第25話 王家の晩餐

 食堂に到着したものの、俺達以外はまだ誰も来ていなかった。

 陛下は多忙だから、待つのも臣下の仕事のひとつだと思えばいいか。



 晩餐の席ではやはり俺と話をするつもりなのか、陛下の隣の席に案内された。

 いわゆるお誕生日席が陛下で、俺達の向かいにはきっと王妃が座るのだろう、正式なマナーを忘れていないか反芻はんすうする。



 しばらくすると王妃と第二王子、第三王女の親子が来て、すぐに側妃と第一王女と第二王女、そして第三王子が来た。

 つまりは王妃と側室には三人ずつ子供がいる、しかも王妃が末っ子を産んでいるので夫婦仲は安泰のようだ。



 挨拶が済むとオレールの隣に王子や王女が座り、向かいに王妃と側室が座った。

 なごやかそうに見えてピリついている気がするのは、気のせいだろうか。



「ところで……、ヴァンディエール騎士団長の上着はどうなされたの?」



 世間話をしている合間に、王妃が聞いてきた。

 これは正装で来るはずの家臣が、着崩して晩餐に現れた事への嫌味だろう。



「申し訳ありません。途中で困った事になっている令嬢に遭遇しまして、上着をお貸ししたのです。騎士として己の体裁より優先すべきと判断したので、ご容赦いただけると幸いです」



「あらまぁ、ヴァンディエール騎士団長がそのような事を? 随分性格が変わったと報告があったと聞きましたが、本当だったのかしら?」



 王妃はそう言ってチラリとオレールを見た。



「確かに……、タレーラン辺境伯領にいる間に団長は変わりましたね。第三王女よりもうんと小さな淑女に慕われるほどに」



「ほほほ、ヴァンディエール騎士団長が子供好きだなんて初耳ね。謁見の間でディアーヌ嬢に視線も送っていなかったようでしたし、宗旨替えした……なんて事はなくて?」



「んぐふぅ……っ、し、失礼しました……」



 王妃の言葉に噴き出しそうになったのは、俺ではなくオレール。

 俺がロリコン扱いされたのがそんなに面白かったのか。



「気まぐれに善行をしたら、その家の子供に懐かれただけですよ。タレーラン辺境伯令嬢に関しては、こんな言い方は失礼かもしれませんが、興味を無くした、といったところです」



 俺の返事に、その場にいた王族全員が興味深そうに凝視してきた。

 これまでずっと執着していた姿を見ていたから、当然の反応かもしれないが。



『それはアイツの上着だろう! なぜ君が持っているんだ!?』



 唐突に廊下から聞こえた声は、エルネストのものだった。

 何やらしばらく話し声がして、すぐに陛下とエルネスト、そしてディアーヌ嬢が入って来た。



「待たせたな」



 陛下が入って来た事により、全員が立ち上がる。

 するとすぐにディアーヌ嬢とその侍女が俺の元へ来た。



「先ほどはありがとうございました。晩餐の席ですし、お言葉に甘えてそのままお返しします事をお許しください」



 ディアーヌ嬢の言葉に続いて、侍女が手にしていた上着を着せてくれた。



「汚れがついてない事は確認済でございます。ありがとうございました」



 ヒソヒソとお礼を言うと、侍女はそっと壁際に下がる。



「どういたしまして。これまで色々迷惑をかけてきたのだから、少しでもお詫びになったのなら嬉しいが」



「そなたは本当にヴァンディエール騎士団長か? まるで別人だな」



 俺とディアーヌ嬢達とのやり取りを見ていて、陛下が目を瞬かせた。

 そんな陛下の反応に、王妃が笑う。

 


「ほほほ、先ほどわたくし達もそのお話をしていたのです。まるで誰かと中身が入れ替わったかのような変わりぶりですわ。困った事になっていた令嬢というのはディアーヌ嬢の事でしたのね」



「本当に興味深い、食事をしながら色々聞かせてもらおうか」



 陛下が席に着き、俺達も座ると次々に料理が運ばれてきた。

 そして予想通り、味付けはしっかりしているものの、どうしても今ひとつ足りない。

 オレールは緊張で味がわかってなさそうだが。



 食事の間、タレーラン辺境伯領での話を求められ、魔物が増えてきた事からスタンピードを予測してから解決までの事を話した。

 食堂内にいたエルネスト以外の人達は、全員目を輝かせて俺達の話を聞いている。



 特に王子や王女達は、王城から普段出られないせいか、もっと他にもと話をせがまれた。

 オレールがさっきクロエの事を言ったせいで、マルクと出会ったところから話をさせられる始末だ。



 食堂内で俺の株がグングン上がっているのに反比例して、エルネストの機嫌が急下降しているのがわかった。

 これは晩餐が終わったら早々に引き上げた方がよさそうだ。



 会話の途中でなんとか褒美の話題を練り込み、休養期間と予算増額の他に、老朽化した宿舎の改築費用も約束してくれた。

 叙爵の話も出たが、今回の大手柄はカシアスだった事もあり、見送らせてもらった。



 王妃と側妃が自分と縁づいている令嬢を押し付け……紹介しようと狙っている気がしたからというのも理由のひとつだが。

 今は俺の結婚より、部下達の教育をしっかりしたいしな。



 目標は王都の子供達の将来なりたい職業ナンバーワンが、第三騎士団と言われるようにする事!

 そのためには多少粗野でも、礼儀正しい行動をとれるようにしてやらないと。



 そのためには飴と鞭……。何かあいつらが喜ぶ物があれば、それを餌に躾けられるんだが。

 そう思っていたら、答えは晩餐の最後にあった。



「あいつらが見たら羨ましがるでしょうね。砂糖をふんだんに使った菓子なんて高級品ですから、簡単に手がでませんし」



 ヒソヒソと俺にだけ聞こえるようにそう囁いたオレール。

 改築の時に、お菓子作り専用のミニキッチンを増築するか。

 もらえる物をたっぷりもらう約束をした俺達は、晩餐後エルネストに絡まれる前にサッサと退城した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る