第30話 なりゆき人助け

「おいおい、俺が襲ってないからって物語の強制力が働いてるとかじゃないよな!?」



 声がした方へ全速力で向かうと、ディアーヌ嬢と侍女が下働き風の男二人に拉致されようとしていた。

 大きい店が並ぶ通りから路地に入ると、馬車を待って乗りやすくするために店の入り口がない通りがある。

 そのせいで人通りが少なく、そこから裏路地へと引き込まれたら厄介だ。



 俺は上着ごと内ポケットに入れた短剣ダガーの鞘を掴むと、柄を持って引き抜いた。

 男達は俵担ぎでディアーヌ嬢達を連れ去ろうとしていたので、足を狙って短剣ダガーを投げる。



「がぁっ!」



「きゃぁっ」



「何だ!? どうした!?」



「お嬢様っ!」



 俺が投げた短剣ダガーは見事にディアーヌ嬢を担いでいた男の脹脛ふくらはぎに刺さり、男は倒れ込んだ。

 同時にディアーヌ嬢が放り出される形で石畳の上に転がった、ごめんごめん。



「くっ、こうなったら……」



「痛っ! あっ、お嬢様を放せっ」



 侍女を担いでいた男は、侍女を石畳に落とすと、ディアーヌ嬢を担いだ。

 どうやらもう一人を置いて、ディアーヌ嬢だけを連れ去るつもりらしかったが、侍女がその男の足にしがみついた。



「くそっ、放せっ!」



 男は乱暴に足を動かし、侍女に蹴りを入れている。



「放すものかっ、お前こそお嬢様を放せっ」



 蹴られているにも関わらず、侍女は必死にしがみついたままだった。

 おかげで逃げられずに追いつき、侍女に声をかける。



「よくやった。ディアーヌ嬢を返してもらおうか」



「ぐぁっ!」



 俺は男の脇腹に膝を叩き込み、腕の力が弛んだ隙にディアーヌ嬢を奪い返した。



「怪我はないか?」



「はい、わたくしは……。ハッ、アナベラ!!」



 振り回されて眩暈めまいがしているのか、頭を片手で押さえていたが、すぐに我に返って侍女の名前を呼んだ。

 アナベラと呼ばれた侍女は蹴られた顔が数か所赤くなっており、ぐったりとしている。

 恐らく俺が助けた事で、気が抜けて失神したのだろう。



「チィッ、ずらかるぞ!」



 男は足に短剣ダガーが刺さったままの男を担いで逃げ出した。

 捕まえたいところだが、さすがにこの状態の二人を放置して追いかけるわけにはいかない。



「帰りの馬車はどうなっている?」



「もうここに到着していてもおかしくないのですが……」



 ディアーヌ嬢はキョロキョロと辺りを見回しているが、馬車が来る気配はない。

 恐らく御者も襲われたか、この拉致に関与しているかのどちらかだろう。



「仕方ない、辻馬車を拾って王城へ戻るといい。侍女は俺が抱えていこう、……なかなかの忠義者だな」



「ええ、わたくしにはもったいないくらいですわ。王立学院時代からの大切なお友達ですの」



「ああ、どうりで見た事があると思った」



 俺とディアーヌ嬢は一年だけ王立学院で被っている。

 だからこそ当時エルネストの目を盗んでは、ディアーヌ嬢に声をかけられたのだ。



 意識のない人間をお姫様抱っこするのはかなり重いが、鍛え上げられたこの身体であれば余裕だ。

 抱き上げて立ち上がると、あまり顔を見られないように俺の方へと寄りかからせて歩き出す。



「とりあえず今日一緒に来た御者が無傷であれば、そいつは解雇した方がいい。今回の拉致に関わっているだろうからな。怪我をしていたなら巻き込まれたわけだから、十分な見舞金を出してやるといい」



「え……!? は、はい、そういたします」



 大通りであれば辻馬車乗り場が点在しているため、大抵すぐに乗る事ができる。

 御者に声をかけてドアを開けてもらい、先に侍女を座席に寝かせた。

 ディアーヌ嬢が乗り込む時に、手を差し出しエスコートする。



「今日はありがとうございました。ヴァンディエール騎士団長がいらっしゃらなければどうなっていた事か……」



 馬車に乗り込んでから、改めてお礼を言われた。



「気にするな、これも騎士の仕事の一環だ。ここに俺がいた事は言わないでもらえると助かる、色々勘繰るやつがいるだろうからな。ああ、そうだ。父君から連絡があったと思うが、正妃になりたければ早めに結婚した方がいいぞ。そろそろ神殿が聖女を迎えに行っていてもおかしくない頃だ」



「そっ、それは余計なお世話というものですわ! ドアを閉めてくださいます!?」



「はいはい」



 なぜかディアーヌ嬢がいきなり怒り出した、普通に親切心で言ったつもりだったのにな。

 言われた通りにドアを閉め、御者に代金を多めに渡した。



「王城へ向かってくれ。到着したら中に怪我をした女性がいるから、人を呼ぶように門番に言づけを頼む」



「わかりました、お任せください!」



 手の中の銀貨の枚数を見ていい笑顔で答える御者、これなら任せて大丈夫だろう。

 走り出した馬車を見送り、ふと気付く。

 同じ方向なんだから途中まで一緒に乗って行けばよかっただろうか、と。



 でもまぁ、そんなところを誰かに見られたら、それこそ騒ぎになりそうだからやめておいて正解だろう。

 今からさっきのやつらを探しても無駄だろうし、もう宿舎に戻るか。



 上着の内ポケットから相方をなくした鞘を取り出し、魔法鞄マジックバッグへ放り込む。

 後日、その相方の存在が騒ぎを引き連れて戻ってくるとは、この時は思いもしなかった。

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