第51話 俺にとってのエレノア

「ジュスタ~ン!」



 ウソだろ!?

 王城の出口で愛馬エレノアを連れて来てもらうために馬番に声をかけようとしたら、違うエレノアがやってきた。



「…………神殿長はどうした」



「なんかねぇ、王様と長い挨拶してたから先に来ちゃった。だってゆっくりしてたらジュスタンが帰っちゃうでしょ?」



 今朝まで一応敬語を使っていたはずなのに、もうタメ口に変わっている。

 距離の詰め方エグくないか?

 俺に対してこんな馴れ馴れしい話し方をする令嬢を見た事がない馬番が固まっているぞ。



「おま……っ、まさか陛下の許しも得ずに勝手にここに来たのか!?」



「え? だってお話の邪魔しちゃ悪いでしょ?」



 思わず片手で目を覆って俯いた。

 だがまぁ、山奥の村では話し中に離席するからと許可を得る方が失礼になるのかもしれない。

 これが常識の違いか、わかってはいたが危険過ぎる。



「はぁ~……。あのな、お前が一緒にいた方々はこの国で一番偉い方と、この国全ての神殿で一番偉い方なんだ。礼儀として、許可も得ずにその場を離れるなんて事はありえないと覚えておけ。それと王城では常に敬語で話すように、それがどれだけ親しい相手でもだ」



「ジュスタンにも……?」



 しょぼんとして上目遣いで訴えてくるが、いつ俺と親しい仲になったというのだ。



「我々は今朝初対面のはずだが……? 俺にとってエレノアという名は愛馬の名前だ、あなたの名という意識はないのだよ、聖女様・・・。それと、俺の名を呼ぶときは敬称をつけてくれ、様が嫌なら団長でもかまわん」



「そ、そんなぁ、村を出てから誰も名前で呼んでくれないんです。あっ、でも、ジュスタン団長って呼ぶと、私も騎士団の仲間みたいですねっ! それじゃあ、これからはジュスタン団長と呼びます!」



 すぐに敬語に直しているところを見ると、完全に頭がお花畑なわけでもなさそうだ。

 だったらもうひとつくらいアドバイスしてやってもいいだろう。



「人というのは異物を排除したがるからな、貴族令嬢の真似事ができるようになるまで、あまり王城には来ない方がいいだろう。でないと陰湿な嫌がらせを受ける事になるぞ。……がんばれよ」



「……!! はいっ、がんばりますっ!!」



「ブヒヒン」



 どうやら気を利かせた馬番が愛馬エレノアを連れて来てくれたようだ。

 いつの間にか王城の入り口でこちらを見ていた。



「ご苦労。助かった」



 本当に助かった、これで聖女から離れられる。

 一緒にいたら、勝手に陛下の御前を退出した事に関する火の粉がこちらに飛んで来ないとも限らないからな。

 馬番に礼を言って騎乗すると、早々に出発した。



「ジェス、大人しくしてて偉かったな」



 きっと聖女の前で姿を見せたら、更に話が長くなっていただろう。



『うむぅ……? ボク寝てた……?』



 背中から聞こえた声は完全に寝ぼけていた。



「ぷはっ、あははは! そうか、寝ていたのか。背中にくっついたまま寝るなんて器用じゃないか」



『ボクおりこうさんにしてたでしょ? ジュスタンの巣に帰ったらまたクッキーくれる?』



「ああ、約束したからな。幸いジェスが操られている間にやった事は問題にならなかったし、どちらかというと従魔契約したという事の方が大事おおごとになってたから今後もお咎めはないだろう。とりあえずは一安心だな」



 スッキリとした俺と違い、王城の一室では騒ぎが起きていた事を知るのはまだ先の事である。




[王城 side]



 時は少々遡り、国王が辛うじて王太子のままのエルネストに話を聞くよう、第一騎士団の騎士に命じた後。



「だから知らんと言っている! 神官長はディアーヌの拉致事件の時に情報をくれただけなのだ! 邪神の欠片の時は……神殿に相談するのは当然の事だろう!」



「エルネスト様、そのように興奮なさらないでください。我々は陛下の命によりお話を聞きに参っただけなのですから」



「その神官長からの情報は、他にどんなものがあったのですか? 全て話していただきたいのです」



 実際エルネストの持っている情報など、神官長にとって都合のいい部分しか渡されていない。

 エルネストよりも神官長の方が策士としては一枚も二枚も上手うわて……というより、神官長という立場にある者に対する先入観で信じ切っていたのだ。



 ディアーヌの拉致事件の時も、ある意味エルネストは神官長に踊らされたと言ってもいい。

 そして今日初めて神官長の常軌を逸した行動を知り、同じ穴のむじなとして扱われようとしている恐怖に襲われている状態だった。



「どうしてだ……っ、あいつが、ヴァンディエールがタレーラン辺境伯領から戻ってから全ておかしくなったのだ! いったい何がどうして……っ!? なぜあいつが褒めたたえられている!? これまでは私が……っ」



 エルネストは両手で頭を抱え、フラフラと室内を歩き回り出した。

 これまでジュスタンの行いをいさめさえすれば、周りからは賞賛を得られるという経験を何度もしていたせいで、エルネストの中ではその図式が定着していたのだ。



 狂った歯車を元に戻そうと焦った結果があの裁判だった、それが更に己を追い詰めるとも知らずに。

 第一の騎士が話にならないと諦めかけた時、ある人物がエルネストが軟禁されている部屋に入って来た。



「エルネスト様、あまり近衛騎士達を困らせてはなりません。ご存じの事があるのなら話す、知らないのなら最後に神官長と連絡を取ったのはいつか、普段どのような手段で連絡を取っていたのかを話すべきです。知らぬ存ぜぬで通されては何も調べる事もできませんからね」



「ディアーヌ……! そうだな、わかった。私の知っている事は全て話そう」



 未来の王妃になるべく教育されているディアーヌの登場に、第一の騎士達は安堵し、エルネストも落ち着きを取り戻してソファに座る。

 しかし、エルネストに寄り添い、隣に座ったディアーヌの瞳には、これまでのような恋する乙女のような輝きがない事に、誰も気付いていなかった。

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