第104話 先触れの使者

 十日ほど経ち、新しい宿舎の窓とドアが取り付けられた頃、王都に聖国からの先触れの使者が到着した。

 朝議に全騎士団長も招集され、情報が共有される事になったのはその翌日の事。



「聞き及んでいるとは思うが、昨日聖国より先触れの使者が到着した。使節団本体の到着は明日の予定だそうだ。聖国からの使者という事で、滞在先は大神殿となる。恐らくその時に聖女に接触するつもりなのだろう。大神殿に行く前にこちらに挨拶には来るだろうが、その時に聖女を聖国へ連れて行くと言い出すだろうな」



「聖女様がこの国に現れたという事は、この国に必要だからこそです! 決して聖国に聖女様を奪われるようなことがないように接触は最低限にすべきでしょう!」



 陛下の言葉に大臣達は聖女がこの国からいなくなる事への不安に駆られたようだ。

 実際書類にもそれに対する懸念が記されていたから、陛下も同じ気持ちだろう。



「だが聖女は神殿の管轄、王族の権限だけで国を出る事を禁止する事はできない……が。ゆえに聖女本人の意思が最も重要となるのだ、文献によれば聖女は邪神に関して本能のような直感を持っているらしい、だからこそ聖国が何と言おうと聖女の意思が優先されるのだ」



「では聖女が己の意思で聖国に留まると言い出したらいかがされますか!?」



「ふふふ、それに関してはこちらも有利な手札があるのだ。なぁ、ヴァンディエール騎士団長?」



「は?」



 いきなり話を振られて間抜けな声が出てしまった。



「何と言ってもヴァンディエール騎士団長は聖女がお友達・・・と認めて名前を呼ばせている人物だからな。ヴァンディエール騎士団長がいる上、家族もこのラフィオス王国にいるのだ、そう簡単に聖国に移り住むとは言うまい」



 大臣達が「それなら大丈夫か」とか「いっそ婚約を」などと言い出してざわついているが、勘弁してくれ。

 それにしてもジェスを連れて来なくて正解だったな、いたら「ボクもお友達だよ」とか言って無駄に大臣達を喜ばせていただろう。



 実際のところ王都ですら寂しそうにしていたのに、全く知っている人のいない聖国に留まるなんて事は言わないと思うが。

 聖国で家族と暮らせるとなったらまた違うだろうが……。



 その時ふと嫌な予感がした。

 聖国の使者がどんな人物かは知らないが、向こうも聖女に来て欲しいだろうから色々画策はするだろう。



「陛下、提案なのですが聖女の家族が望んだ場合、王都で生活基盤を整える保証をしていただけますか? もしも聖国が聖女の家族を呼び出して生活の保障をするなどと甘言かんげんを用いたならば、場合によっては人質という立場になってしまうでしょうから」



「ふむ……、ならばすぐに命じて聖女の家族を王都へ呼び寄せよう。聖国の者より早く接触するのだ!」



「お待ちください。それは早計です」



 陛下はこちらが提案した事を止める俺に、怪訝な表情を浮かべた。



「どういう事だ? ヴァンディエール騎士団長」



「聖女が住んでいたのは山奥の村との事です。田舎に住んでいる者ほど変化というものを嫌いますので、王都に呼び寄せるのはどうかと……。むしろ何かあれば護るという事や、聖国に行かないように理由も含めて告げるだけの方がよいかと。聖女には里帰りする時に護衛が必要であれば手を貸すと約束しておけば問題ないでしょう」



「変化を嫌う……か。確かに聖女の親世代であれば特にそのような考えの者は多かろう、ならば聖女にその旨の通達と、聖女が住んでいた村にも使者を送ろう」



「それがよろしいかと」



「では聖女への通達は頼んだぞ」



「……は?」



 ちょっと待て、今の言い方だとまるで俺が通達するみたいな言い方じゃなかったか?



お友達・・・からの言葉の方がすんなりと聞き入れられるものであろう? それに急に会いに行っても許されるのはお友達の特権ではないか? 今正式な使者を聖女に差し向けたら聖国の先触れの使者に勘繰られるではないか。頼んだぞ、ヴァンディエール騎士団長」



「ハッ、ご下命承りました」



 笑顔でそう言い放つ陛下。やっぱり喰えないお方だ、そんな言い方されたら返事は決まっているじゃないか。

 頼むからお友達を連呼するのをやめてくれ。

 聖女の話が一段落すると、陛下は表情を引き締めた。



「それから……。先日の会議で正式に決まった事だが、本人の希望もあり、エルネストの王太子の地位、そして王位継承権を剥奪する事になった。後日第二王子であるランスロットの正式な王太子任命を行う。同時にエルネストは第一騎士団に所属し、現在第一騎士団の団長であるガンズビュール騎士団長が引退する時に団長職を継ぐ事になるだろう」



 結構大きな事の発表だったが、元々会議で決められた事なせいか大臣達は静かなものだった。

 むしろホッとしているようにすら見えたのは俺の気のせいだろうか。

 陛下の隣に控えていたエルネストが一歩前に進むと、謁見の間はシンと静まり返る。



みなにはこれまで迷惑をかけたが、己を見つめ直して王としての資質が足りないと痛感させられた。ゆえにこれからは一人の騎士として、王族の一人として、王太子となる弟のランスロットを支え、この国を護りたいと思う」



 まるで憑き物が落ちたようなエルネストの様子に、大臣達は戸惑いながらも温かな拍手を送った。

 この場にランスロットがいないのはきっとエルネストを気遣ったか、立太子の儀の時に単独で華々しくデビューするためだろう。



 なにせこの後発表された第二騎士団の団長が正式にコンスタンになった件は、エルネストの話題で霞んでいたからな。

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