第39話 親子のふれあい

 アレクセイとアンジェルは向かいに座っていたが、最終的にアレクセイの隣に俺が胡坐あぐらをかいて、そこにアンジェルが座って並んで食べている。

 こうすればクッキーの入った器を近くに寄せて、アンジェルも自分で取れるからな。



「ほら、お茶も飲まないと。お、アンジェルのは水か、なら熱くないな。アンジェル、ごっくんしような」



「ん~……」



「上手に飲めたな、偉いぞ~。……ん?」



 視線を感じて顔を上げると、義姉上と子供たちの乳母が固まっていた。

 確かにこれまでのジュスタンでは想像できない行動か……。



「義姉上、子供というのは可愛いものですね」



「ハッ! そ、そうですね、二人共とても可愛いでしょう? それにしても……その……ねぇ?」



 俺が話しかけると、我に返ったようで慌てて頷き、乳母に目配せしている。



「え、ええ、その、ジュスタン様は随分お子様達の扱いに慣れていらっしゃいますね」



「本当よね、まるで子供のお世話をいつもしているみたいに。…………隠し子なんていませんよね?」



「はぁ!? いるわけありませんよ! ずっと遠征しているか宿舎に住んでいるんですから」



 義姉上の言葉に思わず声が上ずってしまった。

 確かにこの世界だと二十二歳なら、結婚して子供がいてもおかしくない年齢だからな。



「おじうえ、とってもおいしかった! ありがとうございます!」



「そうか、よかった。ここの料理人に作り方を教えておくから、今度作ってもらうといい」



「ほんとう!? わぁい!」



「わぁい」



 喜ぶアレクセイを真似して、アンジェルも同じように喜んでいる。

 そんなアンジェルをチラチラ見て、アレクセイはそっと立ち上がると俺の袖を引っ張った。



「おじうえ……ぼくも……おひざにすわりたい……」



 くっ、俺の甥っ子が可愛過ぎる……!

 誘拐されないように護衛付けておかなくていいのか!?



「おじうえ?」



「ああ、もちろんいいぞ。アンジェル、おにいちゃんと仲良く座ろうな」



 アンジェルを左足の太腿に乗せ、アレクセイを右手で抱えて右足の太腿に座らせた。

 向かい合わせに座った二人は、顔を見合わせて嬉しそうに笑っている。可愛いなぁ。

 そうやってなごんでいたら、突然部屋のドアが乱暴に開いた。



「あっ、ちちうえ……」



 アレクセイがあからさまに身体をこわばらせた。

 俺は安心させるように肩を優しく撫でる。



「ジュスタン、なぜお前がここにいる?」



 アルベール兄上はズカズカと部屋に入って来ると、俺の背後に立って見下ろした。



「初めて会う可愛い甥と姪に、手土産としてクッキーをプレゼントしただけですよ。顔は義姉上に似てよかったですね、俺達に似ずこんなに可愛らしいのですから」



「何が目的だ」



 どうやら何か勘違いをしているようだ。

 足が痺れてきたので二人を抱き上げ、立ち上がった。

 身長が同じくらいなため、真正面から視線を受け止める。



「こんなに可愛い子達を可愛がる以外にどんな目的があるというのです? あまり懐かれていないようですが、最後に抱っこしたのはいつですか? 父親なんだからちゃんと愛してると伝わるようにしないとダメですよ、はい」



 俺はヒョイとアレクセイを兄上に渡した。

 慌てて抱きとめ、俺を睨む。



「一体何を考えて……!」



「ひゃっ」



 大きな声を出した瞬間、アレクセイが再び身体をこわばらせた。



「あ……っ、アレクセイ、お、お前に言ったわけではない」



 これは普段からあまり子供達を構ってないな? 俺達の父親がアレだから仕方ないかもしれないが。

 成長を確認するだけで、遊んでくれたり世話をしてもらった記憶がない。

 これはひとつくらい子供とのふれあい方を教えてやった方がいいかもしれないな、アレクセイのためにも。



「兄上、最近身体を鍛えていますか? まぁ……、騎士の俺と比べるのは可哀想ですけどね」



「な……っ!」



「酒ばかり飲んでいると腹が出ますよ? 毎日子供達に手伝ってもらって鍛えるといいのでは? こうするといいですよ」



 俺は足を伸ばして座り、膝を曲げると足の甲にアンジェルを座らせて足に抱き着かせた。



「アンジェル、ちゃんと捕まえておいてくれよ」



 まだ二歳だからちゃんと言っている事を理解していないだろうけど、にこにこしながら捕まっている。

 そのまま後ろに倒れて腹筋を開始した、起き上がるたびに顔が近付き、アンジェルが顔を捕まえようと手を伸ばすが、すぐに離れるので興奮し始めた。



「アンジェル~」



「きゃはははは!」



「ばぁ~」



「きゃははっ」



「さぁ、兄上もアレクセイを乗せてやるといいですよ。あ、それとも腹筋が弱くてできませんか?」



 呆然として見ていた兄上に向かって意地悪くニヤリと笑うと、兄上は眉を吊り上げた。



「そんな事はない! 見ていろ!」



 思惑通りムキになった兄上は、アレクセイを爪先に座らせて腹筋を始めた。

 そして最初に身体を起こした時、反動をつけたせいで二人はかなりの至近距離で見つめ合う形になっている。



「ど、どうだアレクセイ。私もちゃんとできるのだぞ」



「はい! ちちうえすごい!」



 子供に褒められ、俺に向かってわかりやすいドヤ顔をした。

 ほら、義姉上もクスクス笑っているじゃないか。

 でもまぁ、アレクセイも嬉しそうだし、思惑通り親子の距離は縮まったかな。



「困った父親だよなぁ、アンジェル?」



 おだてられて腹筋を続ける兄上を横目に、俺はこっそりとアンジェルにだけ聞こえるようにささやいた。

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