第15話 出発報告

 翌日、タレーラン辺境伯から呼び出しを受けた。

 用件はわかっている、スタンピードの事だろう。



 家令の案内で執務室へ通された、前回と違うのは辺境伯の後ろに並んでいる騎士の数だろうか。

 今回はクレマン辺境騎士団長だけだったのだ。



「呼び出してすまないな」



「いえ、私もお伝えする事があってお会いしたかったのです」



 お伝えしたい事、と言うと辺境伯はピクリと眉を動かした。



「伝えたい事とは何だね?」



「クレマン辺境騎士団長から話を聞いたのであれば、恐らく辺境伯が話したい用件と同じだと思いますが……。我々第三騎士団から二小隊が、スタンピード対策として今日から森へ向かいます。幸い発生源の大体の位置が予測できていますから、上手くいけば二度とこの地でタンピードは発生しなくなるでしょう。今回の作戦では私も出ますので、その間第三騎士団の指揮は副団長のオレール・ド・ラルミナに一任します」



「なんと……! ここがタレーラン辺境伯領と呼ばれる前から何度もスタンピードで滅んでいた事は知っていたが……、まさか私の代で発生するとは思っていなかった。しかし、スタンピード発生直後に邪神の欠片を破壊する事ができるのであれば、被害は格段に減るだろう。…………よろしく頼む」



「辺境伯!?」



 驚きの声を上げたのは俺ではなくクレマン。

 なぜなら辺境伯が立ち上がって俺に頭を下げたのだ。



「無責任にお任せくださいとは言えませんが……、被害が最小限になるように最善を尽くすとお約束します」



「その言葉だけでも十分だ」



 そう言って辺境伯は右手を差し出した。

 握手に応じると、とても力強く両手で握られたが、実はこの時が辺境伯と初めての握手だったりする。

 これは俺に対する評価が、少しはよくなったと考えていいのかもしれない。



 クレマンが異様に悔しそうにしていたので、詳しい作戦は伝えずに執務室を出た。

 嫌われ者の……、いや、自分が嫌っている俺が辺境伯に認められるのが嫌だったのかもしれない。



 宿舎へ戻る途中、名前は憶えていないが辺境騎士団の者とすれ違った。

 俺を避けるようにコソコソと立ち去ったが、そんな対応はいつもの事なので気にならない。

 ……ちょっとむなしいが。



 宿舎に到着すると、俺の隊とエリオット隊が揃っていた。

 全員やる気満々で待機している、俺の部下達って本当に血の気が多いな。



「各自携帯食と水とポーションは持っているな? 俺は今から食堂で料理を受け取ってくる、お前達は先に武器の最終確認をして訓練場前で待機だ」



「「「「「「「「「はいっ」」」」」」」」」



 これまでの俺なら味は二の次で、携帯食だけ持って森へと向かっていただろう。

 だけど今の俺は食事でやる気が変わるのを知っているから、料理長に弁当を三食四日分頼んでおいた。



 その事を今回作戦に出る部下達に伝えると、そりゃもうケーキを作ってあげた時の弟達みたいに喜んでほっこりしたくらいだ。

 食堂へお弁当を受け取りに行くと、同じ容器がズラリと並んでいて、端っこに弁当にしては妙に大きい木箱が置いてあった。



「料理長、頼んだ料理を受け取りに来た。ここに置いてある物でいいか?」



「はい! 三食四日分を十人分で百二十食作っておきました! ヴァンディエール騎士団長の魔法鞄マジックバッグは時間遅延ですから、安心して預けられますね。こちらが先ほど完成させたばかりの熱々の方が美味しい物ですので、こちらから収納をお願いします。あちらはサンドイッチやパンを使った物になってますので、後でも大丈夫ですよ」



 料理人だけあって、美味しく食べられるように考えてくれたようだ。

 香辛料やハーブの供給を増やしたせいか、俺への好感度が爆上がりしているので余計によくしてくれているのだろう。



「わかった、ありがとう。……ところであれは?」



 魔法鞄マジックバッグに弁当を収納しながら、気になった木箱を指差す。



「あれは……、さっき本邸から届けられた物なんです。なんでもヴァンディエール騎士団長への差し入れだとか。ですが今は本邸と宿舎では味付けが違うので、きっとヴァンディエール騎士団長や皆さんの口には合わないと思うんですよねぇ」



 悩まし気にため息を吐く料理長に、解決策を提案する。



「だったらそのまま辺境騎士団に差し入れてやればいい。もし何か言われても、俺達が出て行った後だったから渡せなかったという事にしておけば問題無いだろう。宿舎にいる怪我人が食べるには重いだろうし、第三騎士団が出払っていて、傷んでしまうのはもったいないからとでも言って届けさせろ。辺境騎士団用の訓練場なら休憩の時に食べるだろう」



「なるほど、確かにそうすれば無駄になりませんね。ありがとうございます」



「いや、料理人として料理を捨てるのは忍びないだろう?」



「ヴァンディエール騎士団長……、そこまで考えてくださっていたのですね……」



「ああ、いや、まぁ……。弁当の準備、助かった。残る団員達の食事を頼んだぞ」



 弟達に食べ物を粗末にするなと教えてきたからとは言えず、目頭が熱いと言わんばかりの表情をする料理長から逃れるように食堂を出て部下の待つ訓練場へと向かった。

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