第106話 聖女の手紙
「……そうですね、聖女様がお風邪を召されてはいけませんから、室内に入りましょうか」
使者の神官はにこやかに言っているが、内心邪魔されて腸が煮えくり返っているだろう。
「ええ、楽しい時間をありがとうございました。それでは失礼しますね。ジュスタン団長、私の部屋でお話ししましょうか」
「ああ。二人きりではまずいだろうから、アクセル団長も一緒に来てもらおう」
「承知しました」
アイコンタクトで聖女も社交辞令を言って中庭を離れる事に成功した。
上着を着ていたとはいえ、やはり寒かったらしく神殿の中に入った途端に手に息をかけている。
「ハァ~……、外でのお茶会はやっぱり寒かったですねぇ。アクセル団長も付き合わせてごめんなさい」
「いえ、私どもはこれが職務ですのでお気になさらずに」
「聖騎士の制服は温度調節魔法が付与されているんじゃないのか? むしろ聖女の服に付与されていないのが不思議なんだが」
「もうっ! どうしてまた呼び方が聖女に戻ってるんですか!? ちなみに私達は民と共にという事で、移動の馬車はともかく、服に付与魔法なんてかけられてませんよ。ね、アクセル団長?」
「はい、鎧はさすがに付与魔法がかけられていますが、普段の聖騎士服にはかけられていませんね」
聖女の部屋の前には聖騎士が二人ドアの前に立っていた。アクセルも一緒だったせいか、あっさりと部屋へ通される。
初めて聖女の私室に入ったが、華美というほどではなくともスッキリとした上品な装飾がされた居心地のよさそうな部屋だった。
「ジュスタン団長、聞いてくださいっ!」
部屋のドアが閉まるなり、振り返って聖女は何やら俺に訴え出した。
「さっきの聖国からの先触れの使者ですけど、あの人自分がカッコイイと思ってるのが凄くわかるんですよ! それで事あるごとに思わせぶりな物言いをしてきて、すっごくイライラさせられてるんです! ……あっ、どうぞ座ってください」
部屋付きの見習い女神官だろうか、お茶を淹れてテーブルに置いたのを見て聖女が俺に席をすすめた。
アクセルは護衛なせいか、お茶は俺と聖女の分だけだった。
「すまないがアクセル団長の分も温かいお茶を淹れてもらえないだろうか、さっきまで寒い外にいたからな」
「! はい、わかりました」
見習い女神官は一瞬驚いたように目を見開き、笑顔で了承した。
「そうですよね、アクセル団長も寒かったですよね、一緒に座ってお茶を飲みましょう」
「ですが私は護衛ですし……」
「ここは神殿内で、部屋の前には聖騎士が二人、室内にも騎士団長が二人もいるんだから今刺客が現れても後れをとる事はないだろう」
聖女の誘いを遠慮しようとするアクセルに、断る選択肢を排除してやった。
これから話す事はアクセルにも関係あるからな、立っていられると首が疲れてしまう。
「では……失礼します」
おずおずと席に着いて熱いお茶をひと口飲むと、聖女もアクセルもホッと息を吐いた。
「どうせ中庭でお茶会をしていたのは早々に引き上げるためだったんだろう? 今日は結構冷えるからな、どのくらい外にいたんだ?」
「そうなんですよ! 断っているのにのらりくらりと躱されて、結局お茶を一緒に飲む事になったから中庭を指定したんです! なのにあの人……リアム神官というんですけど、お茶も冷めて寒いのに平気な顔して一時間も話してたんですよ! ……クシュンッ」
「そのリアム神官の服は単独でここまで来たのなら、温度調節の付与魔法がかかっていると思うんだが……」
「あ……っ!」
その発想はなかったのか、聖女は小さく声を上げるとテーブルに突っ伏した。
とりあえず身体が冷えているようなのでマントを外して聖女の肩にかけてやった、毛布を出してくるより俺のマントの方が体温で温かいはずだからな。
「温かい……、ありがとうございますジュスタン団長……」
「聖女が風邪を引いたとなると、周りの者が叱責されるかもしれないからな。今回はリアム神官のせいにできるが。……そんな事より聖国行きの件で話しておきたい事があって来たんだ」
「そんな事!?」
聖女がショックを受けた顔をしているが、気にせず話を進めよう。
別に聖女が風邪を引いたところで俺には何の影響もないのだから、大人しく寝てればいいだけだろ。
「聖国の本当の目的は聖女……エレノアを聖国に招待、できれば永住させる事だろうというのが王家の見解だ」
いつも通り聖女と言おうとしたら、聖女が不細工な顔になって無言で不服を訴えていたので名前を呼ぶ事にした。
お前その顔は人に見せちゃいけないやつだぞ。
「神殿長も同じ事を懸念していました。ですが本神殿のする事に我々大神殿の者が口出しできないと……」
どうやらアクセルと神殿長もその事で話合っていたらしい。
「だろうな、唯一口出しできるのはエレノア本人だけだろう」
「私ですかっ!?」
「ああ、聖女の本能だかなんだかで、聖女がいるべき場所を強要してはいけないらしい。逆に言うと、聖女が望めば聖国に移住させなければならないというやつだ。それでエレノアの家族を聖国に連れて行こうとするのではないかという事を陛下は心配していた。いざという時に人質にされる危険もあるからな」
「そんな……!」
「だから本人達が望むなら王都に呼び寄せ保護する事も考えておられた。ただの懸念ならばいいが、そうならないように家族に手紙を書いてくれるか? 王城から手紙を届ける使者を出すつもりだ」
「え……でも……」
手紙を書く事を渋る聖女、それは手紙を書かせてわかった。
これまで手紙を書いた事がなく、書いた人生初の手紙は園児だった前世の末の弟達と同レベルだったのだ。
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