第27話 異世界のスイーツ

 翌朝、食事の恒久的な質の向上と、宿舎の改築を部下達に報告すると、歓声が上がるほど喜んだ。



 そして数日後には職人が入り、工事が始まる。

 結局シャワー室はサロンを潰すのではなく、今ある脱衣所の壁にドアを作り、脱衣所と大浴場の外に増設する事になった。



 俺の部屋に出入りする職人をいぶかし気に見る奴もいたが、「お前達も喜ぶ物になる」と言ったらすんなりと受け入れていた。

 シャワー室は増設なせいか一週間経っても完成していなかったが、ミニキッチンは先に完成した。



 魔導オーブンや魔導冷蔵庫を運び込むところを目撃した部下から、ものすごく期待した目で見られたので、オーブンの試運転として何か作ってやるか。

 休養日として十日間もらったが、腕が鈍らないように各自で鍛錬している。



 八日目の朝、鍛錬が終わってから材料を買いに、貴族街の商店が並ぶ大通りへ向かった。

 愛馬のエレノアで行ってもいいが、たまには長距離を歩いて体力低下を防がないとな。



 休養日に入ってから、訓練服かラフな格好しかしてなかったせいで貴族服が窮屈に感じる。

 しかも帯剣してないせいで落ち着かないな、王都の住人を少しでも怖がらせないようにと思って剣を置いてきたが、次からはやっぱり帯剣しておこう。



 しかし帯剣していないせいか、俺がヴァンディエール騎士団長だとまだ気付かれていないようだ。

 これまでだと「俺は騎士だ」というのを全面に出して、かなりオラついていたからな。



 えーと、買う物は砂糖とバターと小麦粉と卵……、あとはココアパウダーと油はあれば買うか。

 あ、型ってもしかして職人街に行かないとないのか?



 ぶっちゃけ服や装備以外、自分で買い物なんてこれまで来てなかったから、どこに何が売っているのかさっぱりわからない。

 馬車で通った時に、この辺に食料品扱ってる店が密集してた気がしたんだが。



 まるでおのぼりさんのようにキョロキョロしながら進み、看板に香辛料の文字が小さく書いてある店を見つけた。

 外から見たら何の店かわからないが、恐らく高価な香辛料や調味料を扱っているから、強盗防止に文字の読めない平民にわかりくくしているのだろう。



 ドアを開けると、カランとカウベルが軽快な音を立てた。

 音に反応して店主らしき恰幅かっぷくのいい男が振り向き、奥から出てきた幼さの残る二人の店員が棚の前に立つ。

 恐らくドアのカウベルも、店員も盗難防止策だろう。



「店主、砂糖五キロと、ココアパウダーもあるなら五百グラム、あと……」



「しょ、少々お待ちください! すぐに準備するんだ!」



 つらつらと買う物を告げると、店主は慌てて店員に言いつけた。



「あ~……、ツマミも作るかもしれないから塩と胡椒もあった方がいいか。店主、ミルに入っているものはあるか?」



「それでしたらこちらに別売りのミルがございます! ここにある小袋がぴったり入る設計ですので、こちらと一緒にどうですか? ちなみにこちらの小袋はただの塩ではなく岩塩でして、こちらもミルを使う仕様になっております。中身の名前を彫る事もできますし、あえてデザインが違う物を買って区別する方もいらっしゃいます。いかがでしょう?」



 見事な揉み手で商品を紹介する店主。岩塩はヒマラヤの岩塩のようにピンク色をしていた。

 確かヒマラヤ岩塩はミネラルが入っていて、抗酸化作用や血行促進とか色々効能があったはず。



「ではそれをもらおう、ミルはこれとこっちの二種類を。今日はこんなところでいいか……、会計を頼む」



「はい! すぐに計算しますので!」



 満面の笑みで代金を提示する店主に支払いをしながら、必要な物を扱っている店の場所を聞くと、店員の一人を案内につけてくれた。

 リピーターになってもらう狙いと、自分の店の店員に案内させる事で行った先の店に恩も売れるというような事を遠回しに言っていたので、かなりのやり手と見える。



 案内をしてくれたのは、十四歳のステラという少女……女性?

 他の商会の娘だが、勉強のために親の知り合いの店で働いているらしい。



 商会の娘というだけあって、店にも詳しく値段の交渉までしてくれた。

 これで菓子を作る材料と道具が全て揃った、この子に何かお礼をしてやりたい。



「案内をしてくれた礼にチップを渡したいのだが、受け取ってくれるか?」



「いっ、いいえ! そんな事をしては旦那様に叱られますので!」



 ステラは慌ててブンブンと手と首を振った。

 酒場や飲食店であれば受け取っただろうが、貴族相手の店だと店が十分な給金を払ってないと思われるのを避けるために、チップを受け取るのを禁止している場合が多い。



 結構歩き回らせたし、このままだと俺の気が済まないんだが……。

 あ、そうだ!



「歩いて喉が渇いたな。この近くに甘い物も食べられるカフェはあるか?」



「はい、それなら一本隣の通りにおすすめのお店があります。当店のお客様からもよく話題に出るんです」



「ほぅ、それなら期待できそうだ」



 案内してもらった店に到着すると、ステラは店の前で待つと言った。



「それは困るな。こんな店に男一人で入るには少し勇気がいると思わないか? これも接客だと思って付き合ってくれ」



「……わかり……ました」



 ためらいつつ返事しているが、にやける顔を抑えきれていないぞ。



「好きな物を注文してくれ、そしてどんな味か教えてくれると助かる。買い物の内容で気付いただろうが、菓子を作ってみようと思っているんだ」



「わぁ! お客様がお作りになるんですか!?」



「ああ、弟みたいな奴らがたくさんいてな、言う事を聞かせるためにご褒美をチラつかせてやろうと思っているんだ」



「ふ、ふふふっ、その方達は幸せ者ですね」



 結局ステラは生クリームたっぷりのフルーツケーキ、俺はチーズタルトのセットを注文した。

 結論から言うと、美味しかった。日本の高級店の味には届かないが、お菓子作りが趣味の人が作ったくらいのレベルでホッとする味だ。



 しばらくスイーツや雑談をしてカフェを出ると、ステラを店まで送り届けた。

 ちなみに値段はそれなりにいい食事と同等だった、そりゃあステラも食べ終わった時にホクホク顔してるはずだよ。



「今日は案内してくれてありがとう。店主にまた買いに来ると言っておいてくれ」



「はい! こちらこそありがとうございました! ……あ、お客様のお名前をお聞きしても?」



「ジュスタン・ド・ヴァンディエールだ。第三騎士団長の方がわかりやすいかもしれんな。それじゃあ」



 荷物は全て魔法鞄マジックバッグの中なので、身軽に宿舎へと足を向ける。

 後方から俺の名前を呟いてから聞こえたステラの驚きの声は、聞かなかった事にしておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る