第115話 捕らぬ狸の皮算用

「ここで転換期が起きたという事は、恐らく過去にもあったはず。領都の領主館に行けば文献が残っているだろうが、ギルドにもそういう文献はないか?」



「文献ねぇ……。そりゃあ代々ギルド長に受け継がれてきた古い本なら何冊かあるが……」



 ギルマスは壁際にある本棚からボロボロの本を三冊取り出し、テーブルにドサドサと無造作に置いた。

 かなり古そうで、どれくらい貴重なのかわからないが明らかに大切にされていない。

 手に取ってパラパラと内容を確認する。



「ん……? これはギルド日誌になっているのか?」



「ああ、とは言っても大きな出来事だけそれに書くようになっている。全部で五冊あるが、それは古い順に三冊だな。ここのギルドができてから五百年は経ってるはずだから、一冊で百年くらいと考えていいだろう。大きな出来事とは言っても、変異種が出たとか普段見ない魔物が出た程度の事がほとんどだが」



「大きい異変がそうそうあっても困るからな。……あった! ここだけ魔物が絵付きで多く書かれているから、恐らくそうだろう。…………うん、やはり。どうやらここは昔小さなダンジョンがあったようだが、それが枯渇して潰れたようだ。さっき言っていた大きな窪地があっただろう、そこがダンジョンが崩落した跡地らしい」



「ここにダンジョンがあったのか!?」



 アランに聞かせるつもりでした説明で、ギルマスが驚きの声を上げた。



「どうしてギルドマスターなのに知らないんだ? さては……、この日誌を読んでないな?」



「あ、いや、まぁ、最新の一冊だけ読んでおけば問題ないと先代のギルマスに言われたしな……」



 わかりやすく目を逸らすギルマス。

 流し読みしていたが、絵が描かれている前後を読み返す。



「……まぁいい。その時に一帯の魔物が弱体化したらしい。その時から現れ始めたのがこの絵になっている魔物達という事だ。事前に報告書を見たが、今までいた魔物と一致しているな。という事は……、ダンジョン枯渇の影響が弱まって、元々いた魔物が出始めたというところか。もしかしたら将来的にダンジョン復活もあり得るんじゃないか?」



「さすが兄貴……!」



 俺を褒めるアランの表情が、「お兄ちゃんすごい」と言う時の大和と同じで思わず口元が緩む。



「討伐どうこうというより、フラレスの冒険者の適正ランクが上がったという話だ。これで低ランクの冒険者は他の町に行くしかなくなるだろうな。ギルドでどの町に行けばいいか候補を出してやるといい。全冒険者ギルドにこの事を通達して、高ランク冒険者を誘致する事も忘れるなよ」



「そうするしかねぇな。やれやれ、しばらく忙しくなりそうだぜ」



 ギルマスはいそいそと立ち上がると、執務机で何やら書類を作成し始めた。



「なぁ兄貴、そうなると討伐作戦はどうなるんだ?」



「高ランク冒険者の誘致ができるまで、今いる冒険者だけでは手に余る魔物の数を減らしておく必要がある。Dランク以下は町の防衛に回すといい。討伐を始めたら興奮状態で逃げ出す魔物もいるだろうから、そうなった状態の今の魔物達に対応できるのはCランク以上だろう」



「確かに。Dランクでも人数がいれば、はぐれた魔熊程度なら何とかできるだろうし。討伐隊を編成するのはCランク以上だけにした方がよさそうだ」



「冒険者達の態度を見る限りヘタに合同でやるよりも、冒険者はこの窪地を中心に東側を、第三騎士団は西側を担当した方がいいだろう」



「えっ!? 冒険者なら俺が大人しくさせるぜ!? だから一緒に……」



「騎士と冒険者の連携の仕方は違うだろう? これまで冒険者を仕切ってこれたお前なら、安心して任せられる。だからそっちは頼んだぞ。夜は町に戻って来るとして、三日もあれば適度に数を減らせるだろう」



「ああ……、わかった……」



 あからさまにガッカリと肩を落とすアラン。

 フラレスの冒険者のまとめ役として頑張っていたところに、兄という頼れる相手が来て嬉しかったのかもしれない。



 だがここで俺が冒険者もまとめて指揮するのは、他の冒険者達からの反発が起こるだろう。

 俺はなぐさめるようにアランの頭をワシワシと撫でた。



「無事に討伐作戦が終わったら、慰労会でもするか。騎士も冒険者も一緒にな。……大和と酒を飲める日が来るとは思わなかった」



 最後にアランにだけ聞こえるように小さな声で呟くと、アランは嬉しそうにはにかんだ。



「じゃあ飲み比べして俺が勝ったら兄貴の奢りな! 俺は結構酒豪なんだぜ?」



「ふっ、それじゃあアランが負けたらアランの奢りなんだな? 討伐後の楽しみができたよ」



 俺とアランは作戦用の地図を描き写し、緊急用の合図などを決めて話し合いは終わった。

 途中からギルマスは書類作成でこちらには見向きもしなかったが、なぜかニヤつきながら書き込みをしている。



「あとは……、ダンジョン……復活……の……可能性……あり……っと。グフフ、これでこのギルドはもっと儲かっちまうなぁ~」



「あ~……、喜んでいるところを悪いが、ダンジョンが復活するとしたら俺達が生きている間じゃないぞ? ダンジョン枯渇で約四百年経って魔物の種類が戻った程度だ、あと百年以上かかると思うが。それじゃあ今日はこれで解散という事でいいな?」



「ああ、また明日。ギルマス、俺も帰るぜ。その書類の書き直し頑張れよ、じゃあな」



 ダンジョンが復活しない事実を知って言葉を失ったギルマスを残し、俺とアランはギルド長室を出た。

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