第50話 朝議にて

「チッ、どうしてこの私がヴァンディエールの小倅こせがれと並ばねばならんのだ」



 さっきから陛下には聞こえない程度の音量で舌打ちと文句を繰り返すこの男は、第一騎士団長である。

 噂では恋敵である父に負けて以来、ヴァンディエール家の者を毛嫌いしているらしい。



 そんな状況で俺が第三騎士団長なんてやれているのは、騎士団の総長と俺の父親の関係が良好なせいだ。

 というわけで、当然ながら俺は人一倍彼に嫌われている。



 その俺を嫌っている男となぜ並んで立っているのかというと、朝議に参加しろという陛下の命令により、謁見の間で陛下を護れる位置に立っているというわけだ。

 近衛騎士ではない俺は武器の携帯を許されていないが。



 朝議に出るのは初めてだが、事前に侍従長から軽くレクチャーしてもらってよかった。

 でなければ挨拶に始まり、誰から話すなど決まっているのを知らずに恥をかいたかもしれない。

 第一騎士団長はそれを期待していたかもしれないが。



「さて、今朝のドラゴンを見た者もいると思うが、あれはここにいるヴァンディエール騎士団長が従魔契約・・・・したドラゴンだ」



 陛下の言葉に大臣達が感嘆の声を上げた。

 歴史的快挙だからか、しっかり従魔契約って強調してたしな。

 隣で大臣達の声に紛れて小さな舌打ちが更にうるさくなった。あんた侯爵なんだろ、品がないぞ。



 陛下は神殿関係の事など、いい感じに嘘は言っていないが真実ではない説明をし、最後にジェスをお披露目するようにと俺に言った。

 ちょっと釘を刺しておいた方がいい奴らもいそうだからな、軽く脅しておくか。



「ジェス、こっちに出て来い。抱っこしてやろう」



『わぁい!』



 定位置となった背中から移動し、広げた腕の中にポスンと収まるジェス。

 胸に顔を擦りつけるさまは、完全に甘えている動物そのものだ。



「今は魔法で小さくなっていますが、本来の大きさが中庭で見せた姿です。生まれてまだ十年のため、色々言動が幼いので不用意に近づく事はお勧めしません。親は二百年生きているらしく、このジェスに危害を加えれば王都どころか国を焼き払ってもおかしくないので……妙なマネをする者がいたらご報告願います」



 言葉を切ると、謁見の間がシンと静まり返っていた。

 あ、そういえば陛下にもジェスの年齢や親の事は言ってなかったか。



「ヴァンディエールよ……、そのドラゴンの親というのはどこにおるのだ?」



 さすが陛下、かなり動揺しているはずなのに、しっかり平静を装っている。



「それはわかりません。ジェスが言うには親が不在時に眠っていたら、操るための魔石を埋め込まれたそうです。聖女が現れたという事は邪神の復活も近いでしょうから、邪神復活までに味方にできれば心強いですね」



『お母さんと一緒にいられるの!?』



「それはまずお母さんを見つけてからだな。悪い奴が出てきた時に、一緒に戦ってくれると嬉しいんだが」



『ボクも戦う! お母さんに会えたら、お母さんに言ってみるね!』



「そうか、ありがとう。ジェスはいい子だな」



 抱いたままジェスの眉間を撫でると、気持ち良さそうにうっとりと目を閉じた。

 本当に犬か猫みたいな反応をする、可愛いじゃないか。



「コホン。ヴァンディエール、ドラゴンは何と言ったのだ?」



 おっと、ジェスの可愛さに謁見の間という事を忘れそうだった。

 大臣達もジェスに驚いていたのか、陛下の咳払いと共に再び騒めき出した。

 俺もキリッとした表情を作って陛下に向き直る。



「先ほどの話を聞いたジェスが母親に会えたら、邪神との戦闘で力を貸してくれるように言ってくれるそうです」



「そうか! それは重畳ちょうじょう! それにしても聖女が王都に入ったという話は神殿からまだ聞いてなかったが、どういうつもりなのか……」



 その時、侍従長がそっと陛下に近付いて何やら囁いた。



「では今朝の朝議はここまでにしよう、みなご苦労だった。騎士団長の二人はついて来るように」



「「ハッ」」



 再びジェスを背中に隠して陛下の後をついて行くと、行き先は応接室だった。

 そして室内には頭と違い豊かな白い髭をたくわえた神殿長と、今朝会ったばかりの聖女がいた。



「突然の訪問おゆるしください。このたび神殿に聖女を迎えたのでご報告と、すでにご存じかと思いますが……、神官長の不祥事についてもお話しいたしたく……」



 立ち上がって挨拶する神殿長が俺に視線を向けたところを見ると、どうやら聖女から色々聞いたようだ。

 聖女は黙っていろとでも言われたのか、チラチラと嬉しそうに俺を見てくるものの、静かにしている。



「ふむ、そちらが聖女か」



「はじめましてっ、エレノアといいます!」



「ほほ、市井から……、いえ、山奥の村から来たばかりで行儀作法をまだ覚えておりません事、ご容赦を」



「かまわぬ、楽にせよ」



此度こたびは神官長が招いた災いをヴァンディエール騎士団長が防いでくださったとか。感謝申し上げます。調べたところ、神官長は神聖力を完全に失っておりました。恐らく呪われた魔石を身体に埋め込んだ影響でしょう。あやつは意識もなく廃人同然となっておりますが、ご処分はいかようにも」



 魔石を取ったら神聖力どころか、生命力も根こそぎ失ったように見えたもんな。

 生きてるってだけで不思議なくらいだ。



「うぅむ……、それならば処罰したところでどうにもならんな。では神官長を今後も管理する事を神殿への罰としよう、一人の暴走であっても神殿の者が騒ぎを起こした以上、何かしら処罰をせねば示しがつかぬであろう」



「かしこまりました、ではそのようにいたします」



 その後も話し合いは続き、ただ立っていただけなんだから帰してくれればいいのに、解放されたのは一時間ほどしてからだった。

 応接室から出口に向かう途中、朝議で大臣達が騒ついた原因がジェスではなく、ジェスに向けられた俺の笑顔だったと聞こえてきたのは聞き間違いだと思いたい。

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