第124話 聖国での出来事[SIDE オレール]

「それじゃあ頼んだぞ。ジャンヌも俺と離れている間は、オレールが俺の代わりだと思って助けてやってくれ」



「あいわかった」



「任せてください。団長……は心配しなくても大丈夫でしょうけど、今回はフラレスの冒険者達と合同作戦なんでしょう? 部下達が喧嘩しないように目を光らせておいてくださいね」



「ああ、じゃあな。……第三騎士団討伐班、出発!!」



 団長達を見送り、私達も聖国の使者団と共に聖都にある本神殿に向かい出発した。

 大神殿の聖騎士団は比較的関係は良好といえるが、やはり聖国から来ている聖騎士や使者団は私達に対して必要ないという姿勢を崩さない。



 幸いな事に聖女であるエレノア様が我々に好意的なので、使者団も渋々認めている感じだ。

 これはエレノア様が団長にとても懐いているおかげだろう。

 団長の愛馬と同じ名前なせいか、団長自身も突き放しきれずに面倒をみていたからかもしれない。



 以前の団長と違って、ジェスといいタレーラン辺境伯領にいた子供といい、純粋に慕ってくる相手には優しい面を見せている気がする。

 元々横暴というより、荒れているという印象を受けていたが、実際どうしようもない立場にいる弱者には優しくはなくとも機会を与えているところを何度か目撃した。



 エレノア様も団長のそんなところを見抜いているのかもしれない。

 道中地面がぬかるんでいた時に抱き上げたが、とても軽かった。

 離婚した妻との間にすぐ子供ができていたら、このくらいの年齢だったかもしれないと思うと父性本能がくすぐられる気がした。



 聖都の本神殿に到着した時、私達とエレノア様を引き離そうとしていた事は気付いていた。

 そこは幸いというか、ジャンヌのおかげで事なきを得てホッと胸を撫で下ろした。

 しかし本神殿の聖騎士はそれが気に入らなかったのだろう、ジャンヌには何も言えないからか私に絡んできた。



「聖女様の隣室にお前のような男を置いておけるか!」



 貴族である私用に準備されていた客間が一番上等だったらしく、そこをエレノア様に使ってもらってもいいかと神官に言われたから隣の部屋で護衛できるのなら問題無いと伝えて決まった部屋なんだが。

 しかも見たところ聖騎士になりたての若造だった。



 こういう手合いは優しく対応してやると調子に乗ると経験上知っている。

 部下達の方が対応が上手いが、部屋からわざわざ呼び出していては格好がつかない……か、仕方ない。

 幸いこちらの方が身長が高くて見下ろせたので、部下のやり方を真似て両手を壁につけて逃げ道を塞いだ。



「こっちは王命で聖女様の護衛をしているんだ。聖女様がラフィオス王国の民である限り、本神殿の言う事より王命を優先するのは当たり前だろうが。それとも王命に背いて死ねと言いてぇのか? あんたの権限で?」



 イメージしたのは貧民街スラム育ちのカシアス。

 言葉は乱暴だが、できるだけ低い声で静かに耳元で話す。その方が怒鳴るより怖いんだと言っていた。

 実際、思惑通りに若い聖騎士はそそくさと逃げるように立ち去った。



 不意に人の話し声が聞こえたので振り向くと、エレノア様がドアの隙間からこちらの様子を窺っていた。

 乱暴な言葉遣いを聞かれてしまっただろうか。私の離婚の原因は今のような言葉遣いを妻に聞かれてしまったせいだったりする。



 屋敷に勤めていた執事が不正を働いていたのを知って脅したのだが、それ以来怯えて私に近寄らなくなってしまったのだ。

 今では笑い話だが、当時の事を思い出してしまって見られた事が妙に恥ずかしい。



「いやだな……、見ていたんですか? ああいう手合いは乱暴な言葉に免疫がないから、黙らせる時には部下達のマネが有効なんですよ」



 幸いエレノア様は平民育ちのおかげか乱暴な言葉に耐性があるようだったが、どうやら少々驚かせてしまったらしくジャンヌがエレノア様の心音がどうとか言って笑っていた。

 だったら私は早々に立ち去った方がいいのかもしれない。



「私は隣の部屋にいますので、何かあればいつでも声をかけてください。ジャンヌがいるので大丈夫だとは思いますが」



「はい、ありがとうございます」



 嬉しそうに頬を染めてお礼を言う姿は、正に純粋な少女で聖女というにふさわしい。

 聖国に滞在中は、やはり何かとエレノア様には聖国で暮らしてほしいと遠回しに何度も言ってきており、そのたびに私とジャンヌがはぐらかしたり遠回しに断ったりしていた。



 到着二日目からはお披露目だの昔から伝わる歓迎の儀式だのと引っ張り出され、三日目にはエレノア様が早く帰りたいと言い出したほどだ。



「これで最低限の義理は果たしたのではないか? もうよかろう?」



 そんなジャンヌのひと言で、エレノア様は帰る気満々になってしまった。

 私としてはありがたい決定だのだが、妙に嫌な予感がする。

 そしてその予感は当たった。



 アクセル聖騎士団長に帰りの護衛の事で呼ばれている間、エレノア様はジャンヌとサロンでお茶を飲んでいたのだが、手洗いに席を立ってから戻って来ないばかりか気配がいきなり消えたとジャンヌが証言している。

 本神殿の中で誘拐などという事はありえない。



 いや、本神殿の人間が連れ去ったというのならわかるが、そんな事をすればエレノア様から不興を招くのはわかりきっているはずだ。

 落ち着け、こういう時は冷静に状況判断をしなければ。



 アクセル聖騎士団長も顔面蒼白になっている。

 その時、ジャンヌがポツリと言葉を漏らした。



「ふぅむ……、もしや招かれたのかもしれんのぅ」

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