第54話 夜会の始まり

 聖女は神殿長の後に御者の手を借りて馬車を降りると、俺を見て一瞬こちらに駆け出しそうに見えたが、ハッとなって体勢を戻した。



 どうやらしっかり神殿で教育されてきたらしい。

 忠告した甲斐があったというものだ、同時にただの能天気ヒロインじゃなかった事に胸を撫で下ろす。



 まぁそうでなくては、あのままだったら神殿の威信に傷がついてしまう。

 頑張った努力は認めてやろう。

 俺がここにいるのは、陛下に言われて聖女をエスコートしに来たのだ。



「神殿長、聖女様、お待ちしておりました。我々の控室へとご案内します、聖女様、お手をどうぞ」



 少人数とはいえ、侯爵家や公爵家の貴族達が執事に案内されて近くを歩いているため、一応礼儀正しく接しないとな。

 でないと陰で何を言われるか、わかったものじゃない。



「えっ!? あ、あの……」



 初めて俺の丁寧な言葉遣いを聞いたからか、それともエスコートに驚いているのか、差し出した手と俺の顔を交互に見る聖女。

 軽く手をヒラヒラと動かし、手を乗せろと合図をすると、聖女はおずおずと手を乗せた。



「他の貴族達が見ているぞ、堂々と背筋を伸ばして前を向け」



 下を向いていたのでヒソヒソとアドバイスしてやると、ハッとして姿勢を正した。

 その様子を見て神殿長は微笑まし気に、ニコニコしている。

 この神殿長、陛下と仲がいいんだよな。本心が見えない切れ者同士だ。



 事前に説明された夜会が開かれる広間の近くの一室に二人を案内し、部屋付きの侍女以外は俺達だけになった。

 ここに配属される侍女なら、見聞きした事を他所で話すような事はしないだろう。

 つまり、少しは気を抜いても許される。



「我々は呼び出しがあるまでここで待機となるが、俺の方が先に呼ばれるだろう。神殿長はご存じだろうが、何か飲み物や食べ物が欲しければ、そこの侍女に申し付けるといい。あと、この部屋の中でなら少し気を抜いても大丈夫だぞ」



「はいっ、ありがとうございますジュスタン団長! あの……、お世話になります」



 聖女は部屋付きの侍女にペコリと頭を下げた。

 侍女の方もそれに応えて頭を下げたが、とても事務的だ。



 恐らく聖女の噂を聞いているのだろう、裁判での武勇伝からこっち、ディアーヌ嬢の名声は上がっている。

 そんな彼女の立場を脅かす存在として認識されているに違いない。

 これから顔を合わすはずだが大丈夫だろうか。



 しばらくして先に俺だけが呼ばれた。

 係の者が俺の名を告げ、広間から見ると階段の上にある扉から中に入る。

 すると階段の上には王族がずらりと並んでいた、少し前まで軟禁されていた王太子のエルネストも。



みなも聞き及んでいるだろう、先日のドラゴン騒ぎでここにいるジュスタン・ド・ヴァンディエールがドラゴンと従魔契約を結んだ事を! そして今回その功績を称え、伯爵位を授ける事を決めた。これはすでに貴族会議でも話し合われた決定事項だ、また、叙爵式は後日行う。ではドラゴンの姿を見せよう!」



 陛下が俺に目配せし、俺はジェスに声をかける。



「ジェス、おいで。みんなに挨拶してやってくれ」



『せっかく寝そうだったのにぃ~』



「そう言うな、挨拶したらまた背中で寝ていていいから」



『わかったぁ』



 マントの陰から飛んで出て、俺の腕の中に収まるジェス。

 そんなジェスの姿を見た貴族達から声が上がった、特に初めて見る者達は恐怖半分、物珍しさ半分といったところか。



「今はドラゴンの魔法によりこの大きさだが、本来は広間からここまで届くほどの大きさをしておる。間違っても不埒ふらちな考えを抱くでないぞ! ドラゴンに手を出す者は家門の断絶を覚悟するがよい!」



『もう戻って良い? ボクおりこうさん?』



 半分寝ぼけているのか、俺の胸に顔を擦りつけながら甘えている。



「ああ、おりこうさんだったぞ。ほら、背中に戻るか?」



『うん』



 マントの陰から出てきた時と違い、モソモソと俺の服を伝い、脇の下を通って背中の定位置に戻った。

 その場の全員がその様子に目を輝かせて注目していた、それこそさっきまで俺を睨んでいたエルネストすら。



 ちなみにエルネストがここにいるのは、俺が口添えした事が大きい。

 確かに俺に濡れ衣を着せた事は許せないが、それ以上にこれまでの俺が散々やらかしているという罪悪感からだ。



 完全にゆるしたわけではなく、今後の態度次第とは陛下からエルネストにも伝えてもらっている。

 今後、俺の事を公正な目で見るなら救いはあるのだ。しかしさっきまでの目を見る限り、廃嫡になるのは時間の問題な気がする。



 その場合ディアーヌ嬢はどうなるんだろう。

 第二王子のランスロットに婚約者はいるが、王族教育は受けていても王妃教育は受けていないから、婚約者のすげ替えになるのだろうか。



 確かランスロットはディアーヌ嬢のひとつ上の十九歳だったはず。

 個人的にはエルネストより暑苦しくなくて好ましいと思っている。



 チラリとエルネストの方を見ると、その隣にいるディアーヌ嬢と目が合った。

 何か言いたげな目をしていたが、さすがにこの状況では話をするわけにはいかない。

 そんな事を考えていたら、係の者が今度は神殿長と聖女の入場を告げた。



 緊張した面持ちで神殿長と共に、俺が入って来た扉から登場する聖女。

 俺の顔を見ると、ホッとしたように表情が緩んだ。



 そしてその時視界の端で、聖女に見とれているエルネストの姿を見てしまった自分を恨んだ。

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