第31話 トラブル発生

 宿舎に戻り上着だけ脱ぐと、自室のソファにドカッと座って天井を仰ぐ。



「はぁ……、疲れた」



 身体的には魔物討伐に比べて楽なものだったが、精神的に疲れた。

 ディアーヌ嬢には俺の事を話さないでほしいと頼んだが、ちゃんと上手く言い訳してくれただろうか。



 襲われた事を周りに話すかどうかもわからないけどな。

 侍女が気を失った状態で戻って来たんだから、事情聞かれたりするか……。



 ディアーヌ嬢自身も結構転がったり担がれたりで、服も汚れていたわけだし。

 そんな事をぼんやり考えながらダラダラしていたら、部屋のドアがノックされた。



『ヴァンディエール騎士団長、ご実家からお手紙が届いております』



 声の主は第三騎士団の文官。

 どうやら俺がいない間に手紙が届いていたらしい。

 ドアを開けると、顔色の悪い文官の姿が。



 恐らく俺達がタレーラン辺境伯領に行っている間は平和だっただろうが、戻って来てから色々発注したり予算が増えた分の管理や、団員に色々要望を言われたりと疲れているのだろう。



「ご苦労。顔色が悪い、急ぎでない業務は後回しにしていいから、ちゃんと休めよ」



「えっ!? あ、は、はいっ!」



 俺の対応に戸惑っていたようだが、休めという言葉に戸惑いながらも笑顔を見せた。

 ドアを閉めてソファで手紙を開く、内容は一度帰って来いというものだった。



 ヴァンディエール侯爵領まで馬車で三日、俺の愛馬エレノアであれば急げば一日で到着する距離だ。

 陛下から許可された休養日はあと一日、最短でも往復三日はかかるから休みを申請しないとならないな。



 我が子に出す手紙だというのに、愛情の欠片も見えない事務的な手紙。

 だらりとソファに身体を預けたまま、顔の上に手紙を置いてため息を吐いた。

 一枚しかないその手紙は、俺の息でひらりと床に落ちる。



「こういうのの積み重ねでジュスタンが荒れただなんて、考えもしてないんだろうな……。貴族はそういう家が多いけど、嫡子ばっかり優遇し過ぎだろ。それでもスペアとして家に繋ぎ止められてる次兄シリルよりはマシか」



 のそりと身体を起こし、床に落ちた手紙をそのままに部屋を出て執務室へと向かった。

 休暇申請とその旨の報告をしなければならない。

 本当は行きたくないが、侯爵家の人間として家長である父親の命令は絶対だ。



「あれ? ヴァンディエール騎士団長、どうなさったのですか? 明日まで休養期間ですよね?」



 執務室に入ると、遠征に行ってないがゆえに休みがもらえていない文官達が不思議そうに俺を見た。

 その全員がなかなか酷い顔色をしている。



「実家から帰るよう手紙が来た、最長五日休みをもらうつもりだ。早く戻れるなら戻って来るが……。それよりお前達、さっきガリーにも言ったが、顔色が悪いから交代でちゃんと休暇を取れ。倒れるまで無理をするんじゃないぞ」



 執務室の奥にある団長室へと向かいながら告げ、団長室で休暇申請の書類を作成した。

 ついでに机の上に置かれていた書類に目を通し、一週間以内に必要そうな物だけ処理をする。



 三十分ほど作業をして団長室を出ると、事務長をしている文官に休暇申請と一緒に書類の束を渡した。

 書類の束を見て事務長が目を輝かせる。



「俺が戻るまでに必要そうな物は処理しておいた。あとはその休暇申請を頼む」



「ありがとうございます! 承知しました!」



 こうして休養最終日の朝、俺は実家であるヴァンディエール侯爵領に向けて愛馬と共に宿舎を出た。

 俺の隊の部下達は休暇の延長なんてずるいと騒いでいたが、両手に拳を作ってみせたら口をつぐんだ。



 ヴァンディエール侯爵領は、タレーラン伯爵領とは逆の南側にある。

 そんなに距離は離れてないとはいえ、王都よりは随分暖かいはずだ。



 王都の南門へと向かっていたら、第二騎士団の二個小隊がこちらへ馬で向かって来るのが見えた。

 何かあったのだろうか、もしや昨日のディアーヌ嬢拉致の黒幕でも見つけたのだろうか。



 それなら俺も安心して王都を出られるというものだ。

 第二騎士団は急いでいるようなので、端に寄って道をあけてやった……が。

 なぜか第二騎士団の奴らは俺の横を駆け抜けず、俺の周りを取り囲んだ。



「第三騎士団長ヴァンディエール、貴殿をタレーラン辺境伯令嬢拉致未遂の容疑者として拘束する! 自領に逃亡しようとしても無駄だ!」



 俺にそう告げたのはコンスタン・ド・ロルジュ、第二騎士団の副団長であり、王立学院の同級生だった男だ。



「…………ハァ? コンスタン、お前本気で言っているのか? 彼女を拉致して俺に何の得がある? 証拠は? あ、ついでに言っておくが、自領に戻るのはヴァンディエール侯爵の命令だ」



 しかし、俺の言葉をコンスタンは鼻で笑った。



「フン、貴殿がタレーラン辺境伯令嬢に懸想しているのは周知の事実! それに証拠もあるのだ! 無駄な抵抗はやめるんだな!」



 この状況でわかる通り、このコンスタンも漏れなく俺の事を嫌っている一人だ。

 しかも同い年で先に団長職にいた俺を目の敵にしている。



「証拠ねぇ……。情報ってのは常に更新しておかないとダメだぞ。とりあえずその被害者本人に聞いてみろよ、俺が全部話していいって言っていると伝えてな」



「…………よかろう、しかし貴殿は我々についてきてもらうぞ。証拠を見ても言い逃れできるものならしてみるがいい」



 コンスタンの奴……、俺が団長になってから色々と突っかかってきてたから、これを機にちょっと反省してもらおうか。

 これからのシミュレーションをしながら、第二騎士団の奴らに囲まれてコンスタンの後をついていった。

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