第28話 騎士団長のクッキー作り
自室に戻り、ミニキッチンの台の上に買った材料を並べる。
「作るなら無難にクッキーか……。数も多く作れるしな」
バター、卵、砂糖、小麦粉、ココアパウダーを残して他の材料を片付けた、久々のおかし作りで自分でもちょっと楽しみだ。
型抜きクッキーは時間も手間もかかるので型は買ってない、つまり作るのはアイスボックスクッキーだ。
プレーン生地とココア生地を作り……作……、こんなに大変だったっけ?
柔らかくしたバターと砂糖を練っているだけで、泡立て器を持つ腕が悲鳴を上げているだと!?
前世よりも筋肉質な腕をしているというのに、いつもと違う筋肉を使っているせいか、めちゃくちゃ疲れる。
溶き卵を数回に分けて混ぜ込み、振るっておいた小麦粉とココア入り小麦粉を各ボウルで粉気がなくなるまで練って……と。
プレーンとココアの二種類と渦巻バージョンも作るか。
生地を寝かせる時に冷蔵庫と冷凍庫だと焼いた時の食感がしっとりとサクサクになるって何かで読んだ。
正直その違いはあんまりわからなかったから、急ぐときは冷凍庫で寝かせていたんだよな。
今回も急ぐから冷凍庫で寝かせればいいか。
調理器具屋の店員に薦められて買ったスライムラップ、スライムの表面の膜らしいが、これがなかったら大変な事になっていただろう。
なんとか生地を正方形に……、正方形……とは……。
ま、まぁ腹に入れば同じだよな!
あいつら形にまでこだわるような奴らじゃないだろ、気にしない気にしない。
渦巻用は麺棒で伸ばして、プレーンを外側にするから両端を一センチずつココアより長くして……と。
角がどうしても丸くなるな。
切り落として四角にしてもいいけど、結局切り落とした部分を持て余すのは目に見えている。
角が丸くてもいいや、変な形になった部分は俺が食べれば問題ない。
なんとか冷凍庫で生地を寝かせるところまで終わった。
「うぉぉ……、これだけでかなり腕がダルいぞ。ちょっと腕のストレッチでもしておくか」
使った道具に洗浄魔法をかけてから、部屋のソファに座って腕のストレッチをする。
疲れたせいか、いつの間にかウトウトと
「ハッ! うわっ、ヤバい!」
慌てて冷凍庫から生地を取り出したが、板状に伸ばした生地はガッチガチ、これで渦巻を作ろうものなら確実に割れるだろう。
「仕方ない、先に四角い方を切ればいいか」
こっちは固いが切れなくはない。
見た目の悪い端っこはまとめて置いておいて味見用にするか。
そして両端を切り落とした時にふと気づく。
「あ、これ半分だけ市松模様にしちゃえばいいか。そうすれば四種類になるから見た目も華やかになるしな!」
我ながら名案だ。
正方形(?)を四分割にすると、小麦粉は振るったが、砂糖を振るうのを忘れた事実に気付く。
チラホラと白い塊が生地の中に見えるのだ。
「砂糖だから焼いてる内に熱で溶けるよな……?」
それにしても、前世ぶりに作ったせいか、めちゃくちゃ下手になってる気がする。
手が慣れていないせいか?
