第121話 甘い空気

「入れ」



「はぁ~、疲れた……。二日前に聖女達と同時に出発したんだけどよ、飯が美味くねぇから頑張って急いで来たんだぜ? もうサラモナにいてくれたから、これで美味い飯が食える~!」



 マルセルはドアを開けてアランを一瞥いちべつしたが、いるのをわかっていて俺が入るのを許可したからか、初対面にもかかわらず問題無いと判断したようだ。



「この宿の夕食は騎士団と同じ料理が出されるから安心しろ。それにしても、随分早く戻って来るんだな。てっきり本神殿でもっと引き止められると思っていたんだが」



「いやぁ、それはジャンヌのおかげだろ! かっこよかったぜ~、『人族であるそなたらと、ドラゴンであるわらわ、どちらが神に近しい存在だと思うておる』とか言ってよ~、向こうのお偉いさんが言葉に詰まってやんの」



 途中で微妙に似ているモノマネを挟みながら説明するマルセル。

 何があったか詳しく聞くのは、オレールが戻ってきてからでいいだろう。

 アランも聖女が早く戻って来ると聞いて嬉しそうだ。





 四日後、聖女一行がサラモナの町に到着した。

 宿屋に報せが入ったので徒歩で出迎えに行くと、オレールが先導する馬車がちょうど門前の広場に入ってきたところだった。



「団長! ただいま戻りました。そちらも問題ありませんでしたか?」



「ああ、冒険者の被害は少なくないが、騎士団の方はもう治療も終わっている。ご苦労だったな、そちらも問題なかったか?」



「え、ええ……、ジャンヌがいてくれたおかげで問題は……特にありませんでした」



 なんだ?

 妙に歯切れが悪い。

 実際問題は・・・なさそうだが、他に何かあったと見える。

 視線を感じてそちらを見ると、馬車の中から聖女とジャンヌがこちらを覗いていた。

 オレールは振り返ると、下馬して馬車のドアを開ける。



「エレノア、足元に気を付けて」



「ええ、ありがとうオレール副団長」



 そして手を差し出して聖女をエスコートしているのだが、その空気が……甘い?

 それにいつの間に聖女を呼び捨てにするほど仲良くなったのだろう。

 不思議に思って眺めていると、ニヤニヤと笑いながらジャンヌも降りてきた。



「どうやら気付いたようだの。主殿はそう鈍くもないらしい」



「え……、まさか……」



 次いで馬車の中から出て来たのは苦虫を潰したような顔のジュリアン神官長。

 そんな神官長に気付かないまま、無邪気な笑顔でオレールと共に俺の前に聖女が来た。



「ジュスタン団長! えへへ……お久しぶりです。報告する事があるんですけど……ね?」



 頬を染めながらエスコートをしているオレールを見上げる聖女。

 オレールも照れくさそうに、はにかみながら頷いている。



「「私達、恋人としてお付き合いする事になりました」」



 見事にハモって交際宣言をする二人。

 一緒に出迎えに来ていた部下達の驚きの声が門前広場に響いた。



「えっ、ちょ……っ、副団長と聖女って何歳差!?」



「副団長ってそういう趣味だっけか!?」 



 真っ先に失礼な事を言い出しているのはアルノーとシモン。

 まぁ実際皆が思う事だろう。

 バツイチ三十八歳と、日本で言えば女子高生な十七歳……二十一歳差か……。



 そういえば聖女が小説で王太子主人公に惚れたのが、自分を守ってくれる優しい人って理由だった気がする。

 道中オレールが色々と聖女を貴族令嬢相手のように気遣っていたのだろう。

 または大人の包容力に惹かれたというところか。



 普段前髪を上げていると老けて見えるが、風呂上りなんかで前髪を下していると三十歳くらいで通りそうなくらい若く見えるしな。

 部下達の野次は聞こえてないのか、気にしてないだけなのか、オレールは長旅で疲れた身体を伸ばしている聖女を微笑まし気に見つめている。



「あー……、ジュリアン神官長。我々は商隊御用達の宿に泊まっているんだが、そちらはやはりこの町の神殿に?」



「そうですね、そのつもりです」



「そうか、それは残念だ。今泊っている宿屋には新たに広めているレシピを渡したから、美味しい食事になっているのだが……」



「私たちもそちらに泊まりましょう」



 即座に凛々しい表情でそう告げる聖女。

 神殿で今からレシピを書いて渡すのも、疲れた状態で教えながら作るのも大変だもんな。



 宿屋の支配人には今日の夕食に塩唐揚げをリクエストしてある。

 王都の宿舎では何度か作られたが、大人気メニューのひとつなのだ。

 しかし油を大量に使うから、野営の時には作れないという難がある。



「え……、しかし……」



「何なら神官長は神殿へどうぞ。こちらは騎士団の皆さんがいますし、アクセル団長も護衛として同行してもらいますから大丈夫ですよ」



 揺るぎない聖女の態度に、結局神官長が根負けした形で聖女と聖騎士は俺達と同じ宿屋に宿泊する事になった。

 宿屋に向かいながら怪我人の話をすると、やる気に満ちた顔で治癒を了承してくれてアランも胸を撫で下ろす。



「ありがてぇ……。これであいつら、これからも冒険者として生きていけるぜ。冒険者でしか生きていけないような奴らばっかだからな」



「練習していると段々治癒魔法の発動時間が短くなっている気がするんです。これは私にとっても成長するいい機会ですから」



「ふふ……、主殿とこの町で別れてから色々あったせいか、エレノアも多少成長したようだの」



「お母さん、色々って?」



「ふむ、それは宿でゆっくり話そうか。ジェスも大事なかったか?」



「うん! でも面白い事があったよ!」



「なればその事も教えてもらおうか。話す事がたくさんあるのは楽しいものよ、ほほほ」



 ジェスとジャンヌは手を繋いで歩く後ろ姿を見ながら、宿屋へと戻った。

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