第141話 喧嘩騒動

「事前に聞いているだろうが、ここにも部屋割りが書いてあるから、各自荷物を置いて食堂へ戻って来るように。造りはこれまでの宿舎とそう変わらないはずだからわかるだろう」



 玄関を入ってすぐの掲示板に、部屋番号と名前が書かれている。

 今は見習いになりたての子はいないから、全員名前くらいは読めるはず。

 全員返事をすると、ジッと張り出された部屋割り票を見て階段を上って行った。



 俺達の目から解放されたせいか、上の階からは嬉しそうで賑やかな声が聞こえてくる。

 建物だけでなく、全ての家具も新品だからな。

 だが数分後、ガターンという大きな物音がした。



「なんだ?」



「またレオンか!?」



 俺が天井を見上げると、エリックが苦々しげに呟いて二階へ向かった。

 俺達もそれについて行くと、棚と二段ベッドが両脇にある部屋の真ん中で、見習いの二人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。



「やっぱりお前かレオン! やめないか!!」



 エリックはレオンと呼ばれた見習いの両手首を捕まえて、倒れたまま殴られていた見習いから引き剥がす。



「放せよ! こいつはエミ」



「いいからやめろと言っている!」



 何か言いかけたレオンに対し、エリックはピシャリと言葉を遮った。

 殴られていた方の見習いは、目に涙を浮かべているくせに、掴まえられているレオンを見てニヤリと笑っている。

 全員が仲良しという事はないと思っていたが、問題児はしっかりいるようだ。



「オレール、ここの当事者以外はもう荷物を置いただろう? 先に宿舎内を案内してやってくれ。リュカも宿舎内を把握するために一緒に行くといい」



「わかりました」



「わかった」



 そうして部屋に残ったのは、この四人部屋に住人になる見習い達と、エリックと俺の六人。



「で、何があった? 各自、名前と年齢、自分が見た状況を順番に説明しろ」



 エリックの拘束から解放されたレオンは、部屋の隅にいた頬を押さえた可愛らしい少年と、妙に大人びた綺麗な顔の少年を庇う位置に立った。



「私はオスカー、十一歳です。ベッドに自分の夜着を置こうとしたら、いきなりレオンに殴りかかられました」



 真っ先に名乗ったのはレオンに殴られていた見習いだった。

 しかしすぐにレオンが吠える。



「違う! 先にオスカーがエミールを突き飛ばしたんだ!」



「…………レオン。俺は名前と年齢、自分が見た状況を説明しろと言ったんだ」



 静かに告げると、バツが悪そうに視線を泳がし、ピシッと直立不動になって口を開く。



「俺はレオン、十一歳です! ベッドの場所は事前に決まっていたのに、上の段がいいからとベッドのはしごを登っていたエミールをオスカーが突き飛ばしたから喧嘩になりました!」



 どうやら最初の大きな物音は、頬を押さえているエミールが突き飛ばされて床に叩きつけられた音のようだ。

 押さえている頬はその時ぶつけたのだろう。



「エミール、先に君が言うといいよ」



「う、うん……。ぼくはエミール、十一歳です。ベッドに上がろうとしたら、上の段は自分が使うんだってオスカーに突き飛ばされて、ぼくがはしごから落ちたのを見て、レオンが怒って喧嘩になってしまって……」



 大人びた少年に促されて、エミールと呼ばれた見習いが説明した。ウルウルと目に涙を溜めて悲しそうに話す姿は小動物のようだ。

 思わず頭を撫でそうになったがグッとこらえる。



「最後は僕ですね。ここにいるみんなと同じ十一歳でルイと言います。大きな音に振り向くと、床に倒れているエミールがいて、ベッドのはしごの横には両手を伸ばした状態のオスカーが立っていました。そしてレオンが怒って喧嘩が始まりました」



 どうやらレオン、エミール、ルイは仲がよさそうだな。

 この四人部屋で浮いているのはオスカーだけか、そう思っていたらオスカーが嘲笑を浮かべて口を開いた。



「フン、孤児共が! どうしてこの私が孤児の下で眠らないといけないんだ!」



 なるほど、この三人が孤児だからと見下していたのが原因か。

 俺はオスカーに歩み寄り、片手でボールを掴むように頭を掴んだ。



「ヒッ!?」



「オスカー。お前はこの三人が孤児という理由だけで規律違反を犯したんだな? どうして孤児だといけないんだ? お前がいったいどこの私か知らないが、お前だって今この瞬間、両親が病や事故で死んだら孤児なんだぞ? それに第三騎士団は出自で贔屓する事はない実力主義だ、その考え方は早々に改めるんだな。それが嫌なら第二騎士団にでも入れてもらえ」



「ま、まぁまぁ、ヴァンディエール騎士団長、子供のやった事ですし、この三人が孤児なのも事実ですから……」



 あ?

 ピクリとこめかみの血管が浮き上がった気がした。

 さっきの部屋に入った時の態度といい、妙にレオンが悪いと決めつけていると思ったら、第二の騎士達が孤児を差別していたのか。



「さっきも言ったが出自は関係ない。重要なのは規律違反を犯したという事だ。王都で過ごしている第二騎士団と違って、第三騎士団では命令を守れない奴は命を落とす可能性が高いからな。なにより必要なのは連携だ、仲間を見下したり差別するなんて愚の骨頂だぞ」



「…………ッ!」



 ジロリとエリックを睨むと、ふいにツンとした臭いが鼻に届いた。



「ひぅ……ぐす……っ」



 思わず漏れ出た殺気のせいで、俺に頭を掴まれていたオスカーが粗相をしてしまったようだ。

 十一歳という年齢のせいか、羞恥のあまり泣き出してしまった。

 さすがに今回は俺が悪い。エリックですら硬直していたのに、まだ見習いの子供の前で殺気を出すなんて怯えて当然だ。



「『清浄クリーン』、あ~……、不用意に殺気を出して悪かった。一番悪いのはオスカーだが、レオンもいきなり殴りかかるという判断は悪手だぞ。常にどうするのが最善か考えて行動する癖をつけろ。今から宿舎の中を案内するからついて来い」



 今回のオスカーへの罰はこのお漏らしをさせてしまったという事でいいだろう。

 オスカーの頭を掴んでいた手を離し、誤魔化すように先に部屋を出た。

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