第105話 礼儀正しいジュスタン

 朝議が終わり、方向が同じためコンスタンと共に王城を出て世間話というか、情報交換をする。

 王城内だと盗み聞きをした奴が話に尾ひれ背びれ胸びれ付けて噂を放流したりするから気楽に話せないしな。



「改めて騎士団長就任おめでとう、これから一緒に苦労しような」



「やめろ、どうして苦労する前提なんだ!」



「副団長だった時も大変だったとは思うが、団長という立場になったら更に決断という仕事が増えるからな。あと部下のやらかした事の責任というオマケ付きだ」



「それはまぁ……代理をしていた時点で感じていた事ではある。権限がある分その責任が重くなるという事が身に染みているところだ。この重圧に二年前から耐えていたジュスタンを凄いと素直に思ったよ」



「もっとあがたてまつっていいぞ?」



 ニヤリと笑うと、コンスタンはフンと鼻で笑った。



「本当にいい性格してるよな、どこからその自信が来るんだ? 別に自分に自信がないわけじゃないが、ジュスタンほどの自信を持てる気がしないんだが……」



「そりゃあ……、自分が選んだ策が最善でなかったとしても、最善だったと周りに思わせるように動くしかないからだろう。つまりは間違っていても最終的に間違ってなかったという結果を出せばいいだけだ。最悪の事態部下の死を避けるのが最低ラインと思っておけばいいさ」



「なんだそれは、ほとんど開き直りみたいなものじゃないか」



「ククッ、そういうことだ」



「はは……、確かに部下が無事である事が一番かもな。おかげで肩の力が抜けたよ。ところで第三騎士団は通り過ぎたが……今から大神殿に行くのか?」



 コンスタンの言う通り、俺は第三騎士団の前を通り過ぎてゆるやかな坂を下りていく。

 職人達の工房の前を通ると宿舎の家具を作っているのか、木工の作業音も聞こえてきた。



「ああ、面倒な事は先に済ませておいた方がいいだろう。それに明日には聖国の使節団が到着するらしいから、今日の内に会っておかないとな」



「コホン……私も一緒に行こうか?」



 俺と目を合わせず、コンスタンが言った。



「お前……、騎士団長二人がいきなり訪ねたら怪しいだろう。聖女に色目でも使う気か? やめておけ、コンスタンだと振り回されて終わるぞ」



「な……っ、そりゃあ可愛らしい方なのは間違いないが、振り回されて終わるって何なんだ! 私だってそれなりに経験は……」



「ああ、いい。お前の女性経験なんて聞きたくもないからな。俺が言いたいのは聖女という立場もだが、普段俺達が関わっている令嬢達とは違い過ぎて常識が当てはまらないって事だ。王都の平民とも違うからな、なにせ山奥の村から出てきて王都で暮らし始めたばかりなんだぞ」



 コンスタンは騎士爵だから平民の妻を娶っても問題ないが、場合によっては領地を賜ったりするから妻にもある程度の教養は求められる。

 恐らく聖女は文字の読み書きも怪しいレベルだったはずだ。



「別に私は聖女様とどうにかなろうと思ってるなんてひと言も言ってないからな!? 勝手に勘違いしては困る」



「わかったわかった、それじゃあ俺は行くから、またな」



 ほぅ、それにしては俺と目を合わせようとしないのはどうしてだろうな。

 そうツッコんでやりたかったが、今の内に行っておかないと昼食の時間に引っ掛かりそうだから先を急ごう。

 工房の向かいにある道を曲がれば大神殿へ近道なので、そこでコンスタンとは別れた。



 大神殿に到着すると、普段なら信徒のために門は開かれているはずが、小さな通用口以外閉まっていた。

 聖騎士が門番をしているところを見ると、聖国からの先触れが来ているせいなのだろう。

 門の内側にいたジャンヌ探しの遠征で見覚えのある聖騎士の一人に声をかける。



「ご苦労、約束はしていないんだが、聖女はいるか? できればアクセル団長も一緒だとありがたいのだが」



「これはヴァンディエール騎士団長、聖女様は現在聖国の方と中庭でお茶会をしていると思われます。アクセル団長もそこにいるかと。非公式のものですのでお会いになっても問題はないと思います」



「そうか、ありがとう。忙しそうならすぐに帰るとしよう。聖国に行く時の護衛について少し話しに来たんだ」



「馬はこちらで預かりますので、どうぞお通りください」



 どうやら話のわかる奴だったらしく、聖国に行く時の護衛と言った途端にハッとした表情になっていた。

 愛馬エレノアを聖騎士に預けて大神殿の中庭を目指す。

 大口の寄付などをすると応接室や中庭でお茶を出してくれたりするので、寄付をする貴族であれば大抵行った事がある場所だ。



「教主様はご高齢のため来られませんが、聖女様にお会いできるのをとても楽しみにしておられました」



「はぁ……、そうですか」



 中庭に足を踏み入れて聞こえてきたのは若い男の声と戸惑っている聖女の声。

 芝生をサクサクと歩いていくと、神官の恰好をした見た目のいい男と聖女がお茶会をしていた。

 すぐ近くにアクセル団長含む聖騎士が控えてはいるが、座っているのは二人だけだ。



「エレノア、顔を見に寄ったんだが、お邪魔だっただろうか」



「ジュスタン団長! わぁ、会いに来てくれたんですか!? 嬉しい!」



 お友達をアピールするためにあえて名前を呼ぶと、聖女は助かったと言わんばかりの笑顔で立ち上がった。

 こころなしかアクセルもホッとしたように見える。



「聖女様、そちらは……?」



 二人と違い、明らかに気分を害している神官の男。



「こちらは王立第三騎士団の団長さんのジュスタン団長です、私のお友達なんですよ! ジュスタン団長、こちらは聖国からいらした先触れの使者の方です」



「ジュスタン・ド・ヴァンディエールと申します、聖国からようこそおいでくださいました。本日は友人である聖女エレノアに会いに来たのですが、歓談のお邪魔をして申し訳ありません。ですがお茶も飲み終わっているようですし、身体が冷えない内に建物内に入った方がよろしいかと」



 にこやかに俺がそう言うと、聖女も聖騎士達もポカンと口を開けて固まった。

 俺だって国賓扱いの奴に礼儀正しく接する事くらいできるに決まってるだろう。

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