第29話 本屋でバッタリ

「うめぇぇぇ!」



「すげぇ、菓子って作れるんだな!」



「団長ありがとうございます!」



 直属の部下達のお墨付きをもらい、夕食後に他の部下達に試食させたら大騒ぎになった。

 やはりクッキーが焼ける匂いは宿舎内に蔓延していて、みんな騒ついていたらしい。



 一人二枚程度しか食べられないが、好みかどうかさえわかればいいからな。

 ソワソワしながらこちらを見ていた料理人達にも味見をさせたが、もっと食べたいと言っている団員達が睨みをきかせているせいで、かなり食べづらそうだ。



「こらこら、もしかしたら将来的に作ってもらえるかもしれないだろ? その時俺がレシピを教えても、味を知っておかないとまずいじゃないか。料理もそうだが、菓子作りは大変なんだから、それができる者を大切に扱え!」



 そう告げると全員が揃っていい返事をした。

 あれ? 一歩間違うと俺を大切に扱えって言ったみたいになったな。

 ま、まあ、俺に対しては前から敬意を払っているから、今更勘違いはしないだろ。



 翌日、朝の鍛錬をしていたら妙にみんなやる気に満ちている。

 まるで頑張っているところを俺にアピールするみたいに……って、まさか。



「お前達、いっておくがしばらく菓子は作らないぞ」



 そう言った瞬間崩れ落ちる奴がいるくらいガックリしている。



「そうだなぁ、第三騎士団の狂犬みたいなイメージをなくすような善行をしたら、褒美として作ってもいいぞ。クッキーより美味い物をな」



 喜びの声を上げる部下達の声を聞きながら、訓練場を後にした。

 あれだけ喜ぶなら、ちゃんとした物が作れるようにレシピ本でも買っておいた方がいいかもしれない。

 身支度を整えて部屋を出ようとした時、昨日の帯剣していない時の心もとなさが思い出された。



「確かアレがあったな……。短剣ダガーでもないよりマシだろう」



 タンスの中からソックスガーターに短剣ダガーを仕込めるタイプの物を取り出す。

 片足だけだと歩く時にバランスが悪いからと両足に装着したが、慣れるまでちょっとかかりそうだ。



 スムーズにズボンの裾から出せるように、何度か練習してみた。

 身体が覚えているのか、問題はなさそうだ。

 予備にもう一本服の内ポケットに入れておくか。



「よし、これなら周りを怖がらせる事もないし、万が一ゴロツキに絡まれても余裕で対処できるな」



 歩きながら短剣ダガーの重さが意外にウエイトトレーニング状態でいいかもしれないと思ったが、考えてみればこの世界で重りで負荷をかけてのトレーニングをした事がないな。

 副団長オレールと相談して、訓練に追加するのもありかもしれない。



 本屋は昨日行った店の三軒隣にある。

 ちなみに来るのは初めてだ。

 ちょっとした一軒家ほどの店の中に入ると、図書館と同じ紙とインクの香りがした。



 吹き抜けの二階建てで、壁の四方が本棚になっており、二階部分は足場がぐるりとついている。

 一階のフロアには背中合わせの本棚がいくつも並んでいて、側面にジャンルが書いてあるので、それをひとつひとつ確認しながら店内を歩く。



 すると本棚の途中で、一所懸命背伸びをして本を取ろうとしている女性がいた。

 近付いて代わりにその本を取って差し出す。



「ありがとうございま……す……、ヴァンディエール騎士団長」



「どういたしまして。そんな恰好をしているから誰かわからなかったぞ」



 お礼と共にこちらを見た女性は、前半ヒロインことディアーヌ嬢だった。

 お金持ちの商家の娘のような恰好をしていたので、てっきり平民かと思った。口には出さないけど。



「それはこちらのセリフですわ。帯剣していない事もそうですが、まるで別人のように見えます。ところで……なぜここに? まさか……」



「? 本屋に来るのは欲しい本があるからに決まってるだろう」



「え……!? あ、そ、そうですわね! それでは失礼いたします!」



 ディアーヌ嬢は本を抱きしめて略式のカーテシーすると店の奥へと姿を消した。

 俺は再びレシピ本を探し始め、『お菓子作りを始めたいあなたに』というタイトルの本を手に取った。



 保護魔法で数ページしか試し読みできないが、イラスト付きで平民でも負担の少ない材料少なめなレシピと、予算に余裕のある人向けのレシピまで色々載っていてかなり使えそうだ。



「ふむ、これにするか」



「どうしてそんな本を? まさか……、お菓子作りをするんですか!?」



 清算を済ませて帰ろうとしていたと思われるディアーヌ嬢が、先日の侍女と俺の手にある本を凝視していた。

 ヘタに俺が菓子作りをする事を広めたくない、色々言う奴も出てきそうだしな。



「何だ、俺に興味があるのか?」



 わざと意地悪くニヤリと笑う。



「な……っ!」



 顔を赤くしてハクハクと言葉をなくすディアーヌ嬢。



「冗談だ。貴族街とはいえ、気を付けて帰れ」



 目的の本を見つけたのだから長居は無用だ。

 俺は清算するために、ディアーヌ嬢達を置いて店の奥へと向かった。

 清算を済ませて店を出たが、どうやらディアーヌ嬢達は帰った後のようだ。



 面倒な事が何も起きなくてよかった、さぁ帰ろう。

 そう思った時、路地の向こうからディアーヌ嬢達の・・・・・・・・悲鳴が聞こえた。

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