第107話 次のチャレンジ
「えぇと……おとさんお……かぁさんわた……しはげん……き……、ヴァンディエール騎士団長、これは手紙として送って問題ないのだろうか……」
途中で読むのを放棄したアクセルが、聖女の書いた手紙を俺に渡してきた。
「どれどれ、お父さん、お母さん、私は元気でやっています。みんなは元気ですか。もしかしたら聖国からお誘いがあるかもしれませんが、私はずっとこの国にいたいです。王様が家族が望むなら王都に呼び寄せてもかまわないとまで言ってくれいています。落ち着いたら皆に会いたい。エレノアより……で、合っているか?」
「はい! その通りです!」
「凄い……、その手紙をそんなにスラスラ読めるなんて」
聖女は頷き、アクセルは驚きのあまり結構失礼な事を言っている。
このスキルはひらがなを覚えてから毎日のように園で書いた手紙を持ち帰っていた双子の弟のおかげだな。
「それじゃあこの下の空いた場所に読みやすい字で同じ事を書いておく。両親が読めなくとも村長であれば理解してくれるだろう、……一応補足説明も書いておいた方がいいな。…………よし、これで上の文字はエレノアが書いたとわかるはずだ、きっと文字を見ただけで両親もエレノアが手紙を書けるようになったと喜んでくれるんじゃないか?」
「えへへ、だったらいいなぁ。ありがとうございます、ジュスタン団長」
一枚の便箋に数行しか書かれていなかったので、俺はその下に鏡文字やスペル間違いなどを直した文章をしたため、簡単に状況説明も書いておいた。
これで聖女の家族が聖国に行く事はないだろう。
「ではこの手紙は俺が預かって王城の使者に託しておく。もし聖国から帰るのが予定より早まるようなら、エレノアの実家に立ち寄ってもいいか陛下に聞いておこう。大神殿としても国としても聖女がここから離れる回数は少ない方が喜ばしいだろうしな」
「わぁ! ありがとうございます!」
「早く帰って来れるといいですね、聖女様」
嬉しそうにする聖女をアクセルは微笑ましそうに見ている、一応こういう聖女の環境も書き足しておくか。
聖女の手紙を回収した俺は、一旦宿舎に戻る事にした。
「ジュスタン、エレノア、おかえり~!」
ジェスを置いて出かけた時のお約束になってきたが、まるで主人を待つ犬のように宿舎の玄関から飛び出してくる。
「ただいま、ジェス。今日も厩舎まで行くか?」
「うん!」
ヒョイとジェスを抱き上げて俺の前に座らせると、エレノアはわかっていると言わんばかりにゆっくり厩舎まで歩き出す。
一緒にエレノアに
「それでねぇ、ボクも木剣持って訓練に参加したの! 剣術って結構楽しいね!」
「そうか、楽しいなら俺もジェスの稽古をつけてやろう」
「やったぁ!」
「やめておけジェス!」
話しながら食堂へ入ると、食事中だったシモンが真剣な顔で口を挟んだ。
ジェスは食事をしないため、シモンのところにジェスを置いて料理を取りに行く。
「どうして? ジュスタンは騎士団で一番強いんでしょ?」
「そうだけどよ、訓練となったら団長は加減ってものを知らないんだぞ!? さっきやったみたいに楽しいだけじゃなくなるからな!?」
「訓練って強くなるためのものでしょ? 楽しいだけじゃないのは当たり前じゃないの?」
「ぐ……っ、そりゃまぁそうだが……」
シモンがジェスに論破されている。
「安心しろ、加減がないのはお前達にだけだ」
「それ酷くねぇ!?」
「何を言っている、手を抜いた訓練をして命を落とすのと、死ぬ気で訓練して生き残るの、どちらがいいんだ?」
ふざけた事を言うシモンを殺気を込めて睨みつけた。
「うぐぅ……。死ぬ気で頑張る……」
「ククッ、えらいぞ」
まるで嫌いな野菜を食べると宣言した時の弟みたいな表情で、ワシワシとシモンの頭を撫でる。
ぶすくれた顔をしているが、シモンはそのまま昼食の続きを食べ始めた。
今日の昼食はファンゲス、いわゆるキノコとネギの鶏ベースのスープだ。
これも以前は味気なかったが、料理人達がハーブやスパイスを使う事を覚えて色々研究した結果、以前よりもずっと風味がよくなっている。
固いパンを毟ってスープに浸し、口に入れる。
パンはずっとスープで濡れたパンか、時間が経つとパサパサと言うよりゴワゴワのパンしか食べていない。
ドライイーストなんて便利な物はないし、蒸しパンはともかく、焼くパンって重曹じゃあダメだよなぁ。
確か天然酵母の作り方は、ホームベーカリーを買った時の付属レシピ本に書かれていたんだよ、専用カップ付きだったし。
だけど一回試しただけで、ドライイーストの方が楽だからって作らなくなったんだよなぁ、確か林檎か苺か葡萄で作れたはず……。
柔らかいパンの作り方も聖女が知ってくれていたらよかったのに、パンに関する描写ってなかった気がする。
天然酵母が作れるかちょっと試してみるか、上手くいけばあんパンとか、カレー……は無理でもジャムパンとかクリームパンくらいなら作れるようになるかもしれない。
「ジュスタン、そんなにパンをジッと見てどうしたの?」
おっと、どうやら考え込んでいたらしい。
ジェスが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「ちょっとな、柔らかいパンを作れないか考えていたんだ」
「ジュスタンが作ってくれるの!?」
「あ……いや……、作るのは……」
酵母だけ作って、パンは料理人に任せるつもりだと言おうとしたが、ジェスは
そんなジェスが期待に満ちた目を向けているのであれば、俺の答えはひとつだけだ。
「そうだな、上手にできたらジェスに食べてもらおうか」
「わぁい! 楽しみ~!」
「わぁい! 楽しみ~!」
ジェスのマネをするシモンの声に、俺の表情から笑顔が消えた。
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