊が指導係を担当しているが、一時間で他の小隊と交代制だ。
さすがに見習いに千本素振りは可哀想なので、百本素振りをさせながら間を歩いて指導していく。
最初はガキの相手なんか、と言っていた部下達だが、なんだかんだ楽しそうに指導している。
「団長、交代の時間だ」
勤務中は俺の事を団長と呼ぶようになったリュカが交代を伝えに来た。
「わかった。よし、見習い達は十分の休憩だ! じゃあ頼んだぞ」
休憩の言葉に安堵したような声が見習い達から漏れる。
「団長、オレとやろうぜ!」
休憩も同然の見習いの指導から解放され、シモンが刃を潰した剣を差し出してきた。
第三での訓練初日に俺達の手合わせを見学した見習い達がシモンの事も絶賛したせいか、いいところを見せようと張り切っているのだ。
サボるよりいいから構わないのだが、一番実力を発揮できるからと俺を毎回指名してくるようになった。
元々実力はあったが、指導する側に回った事もあってか一段と腕が上がっている気がする。
やはり人に教える事で自分で気付く事もあるのだろう。
俺とシモンが向かい合うと、周りの部下達だけでなく、見習い達の視線も感じる。
実際俺達の手合わせは見習い達にとってはイベントのようなものらしい。
まぁ、
それに俺達の手合わせを見た後は、見習い達の気合いが違うのだ。
アクション映画を観た後に自分も強くなった気になるようなものだろう。
「いっくぜ~!」
「来い」
真正面から突っ込んで来たかと思うと、サイドステップでフェイントをかけてきた。
だが俺から一本取るにはまだ足りない。
激しい剣を打ち合う音が数回、一瞬の間を置いてまた数回と訓練場に響く。
ひと際大きな音が鳴るたび、周りから歓声が上がった。
以前より格段に考えて攻撃を仕掛けているのがわかり、その成長具合に自然と笑みが浮かんでしまう。
ゆさぶり、死角からの攻撃、フェイントを入れるタイミング。
だが……。
「甘いッ!!」
振り向きざまに剣を水平に振ると、シモンは慌てて俺の剣を受ける……はずだった。
しかしそこにシモンはおらず、剣は空を切っただけ。
どこへ……上か!!
シモンは本来ならありえないはずの跳躍で俺の頭上から剣を振りかぶっていた。
咄嗟に身体をずらして避け、態勢の変えられない空中にいる間に回し蹴りを真横から叩き込んだ。
三メートルほど吹っ飛び、ズザザザザと硬い地面を滑って行く。
同時に見習い達から、わぁっと歓声が上がった。
さっきのありえない跳躍は、きっと魔導具か何かを使ったのだろう。
種明かしを聞こうとシモンに近付く。
「くっそぉ~! せっかくバシルに作ってもらったのに!!」
シモンは地面に転がったまま、悔しそうに拳を地面に打ち付けている。
よく見たら
「その鉄靴どうしたんだ?」
「これ? バシルに断られたけど、何回も頼み込んで作ってもらったんだよ。爪先の内側を反対の踵に当てたら風魔法が発動して飛べるんだぜ! やっと慣れて実践で使えると思ったのに!! 団長には通用しねぇか~」
「いつの間に……。そんな申請聞いてないぞ」
まだ転がったままのシモンをジロリと見下ろすと、不満そうな上目遣いで睨み返された。
「ちゃんと自腹だし、一応オレール副団長には相談したし。団長を驚かせたいから内緒にしてくれとは頼んだけどよ。不意打ちなら絶対通用すると思ったのに~!!」
ゴロゴロと転がるので踏みつけて回転を止めた。
「みっともないマネはやめろ。見習い達が見ているんだぞ」
「あ……っ」
今気付いたのか、恥ずかしそうにしながら身体を起こすシモン。
その時悲劇……いや、喜劇が起きた。
足を動かした時に、鉄靴のつま先と踵が当たったのだ。
つまり、風魔法が発動する。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
ドゴーン!
幸い地面との摩擦があったせいか、訓練場を囲む壁に衝突した衝撃は致命傷になるものではなさそうだ。
プルプルしながらも何とか自力で立ち上がり、身体の動作確認をしている。
俺はその様子をポカンとしたまま見ている見習い達の元へ向かった。
「いいか。今見たように、自分の実力や性質に合わない装備は力になるどころか、逆にあんな風に怪我の原因になる。幸いお前達は将来的にドワーフ製の装備品を与えられるだろう。その時は製作者の意見はしっかり受け入れるように!」
見習い達の教訓として生きた教材となったシモンが広範囲の擦り傷と引き換えに失ったのは、大きな穴の空いた訓練着と見習い達の尊敬の眼差しだった。
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