第40話 呼び出しの理由

 アルベール兄上親子の距離が少し近付いたように見えたおやつタイムの後、俺は本館のキッチンへ向かった。

 目的は当然ながら味付けの改良のためだ。

 俺がキッチンを覗いた瞬間、料理人達に緊張が走ったのがわかった。



「楽にしてくれ、タレーラン辺境伯領や王都で評判の良かった味付けの覚書を持って来たんだが、見るか?」



 ヴァンディエール侯爵家の使用人は大体三十人くらい、その食事を三人の料理人でまかなっている。

 料理長は俺が子供の時からこの屋敷で働いているせいか、ここに顔を出した事のない俺を警戒しながら近付いてきた。



「拝見します」



 料理長はメモに目を走らせると、何度か目を瞬かせて俺を見た。



「これはいったいどこで書かれたものですか? 薬草のこんな使い方なんて聞いた事ありません」



「書いたのはタレーラン辺境伯領の料理人だが、発案者は……俺だ」



「は?」



「味の保証はするから、せめて俺の分だけでもこれを活用してくれ。もちろん味見をして全員に出してもいい、それは料理長に任せる。あと、アルベール兄上の子供達に後日これを作ってやってくれ、気に入って食べていたからな」



「は、はぁ……」



 もう一枚のメモを渡し、料理長が目を通すと、ポカンとした顔で俺を見ながら生返事をした。

 わかってるよ、俺が子供にそんな気遣いをする奴じゃなかったって事は。



「それじゃあ、頼んだぞ」



 メモを全て渡すと、夕食の仕込みに忙しいだろうし早々に退散した。

 次に向かうのは父上の執務室、俺をわざわざ呼び戻した理由をはっきり聞いていないためだ。



 叙爵を断った話だとしたら、別に手紙でもいいよな。

 それだけじゃなくても、昼食の時に話した内容ならわざわざ呼び戻す必要ないだろうし。

 二階の執務室の前に立ち、ドアをノックをすると家令がドアを開けて出てきた。



「やはりいらっしゃいましたか、旦那様がお待ちですよ」



 待っているのなら俺を呼び出せばいいのに、一体どういうつもりなんだろう。

 中に入ると、家令がお茶を淹れて執務机の前にあるテーブルの上に置いた、ソファに座ると父上も俺の向かいに腰を下ろす。



「用件はわかっている、手紙で呼び出した理由を聞きに来たのだろう?」



「ええ、ご存じの通り第三騎士団は暇ではありません、明日には王都に向かいたいので話があるなら、早めに済ませておこうかと」



 本当は今話を終わらせてそのまま王都へ戻りたいくらいだ。

 アレクセイ達とはもう少し遊んでやりたかったけどな。



「フッ、随分と変わったな、手紙で知った時は信じられなかったが」



「手紙? 誰からです?」



「タレーラン辺境伯だ。あとは陛下からもな。……意外か? 私が辺境伯と連絡を取り合っている事が」



「正直に言うとそうですね」



 もしかして、お前の所の息子に娘が迷惑かけられているとかの苦情が入っていたんだろうか。

 


「お前が王命で救援に行った先の領主からは、基本的に報告が入るのだ。タレーラン辺境伯領の問題点を指摘して、改善させたらしいな。辺境伯領に到着したばかりの頃は落ち着きがなかったようだが、ひと月ほどしてから人が変わったようになったとか。呼び戻した理由のひとつは、お前が変わった事が本当なのか確かめるためだったんだ。それなのに裁判にかけられたと聞いて失望していたんだがな……」



 もう侯爵家に迷惑をかけなくなったか確認したかっただけか?

 あ、でも理由のひとつ・・・って言ったよな。

 妙なことに巻き込まれないように釘を刺しておくか。



「まぁ、これまでがこれまでだったので色々疑われても仕方ないとは思っていますけどね。これからはそんな事もなくなると思うので、これまで通り放置しておいてください。アルベール兄上やシリル兄上だけでなく、アレクセイもいますから、俺がいなくても問題無いでしょう? 俺の事はいない人間だと思っていただいて結構ですよ」



 シレッと言い放ってお茶に口を付けた。



「そうはいかん、お前はこのヴァンディエール侯爵家の人間なのだから。…………何件か婚約の打診も来ている」



「ごふぅっ! ゲホゲホッ、ゴホッ、ゴホッゴホッ、コホッ」



 あ、危ない、あと少し聞いたのが早かったら父上の顔にお茶を噴き出していたところだぞ!?

 さてはこれが本題だったな?



「何をそんなに驚く事がある。多少素行に問題があったとしても、タレーラン辺境伯領での功績を耳にした者達が着目するのは不思議ではない。最初に聞いた時は信じられなかったが、今のお前を見ていると本当だと確信できた」



「コホッ、……俺のこれまでの素行を知っていて、婚約を了承する令嬢がいるとは思えませんね。親が無理やり押し付けて、嫌々婚約させるような事はしたくありません」



 俺の言葉に眉間にシワを寄せるかと思ったが、父上は不思議そうに首を傾げた。



「何を言っている。お前は兄弟の中でも、一番恵まれた容姿をしているではないか。表立ってお前を慕っていると口にする令嬢はいないが、陰ではかなり人気があると言っていたぞ」



「言っていたって……、誰がですか?」



「キャロリーヌだ、アレはきちんと社交をこなしているからな」



「母上が!?」



 てっきり俺の事など全く興味がないと思っていたのに、そんな情報を仕入れていたなんて意外だ。

 もしかしたら、偶然耳にしただけかもしれないが。



「ああ、自分に似て生まれたからだと誇らしげにしていた。それで打診をしてきた家門だが……」



「いえ! 俺はまだ結婚する気はありません。第一シリル兄上だってまだ結婚していないではありませんか、まずはシリル兄上が結婚してから考えるという事で。今俺は第三騎士団の奴らを躾け直している最中で忙しくて、結婚なんて考えられません」



 貴族社会では確かに結婚適齢期ではあるが、前世の記憶を思い出した今となっては、三十歳くらいまで結婚しなくていいと思っている。

 俺の妻となる人は、きっとあいつらとも顔を合わす機会が多いはず。



 その時に怖がらせないように、先にあいつらを躾け直す必要がある。

 今のままだと、絶対興味本位でつつき回すように揶揄からかったり、試すように意地悪したりしそうだもんな。



「そうか……、ならばそう断っておこう」



「はい、お願いします。明日は朝食後に王都へ向かいます」



「わかった」



 話が終わったようなので、内心安堵しながら執務室を出た。

 それにしてもシリル兄上が独身でよかった、本人には絶対言えないけどな。

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