第26話 祝杯?
カポカポと耳に心地よい音と共に、王城から宿舎へと続く石畳を愛馬で移動する。
晩餐が終わった時にはすでに空は暗く、雪が降ってもおかしくないくらいヒンヤリとしていた。
「疲れましたね……」
白い息と共に、オレールが力なく呟く。
「そうだな。だがまぁ、その分収穫があったと思えば……な?」
「そうですね……。しばらく遠征もなさそうですし、予算もたっぷりいただきましたから、耐えた甲斐があるというものですよ。それにしても、王太子の態度は酷かったですね、あんな感じでしたっけ?」
「これまで騒ぎを起こしていた俺の代わりに騒いでくれていたのかもな。無駄に正義感の強い奴って、自分の正義を振りかざせる相手がいないと、ただの暑苦しい奴なんだって周りに知らしめたかったんじゃないか?」
「ははは、確かに暑苦しいと言えますね」
宿舎に到着すると、厩舎番に馬達を預けて魔導具で暖かな屋内へと入る。
さっきまで寒さで肩に入っていた力が抜けてホッとする、今夜は部屋で祝杯でもあげるか。
玄関から正面にある階段から自室に戻ろうとすると、ちょうどカシアスが下りて来た。
「あっ、団長、副団長おかえり! 褒美はたっぷりもらえたか!?」
「ああ、お前のおかげでスタンピードがあった時に支払う、莫大な支援金が浮いたわけだからな。予算を増やしてもらったから、これからもずっと食事は美味いままだし、老朽化した宿舎の改築費用ももらえたから大浴場をもっと広くしたり、シャワー室を別に作ったりも可能だぞ。特別にお前の意見を取り入れてやろう」
「だったらシャワー室! 夏なんて浸からなくていいから、汗だけ流したい時もあるのに入れねぇ時もあるし。
「はは、優しいじゃないか。わかった、シャワー室を作ろう。それじゃあ俺は休む、みんなには明日報告しよう」
すれ違いざまにぐりぐりと頭を撫でて自室へ戻った。
洗浄魔法をかけて夜着に着替えると、今夜飲む酒を選ぶ。
その中でも高級な蒸留酒を手に取り、グラスに魔法で氷を創り出した。
キュポンとコルクを抜き、酒を注ぐとパキパキッと音を立てて氷にヒビが入る。
「あ……、そういえばツマミ……はこれでいいか」
スタンピード対策で東の森の遺跡に行く時に作ってもらった弁当が、ほとんど残ってたんだよな。
弁当箱はあの時専用に発注した物だから、今後厨房で使ってもらうのもいいかもしれない。
次の遠征の時に一食でもストックがあれば、雨の日の野営で調理しなくて済むから、
あとは宿舎の改築する箇所を考えておかないとな、大浴場の横に増設するか、サロンを潰してそこに作るか。
グラスを傾けると、冷たくて熱い液体が胃に落ちる。
しかし酔っ払った記憶がないから、かなりの酒豪に生まれたようだ。
「とりあえず使っていない物置をミニキッチンにしてもらうか。菓子作りするたびに厨房を借りるわけにはいかないからな。けど……、あいつらが甘い物好きだなんて意外だな、ククッ」
食べているところを見た事がなかったが、それは単純に高価だから食べられなかっただけとは。
確かに胡椒の次に高価な調味料は砂糖かもしれない。
それでも胡椒に比べたらうんと安いが。
そんな事を考えていたらドアがノックされた、正確にはドンドンと叩かれている。
オレールなら普通にノックをするから、きっとシモンかガスパール辺りだろう。
「鍵は開いているぞ」
そう言った途端に、勢いよくドアが開いた。
「団長! シャワー室作るって本当……って、いい物食ってる!! オレも食いたい!!」
予想通り、部屋に来たのはシモンだった。
どうやらカシアスに話を聞いて確認しに来たのだろう。
「わかったわかった、だから大きな声を出すな。もう寝ている奴もいる時間だろう」
「おっと……へへ。だって団長が美味しそうなの食べてるからさぁ。それにその酒、高いやつじゃねぇ?」
「ああ、数日分の給金が飛ぶくらいにはな。今日は色々大変だったから、自分へのご褒美というやつだ。王族の相手というのは気を使って仕方ない、はぁ……」
見えやすいようにグラスを掲げると、カランと氷がグラスを鳴らした。
「ひぇ~、オレ平民でよかったぁ! 団長と副団長以外の貴族だけでも嫌な思いさせられてるのに、王族なんてもっと酷そうだもんな」
「酷いかどうかは人によるが、気が抜けないのは確かだな」
特に女性は直接攻撃でなく、外堀を埋めるように気付いたら逃げ場のないような攻撃の仕方をするから怖い。
王妃や側妃はその典型だ。
陛下は逃げ道があると思わせておいて、逃げた先が最悪の選択、という何通りもの先手を準備しておくタイプだから、逆らう方がバカというやつだな。
「とりあえず大変だったっていうのはわかったぜ。じゃあお疲れ様って事で乾杯しないとな!」
ニカッと笑うシモン。
お前この高い酒飲みたいだけだろう。
この夜、シモンは弁当ひとつと三杯のグラスを空けて自室に戻った。
俺は空になった酒瓶を眺めながら、これは祝杯だからと自分に言い聞かせるしかなかった。
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