第114話 転換期

「今のは俺の聞き間違いだよな? アランが泣いた……とかなんとか」



 ギルマスは頬を引き攣らせながら聞き直してきた。



「え~っと、え~と……」



 困ったように俺とギルマスを見比べるジェス。

 少し考えてからギルマスを見上げた。



「あのね、勝手に話したらアランが可哀想だからボク言わないの」



 そう言うと、再び自分の口を両手で塞いだ。

 さっき俺が言った事を自分で考えてちゃんと守るなんて、周りの目がなかったら撫で回して褒めちぎるところだ。



「な、なんてこった……。本当なんだな!?」



「え、あれ? ボク言ってないよ!?」



 ギルマスの態度に焦り始めるジェス。

 俺は落ち着かせるように頭を撫でた。



「安心しろ、ジェスは何にも言ってないから悪くないぞ? ただギルドマスターが勝手に勘付いただけだからな」



 ギルマスが何言ってたんだコイツ、みたいな目で俺を見ているが、実際ジェスは言ってないからな。



「それじゃあ俺達は隣の広場に戻る。色々あってアランには今日はもう休むように言ってあるから、明日の朝に討伐計画の話し合いに来るはずだ。部下達は午前中は休ませて、午後には情報を共有して森の探索をさせるからそのつもりでいてくれ」



「あ、ああ……」



「ジェス、いくぞ」



「うん!」



 手をつないで出て行く俺達を、ギルド内にいる全員が無言で見送った。







 翌朝、朝食を済ませて冒険者ギルドに一人で向かった。

 ジェスはまたアランが自分を見て泣いたら困ると言って来なかったのだ。



 ギルドに入ると、すぐに昨日のギルド職員が出て来て奥のギルド長室へと通された。

 ギルド長室ではジトリとした目でアランを見るギルマスと、気まずそうにしているアランがソファで向かい合っていた。

 むさくるしい髭が綺麗に剃られていて、服装もこざっぱりしているせいか昨日より随分若く見える。



「待たせたようだな。すぐに作戦会議か?」



 あえて空気を読まずにアランの隣に座った。



「それよりどうしてアランがお前さん達の事をすんなり受け入れたかを教えて欲しいんだが……。アランはこの通りだんまりでな」



 どうやら幼少の頃の記憶しかない分、アランはこの世界の平民としての知識や考え方しかできないようだ。

 前世でせめて中学生くらいまで生きていたら、漫画やアニメで色んなパターンの誤魔化し方を知る事ができただろうに。



「ずっと昔に俺とアランは会っているんだ。その時色々と世話をしたから恩義を感じているんだろう」



「お……兄貴……!」



 助かったと言わんばかりの表情で俺を見るアラン。

 しかしギルマスはあからさまにいぶかし気に俺とアランを見比べている。



「世話……ねぇ。アラン、お前は今年で三十二歳だったよな、どうして明らかに年下の騎士団長を兄貴なんて呼んでいるんだ? 大体昔会った事があるにしても、十年以上この町にいるお前がいつ騎士団長と会ったっていうんだ。この町に来る前ならこの騎士団長はガキの頃って事になるぞ? そんなガキに世話になるようなタマじゃねぇだろ」



「兄貴は……兄貴だから……」



 ダメだ。もしかしてアランはもの凄く口下手なのか?

 昨日はあれだけ勢いよく俺達の所に来たというのに。



「実際会ったのは十年以上前だ。考えてもみろ、俺は侯爵家の人間なんだから平民一人の面倒を見る事など些細な事だ。年齢に関係なく兄貴と慕う者がいてもおかしくないだろう」



「うぅむ……、まぁ、ない事もないか……」



「いがみ合っているより断然いいだろう? 納得したのなら作戦会議を始めようじゃないか。まずはこの辺りの地図を見せてくれ。そして最近魔物が増えていたり、以前より強い魔物が出始めた区域を整理しよう」



「わかった。これがこの周辺の地図だ。普段この町の冒険者が活動している区域は領地のここからこの辺り、正確に言うなら魔物の数自体は増えているわけじゃないが、弱い魔物が減って強い魔物が増えていると冒険者達が口をそろえて言っている」



 ギルマスは取り出した地図の上に傷だらけのゴツゴツした指を滑らせ説明する。

 魔物に付けられたであろう傷を見る限り、ギルマスは元冒険者なのだろう。森の中の地形まで把握していて、午後の探索がかなり楽になりそうだ。



「兄貴、一応この辺りに出る魔物のリストを作っておいたから見てくれ」



「助かる」



 昨日はかなり混乱していたようだが、どうやら一晩でかなり落ち着いたらしい。

 俺も前世を思い出した直後は『ジュスタン』という事を忘れて『直輝』になっていたからな。



 頭の中で記憶が整理されてから、ジェスに抱き着いて泣いた事とか思い出したら恥ずかしくてたまらなかったんじゃないだろうか。

 一時間程話していただろうか、俺はひとつの考えが頭に浮かんだ。



「範囲が限定的過ぎる……。もしかして魔物の転換期か?」



「「転換期?」」



 ギルマスとアランが同時に聞き返す。



「数百年に一度しか起こらないと言われているから、一般的には知られていないかもしれないが、古い文献には書かれているんだ。限定的な地域で魔物の強さというか、魔物の種類が入れ換わる現象が起きるらしい。だからそれまで出なかった魔物が出現したりする」



「正にその通りの状態だぜ」



「って事はこの森の魔物はずっとこの強さのままなのか? こいつぁ他の冒険者ギルドにも情報共有しないと。第三騎士団の調査を終えても同じ見解であれば、フラレスの冒険者全員に通達する必要があるな、はぁ……」



 ギルマスはソファに身体を預けて天井を仰いだ。

 魔物の転換期、それは小説のファンの間で主人公の成長を促すためのご都合主義のせい……と言われていた現象だ。

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