第142話 見習い SIDE

「かっ……こいい!!」



 ジュスタンが出て行ったドアを見ながら、小動物系のエミールがキラキラとした憧れの視線を向けた。



「そうだね、オスカーが漏らしたって気付いたのに、さりげなく魔法で綺麗にしてくれてたし、第二で聞いていたよりうんと優しい人みたいだね」



「漏らしたとか言うな!! 同じ目にあったらお前達だって私みたいになるぞ!!」



 穏やかに微笑むルイがさらりとオスカーの心の傷をえぐり、オスカーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 実際見習い達が聞いていたジュスタンの人物像は、とてもじゃないが子供の話など聞く耳を持たない恐ろしいイメージだったのだ。



「ヴァンディエール騎士団長が待っているんだから行くぞ、もたもたするな」



 引率としてここまで見習い達を連れて来た、第二騎士団員のエリックが四人を促す。

 その顔には明らかにヴァンディエール騎士団長を怒らせるなと書かれていた。

 エリックが部屋を出て行ったので、四人の見習い達もエリックを追いかけてドアへと向かう。



「俺はそんなにかっこいいとは思わないけどな……、何が最善か考えて行動する癖をつけろ……だ。悪いのはオスカーだろ」



 ブツブツと文句を言うレオンは、不機嫌な表情を取り繕う事なく最後に部屋を出た。

 レオンが部屋を出ると、ジュスタンがエミールの前にしゃがんで手を伸ばそうとしているところだった。

 咄嗟にレオンはエミールの前に滑り込み、その背にエミールを隠す。



「何をするんだ!」



 先ほどのジュスタンの殺気を知っているだけに、前に立ち塞がるのは足が震えるほど恐ろしかったが、親友を助けなければという気持ちだけで何とか目の前のジュスタンを睨みつけた。

 だが、レオンの予想と違い、ジュスタンは一瞬驚いた顔をしただけで笑い出す。



「ふはっ、何をすると思ったんだ? 俺は子供を取って喰ったりしないぞ? ほら、邪魔だ。……『治癒ヒール』」



 震えるレオンの足は、軽く側頭部を押されただけでヨロヨロとエミールの前から移動した。

 そして振り返ったレオンの目に飛び込んできた光景は、エミールの腫れた頬をジュスタンが治癒魔法で治している姿だった。



「わぁ、痛くなくなった!」



「この程度なら大して体力は奪われないとは思うが、今日はできるだけ大人しくするように。治癒魔法の後は身体がだるくなるからな」



「はい! ありがとうございます!」



 お礼を言うエミールの目は、さっきよりも尊敬度が増しているように見えた。

 ジュスタンに心酔している親友の姿に、レオンは焦りを覚えてもう一人の親友であるルイに視線を向ける。

 ルイは心酔しているようには見えないものの、それでも心を開きかけているのをレオンは感じた。



 レオンと同じようにジュスタンを睨んでいるのは、これまで第二騎士団では可愛がられていたオスカーだった。

 オスカーは騎士の家系ではあるものの、三男なので一家にふた枠しかない推薦がもらえず第三騎士団に入ったクチだ。



 つまり兄の二人は第二騎士団におり、父親も第二騎士団に所属しているため、第二騎士団員に可愛がられていた。

 だが、今回の引っ越しで庇護者がいなくなったも同然になる。

 その不安もあって、自分の優勢を確保しようとした結果が、いつもより攻撃的な行動だったのだろう。



「この階と上の階の造りは同じだ。一階を通ってこの宿舎の反対側には行けるが、ドワーフとさっき見たドラゴン……女性の姿だった奴だが、あの壁の向こうに住んでいるから行くのはおすすめしない。ちなみにこの宿舎を造ったのもドワーフ達だから、何か不具合があれば相談すれば直してくれるだろう。その前に旧宿舎にいる文官に報告をするように」



 エリックと見習い達の脳裏には、さきほど見た美しい女性と小さなドラゴンが少年に変化する姿が甦った。



「ドラゴン……!」



 真っ先に反応したのはレオンだった。

 孤児院で何度もシスターにねだって話してもらった大好きな昔話に出てくるドラゴンが大好きだったのだ。



「男の子の姿になった小さいドラゴンはジェスという名前なんだが、年齢はお前達と変わらない十歳だから仲良くしてやってくれ。嫌がらせをした場合、命がなくなるかもしれないから気を付けるように。従魔契約をする前のジェスには、俺も殺されかけたからな」



 ジュスタンはニヤリと笑ったが、その笑みは五人を震え上がらせるには十分な威力だった。



「あ、あの、殺されかけたって……」



「おっと、他の見習い達はもう案内が終わって食事を開始しているようだぞ。俺達も早く案内を済ませて行こう」



 エミールは勇気を振り絞って質問しようとしたが、ジュスタンに遮られてしまった。

 確かにさっきから美味しそうな匂いが階段を上って鼻腔をくすぐっている。

 移動を始めたジュスタンの後を、五人は追いかけた。



 そして案内されたトイレや浴室などの設備にひと際大きい感嘆の声を上げたのは、見習いの四人よりも引率のエリックだった。



「いくら造られたばかりとはいえ、こんなの貴族の屋敷にでも行かないと見られないんじゃないのか!? シャワーも固定じゃなくてホース付きだと!? まさか……このトイレ、保温と浄化の付与がされている!?」



 すっかりジュスタンの前で取り繕う事も忘れ、素の状態で驚いては騒いでいた。

 第三騎士団の改装前旧宿舎と同じく、老朽化が進んでいる第二騎士団の宿舎に住むエリックからすると、この新宿舎はパラダイスと言わんばかりに絶賛の嵐だ。



 最後に食堂で一緒に食事を摂ったのだが、最終的にエリックは見習い達が慣れるまで自分もここに滞在すると言い出していた。

 当然ながらその提案はジュスタンによって却下されたが、常駐する世話係が必要ならいつでも声をかけてほしいと言い残したエリックの目は真剣だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る