第52話 拷問

 第三騎士団の厩舎に到着し、エレノアの手入れをしている間もジェスは俺の背中に張り付いたままだ。

 恐らく三キロ程度だが、ずっとだといい鍛錬になるかもしれない。



「よし、これでさっぱりしただろう。朝から大変だったな、ありがとうエレノア」



 厩番がタイミングよく飼い葉を運んで来てくれて、エレノアは待ってましたとばかりにんでいる。

 あと一時間ほどで昼だが、応援の要請がない今日は全員訓練場にいるはずだ。



 訓練場にある更衣室で正装から訓練服に着替え、訓練場で木剣を選んでいるとジュスタン隊の部下達が寄って来た。



「団長! 謁見はどうだった? ドラゴンにはお咎め無し?」



 真っ先に質問してくるシモン、背中にくっついているジェスを好奇心いっぱいの顔で覗き込んでいる。



「ああ、それより従魔契約した事に驚かれた」



「確かに従魔契約なんて聞いた事ないもんね。それにしてもずっとおんぶしたままなの? 団長の事お母さんだと思ってないよね? ぷぷっ」



『ジュスタンはジュスタンだよ! お母さんじゃないもん!』



「おっ、何か言ってる。アルノーに文句言ってるんじゃないか?」



「ガスパールの言う通りだ。ジュスタンはジュスタンでお母さんじゃないと抗議しているぞ」



「わぁ、人の言葉がわかるんですね! 賢そうな顔してるし、シモンより賢かったりして」



 結局皆俺の顔より背中のジェスを見ながら話している。

 気持ちはわかるが。



「てめぇ、マリウス! 従騎士スクワイアのくせに生意気なんだよ! くらえっ、団長直伝の拷問を!」



 俺直伝の拷問と聞いて首を傾げたが、シモンがマリウスに仕掛けているのはウメボシだった。

 よくあるお仕置きを拷問と言われて微妙な気分だ。



「痛い! いたたたたた! コレ嘘みたいに痛い!! ごめんなさいごめんなさい!!」



 涙目で謝り、解放された途端に地面にへたり込むマリウス。



「言っておくが、団長のやつはこれの倍痛いからな!」



 ビシッと指差し、なぜか勝ち誇ったように告げるシモン。倍だなんて、そんなはずはないんだが。

 …………あ、前世より力が強い分、加減ができていなかったとか?



「そうか、ウメボシって拷問に使えるのか……」



「へぇ、あの拷問の名前ウメボシって言うんだね」



 どうやらアルノーも拷問と認識していたらしい。

 そのレベルの事をお仕置きに使うのは少々可哀想かもしれない、もう少し優しめのお仕置きを考えておいてやろう。



「さぁ、そろそろ訓練に戻れ。……たまには一本稽古でもするか」



 訓練に参加する前にストレッチをしながら提案すると、部下達が顔を引きつらせた。

 一本稽古は一人が全員を順番に相手する訓練のやり方だ。

 当然連続して相手をする側になると、とても疲れる。



「えっ、いやぁ……、それは」



「これより各小隊ごとに一本稽古を開始しろ! 気合の抜けている小隊には後で俺が行くからな!」



 アルノーがボソボソと言っている間に、訓練場全体に指示を出した。

 自分で言うのもなんだが、俺の声は驚くほどよく通るため、サッカーコート以上の広さがある訓練場全体にしっかり聞こえる。



「さぁ、最初は俺が立とう、順番に来い。まとめて来たいならそれでもいいがな。ジェス、危ないから離れていろ」



『わかった!』



 ジェスが俺の背中から離れ、木剣が並べてある台にちょこんと座った。

 部下達はというと、誰が先に始めるかと押し付けあっている。



「年齢順でいいから来い! いつまでグダグダやっている!」



「ゲ、じゃあオレからじゃねぇか。しゃあねぇなぁ」



 しゃあねぇ、などと言いながらも、俺と向かいあったシモンの顔は段々と好戦的なものへと変わっていく。

 戦闘狂バトルジャンキーめ。



「いっくぜ~! オラァッ!」



「大振り過ぎる! 俺は魔物じゃないぞ!」



 上段で正面からの打ち込みを剣先を下げて力を逸らし、返す手で首元にピタリと当てた。



「胴体がガラ空きだったから打ち込もうかと思ったぞ。お前の打ち込みに対応できる者は少ないが、俺に対しては悪手だと……何・度・も言ったと思うが? お前の頭は飾りか? 学習能力がないのか?」



 剣先でコツコツと頭を叩く。



「ぐ……っ、けど、このところ剣速が上がってきたからイケると思ったのに!」



「ほら下がれ、次!」



「俺は堅実にいくか~」



 のそのそと場所を空けるシモンの陰から飛び出すようにガスパールが打ち込んできた、スピード重視で威力はないものの、手数が多い。

 下がりながら受けているが、なかなか隙を見せない。



「押してる押してる! いけるぞガスパール!」



「油断禁物! 集中して! そして団長をもっと疲れさせて! 僕の前に!」



「ガスパールも凄く速いのに、団長余裕ありません!?」



 お、意外にマリウスがよく見てるじゃないか。

 そしてアルノーはすぐに終わらせずしっかり相手してやろう。



 剣を受けるものからはじくものへと少しずつ変えていく、気付いた時には隙の出来上がりだ。

 ガスパールが体勢を崩した時に、剣を弾き飛ばすと、運悪くジェスの方へとガスパールの木剣が飛んで行った。



『きゃんっ! 何!?』



 退屈になっていたのか、半分寝ていたジェスの頭に木剣が当たった。

 俺は慌ててジェスに駆け寄る。

 人に当たっていたら気絶してもおかしくない衝撃だったと思う。



「すまないジェス、まさかお前の方へ飛んで行くとは。痛かったか?」



『ちょっとだけ……、でも頭撫でてっ』



 ジェスの可愛らしい要求に、抱き上げて頭を撫でてやる。



「よしよし、痛いの痛いの飛んでけ~。もう痛くないか?」



「オレも頭痛~い」



「よしよし……って、貴様は素振りでもしていろっ!!」



 うっかり差し出されたシモンの頭を撫でたが、そのままその頭に拳を振り下ろした。



「いってぇ~! でも団長、普段お前って言うのに焦ったり怒った時にだけ貴様って言うんだよな~、フヒヒ」



「きさ……っ! …………ふぅ、よし、わかった。そんなに俺に構って欲しいなら、じっくり相手をしてやろう。アルノー、マリウス、すまないがガスパールと三人で訓練を続けてくれ」



「ひぇっ」



「よし……っ、じゃなくて。了解しました! 頑張ってねシモン。さ、僕達はあっちでやろうか」



 昼休憩の時間が来なければ死んでいたかもしれない、昼食の時にシモンはそう語ったという。

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