細長くなった生地を互い違いになるように組み合わせ、市松模様を作った。
多少歪んでいるが、それなりに形になっているんじゃなかろうか。
もう一度スライムラップに包んで冷凍庫へ。
作業している間に、板状の生地がいい感じに柔らかくなってくれたようだ。
スライムラップを引っ張りながら丸めていく。
あ、ちょっとひび割れたけど、焼ける時に塞がるよな。
丸め終わったら、こちらも再びスライムラップに包んで冷凍庫へ。
「ふぅ、これで冷えるのを待てば、あとは切って焼くだけだな。今の内にお昼を食べてくるか」
前世では弟達のおやつを大量生産していたから、もっと手際よくやってたのに、びっくりするぐらい時間がかかっている。
食堂に行くと、料理人達がなぜかチラチラとこちらを見てきたが、気付かないフリして食事を済ませると、早々に部屋へ戻った。
「うん、ちょうどよさげだ」
アイスボックスクッキーのカットは時間との勝負だ。
魔導オーブンの予熱をセットしたら、溶けて生地が緩む前にサクサクと切って、バターを薄く塗ったオーブンの天板に並べていく。
クッキングシートがあればバターを余分に消費せずに済むのに、などと思いつつ二段分を並べ終わった。
予熱が終わり、十五分焼けば出来上がりだが、まだ切り終わってない生地が残っている。
焼き始めて十分、クッキーの焼ける匂いが部屋に充満した頃、ドアがノックされた。
ドアを開けると、そこには勢揃いした俺の隊の部下。
「……なんだ?」
「やだなぁ、わかってるでしょう? こんなにいい匂いさせておいて」
にこやかに言ったのはアルノー、どうやらクッキーの焼ける匂いにつられて来たらしい。
「待て。まだ焼けてすらいないんだぞ、焼けたら味見させてやるから待て」
「やった~! じゃあできるまでここで待っていようぜ」
「お、おじゃましますっ! わぁぁ、団長の部屋に入るの初めてです。センスいいですね~」
図々しく部屋に入り込むシモンに続いて、
俺としてもこの部屋はシンプルだが質のいい物が厳選されていて、かなり居心地がいい。
横になってダラダラする事も可能な三人掛けのソファと一人掛けのソファが三脚置いてあるせいで、部下達は全員ここに居座る気満々だ。
いつか俺の隊と副団長だけで人に聞かれたくない会議をするかもしれないと、悪だくみ用に揃えていたのが仇となった。
「タレーラン辺境伯領からの帰りで、団長が料理できるの知ってたけど、まさか菓子を作るための台所だったとは思わなかったな。今宿舎に残ってる奴ら全員驚いてるぜ。あっ、団長! 光が消えた! できたんじゃねぇ!?」
ガスパールがミニキッチンの方をチラチラ見ながら話していたが、どうやら焼けたらしく興奮し出した。
ミトンを装着し、天板を取り出してから冷ます用の網……いわゆるケーキクーラーの上にザラザラと載せる。
「おおっ、できてる! いっただき~! あちちっ、ムグムグ……柔らかすぎねぇ?」
シモンが一枚掻っ攫うように奪い、口へと放り込んだ。
俺は先にもう一枚の天板に載っているクッキーを取り出し、オーブンの蓋を閉めてからシモンの頭を叩いた。
「当たり前だろう! 固くなるのは冷めてからだっ! 大体熱い状態で食べても味が落ち着いてないんだから、冷めてから食べろ! お茶を淹れてやる、それを飲み終わる頃には食べられるはずだ、だから座っていろ」
「へ~ぃ」
叩かれた頭をさすりながらソファへと戻って行った。
お茶を淹れるためのお湯を沸かしている間に、渦巻のクッキーを切って天板に並べる。
切るたびに転がしているが、少しずつ形が歪んでくるので最後の二枚は楕円形だ。
魔導オーブンを再び十五分にセットして、自分の分も含めてお茶を淹れ、部屋のテーブルに並べてやると大人しく飲んでいる。
さっきシモンが叱られるところを見ていたせいかもしれない。
ミニキッチンに戻り、クッキーの温度を確かめると
先に端っこで形の悪い物と砂糖の塊がバレバレな物だけ取り分ける。
ひとつ齧ると、素朴な手作りの味。
「ん~…………、卵使わない方が俺好みの味だったか。次はそっちを作ろう」
「えっ!? 団長また作ってくれんの!? やったね! これめっちゃくちゃ美味いぜ!」
いつの間にか背後から手を伸ばしてもしゃもしゃと食べているシモン。
この後、もうこれ以上食べるの禁止令とウメボシの刑に処された。
◇ ◇ ◇
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
近況ノートにジュスタンが作ったクッキー(実際は作者が作った物ですが)の画像を貼ってありますよ~!
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