第125話 聖国での出来事[SIDE オレール]

「神殿長のところへ行くのが早かろう」



 ジャンヌはそう言って迷いない足取りで歩き出した。



「あ、あの、招かれた……というのは?」



「うむ、この本神殿の最奥には公表されていない神託の間というものがあるとか。わらわは入った事がないが、聖女が本神殿内にいるならば女神が招き入れて神託を授けると聞いた事がある」



「聞いた事が……って、誰にです?」



「ジェスの父親だの。古竜エンシェントドラゴンなだけあって、千年以上生きておるらしいから色々と物知りでな。数代前の神殿長とは友になったらしくての、その者に教えてもらったそうな」



「古竜……」



 御伽噺の中でしか耳にした事がない名称に唖然としてしまった。

 もしかしてジェスの種類は古竜だったりするのか……?

 横を見ると、アクセル聖騎士団長も口元を押さえて愕然としている。

 ジャンヌについて行くと、聖騎士が二人立っている部屋の前に到着した。



「そなたら、神殿長に伝えよ。エレノア……聖女が神託の間に招かれているはずだとな」



「神託の間……!? なぜその事をッ!?」



 聖騎士達は部外秘だった神託の間の事を口にしたジャンヌに向けて、剣の柄に手をかけた。



「なにゆえ妾がそなたらのような小童こわっぱにいちいち説明せねばならぬ。早う伝えぬか、今頃エレノアは不安で震えておるかもしれぬぞ」



 ジャンヌは聖騎士達に対して、犬でも追い払うようにヒラヒラと手を振る。

 エレノアが震えていると聞いて、聖騎士の一人が渋々扉越しに声をかけて中に入って行った。

 するとすぐに神殿長が神官の一人に手を引かれて姿を見せた。



「伝承には残っておったが、まさか本当にこのような事が……。ドラゴン殿、すぐにご案内いたします」



「うむ」



 そうして案内されたのは、普段神官だけが祈りを捧げる祭壇がある部屋の奥。

 女神像の裏にある石造りの重そうな台座に神殿長が手をつくと、その台座が動き出す。

 そこにはぽっかりと穴が空いており、真っ暗な闇へと続く階段があるのが見えた。



「この先が神託の間ですが、長い階段はこの老体には厳しいのでこの者に案内させましょう」



「神官のアルテュスと申します。以後お見知りおきを。ではご案内いたします」



 アルテュスと名乗った神官は真っ暗な階段を下りようとする。



「あ、あの、こんなに真っ暗では危なくないですか?」



 そう聞くと、全員がキョトンとした顔をした。



「ああそうか、オレールは神聖力がないのであったな。ここには精霊がいて、神聖力がある者であれば仄かに光って見えるのだ。仕方ない、妾が少しだけ神聖力を授けてやろう」



 そう言ってジャンヌが聞いた事のない言語を呟いたかと思うと、階段を照らす淡い光がいくつも浮遊しているのが見えた。



「この飛んでいるのが……精霊ですか?」



「そうだ、なかなか綺麗なものであろう?」



「はい……」



 顔を上げると、神殿関係者全員が目を見開いて驚いている。



「な、なんと……、神聖力を素質の無い者に与えられるとは……」



「ドラゴンというのはそのような能力を持っているなど、どの文献にも載っていませんでしたよ!?」



「それは当然というもの、人族に神聖力を与える義理などないであろう? 灯り魔法を使うとここの精霊達は嫌がりそうだったのでな、今回は特別じゃ、特別。ほほほ。ほれ、先を急ぐぞ」



 そうして神殿長と護衛の聖騎士を置いて長い階段を下りて行くと、白い石造りの部屋に到着した。

 その奥にひざまずいて祈りを捧げているエレノア様。

 私達の足音に気付いて振り返ったその姿は、精霊の光に照らされてとても美しく神々しかった。



「オレール副団長!」



 エレノア様は私達を見つけると、真っ直ぐに私の胸に飛び込んできた。

 どうして私のところに来たのかわからないが、震える細い肩を見てしまっては抱き締める以外の選択肢はない。

 抱き締めて優しく背中を撫でる。



「ジャンヌが言うには女神様に呼ばれたとか。いきなり転移して驚いたでしょう、もう大丈夫ですよ」



「はい……、私、女神様に色々聞いて……。忘れない内に書いておかないと。文字を習っておいて本当によかった」



 そう言って顔を上げたエレノア様の瞳の力強さに、思わず目を奪われた。

 しかし貴族では珍しくないとはいえ、親子ほどの年齢が離れている相手に恋慕の情を持つなどありえないと、肩を掴んでそっと身体を離す。



「では部屋に戻って紙とペンを用意してもらいましょう」



「はい!」



 その後すぐに部屋に戻り、神託の内容を書き出すのに苦労していたのを見かねて結局口述筆記で私が書く事に。

 神託の内容を知るために立ち会っていた神殿長達も、本神殿に残すための分を一緒に書いていたが、想像もしていなかったその内容に文字が震えていた。



 授かった神託の内容をラフィオス王国に戻り報告するためにも、翌日には出発する事が決まり、慌ただしく準備が進められる。

 その日の夜は眠れずバルコニーに出ていると、隣の部屋の窓が開いてエレノア様が出て来た。



「こんばんは、オレール副団長」



「こんばんは、エレノア様。寒くないですか?」



「はい、だけどもっと温かくなる方法があるんです」



 私の目を見ず、モジモジしながらお互い手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて来た。



「温かい飲み物でも持って来ましょうか?」



「そうじゃなくて! ……その、様は付けずにエレノアって呼んでください」



「え?」



「オレール副団長の声はとっても落ち着くから……エレノアって呼んで欲しいんです。ダメですか?」



 ふわり、と仄かに光る精霊がゆっくり空から降りて来てエレノア様を照らす。

 潤んだ瞳に目を奪われ、切なげな声に胸が締め付けられられた。



「いえ、それでは……これからはエレノアと呼ばせていただきましょう」



「ふふ、ありがとうございます。明日は聖都を出発しますね」



「ええ」



「ジャンヌさんは早くジェスちゃんに会いたいでしょうねぇ」



「ええ、そうですね」



「早く合流したいなぁ、皆一緒の方が賑やかで楽しいですもんね」



「ええ、そうですね」



「私とお付き合いしてください」



「ええ…………えぇっ!?」



 まさかの言葉に思わず声がひっくり返った。



「ふふっ、了承を得ましたよ? もう取り消しはききませんからね? おやすみなさい、オレール副団長」



 呆然とする私を置いて、エレノアは部屋に入ってしまった。

 冷たい夜風に晒されながら、私の心臓は久しく忘れていた熱さを感じていた。

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