第13話 クレマン辺境騎士団長

「ここにいるが」



 なんでこの人めちゃくちゃ怒っているんだ?

 スタンピードの件で来たのなら、憶測で物を言うなとか、そんなところだろうか。



「ヴァンディエール騎士団長! 貴殿は一体何を考えているんだ! スタンピードなどここ百年以上起こってないのだぞ!? 今更起こらぬだろう!」



 予想より頭の悪い意見だった。

 百年起こってないからって、むしろ百年前にあったのならいつあってもおかしくないって思えよ。



 それともあれか? 自分が騎士として体力が衰えてきている年齢だから、あってほしくないという願望から言っているのかもしれない。

 年齢は聞いた事ないが、恐らく四十代なかばくらいだと思う。



「はぁ……。百年なかったからこそ、今起きようとしていると、なぜ思わないんだ? スタンピードは百年から三百年周期で起こると歴史で習って……はいないのか。チッ、平民にも歴史を学ばせるべきだろ! はぁ……、ともかく、ここ最近の魔物の数はただの大量発生というには多過ぎると思わないか? 実際今日、俺の部下達が・・・・・・十人で行動していたにも関わらず、全員が怪我をして戻ったのだ」



 平民からの叩き上げで出世した騎士団長なので、年上だろうと身分的にも役職的にも俺の方が上になる。

 前世の俺そのままだったら絶対敬語で話すところだが、ジュスタンの記憶のおかげで普通に偉そうに話せるな。



「第三騎士団の精鋭十人でも……!?」



 通常であれば、辺境伯領の騎士団員十人で辛勝できる魔物でも、第三騎士団の五人一組の小隊で怪我もなく戻って来れる。

 そんな実力差がある精鋭が十人でもボロボロだと聞いたら、そりゃ動揺するよな。



「だから辺境伯に進言したんだ。すぐにでも市壁しへきほころびがないか確認して、見つけ次第修復する事を勧めるとな」



 確か侯爵家で家庭教師から、町を取り囲む市壁が壊れた箇所から小型の魔物が入り込んだせいで、住民がパニックを起こして大混乱……なんて事が多かったと聞いた。



 ただでさえ部下達が完全回復する前にスタンピードが起こるというのなら、少しでも対策ができるのならやっておいた方がいい。



「く……っ、それで何も起こらなかったらどう責任を取るつもりだ!?」



「……責任? 俺は可能性を提示しているだけで、判断するのは辺境伯の仕事だろう? 仮に何も起こらなかったとしても、市壁を修繕して辺境伯領の損にはなるまい? いったい何の責任が俺にあるというのだ? 辺境伯もこのタレーラン辺境伯領以外での歴史も学んでいるのなら、俺と同じ判断を下すと思うがな」



「…………邪魔をした」



「ああ、早急にスタンピードを前提とした騎士と兵の編成を組みなおす事を勧めておくぞ」



 悔しそうな顔できびすを返したクレマン辺境騎士団長の背中に、素直に聞くかわからないがアドバイスを送っておいた。

 数体ずつの魔物と戦うのと、集団の魔物と戦うのでは戦略も変わってくるからな。



 玄関が静かになったところで、そろそろ治療が終わった頃だろうと救護室へと向かった。

 回復の状態を見て、後方支援ならできるのか、それとも安静にさせておくべきか考えないと。



「邪魔をするぞ」



 宿舎の一画にある救護室に入ると、奥にある五台のベッドにぐったりとした部下達が寝ていた。

 俺が入った瞬間、治癒師だけでなく、部下達も緊迫した表情で身体を起こそうとして痛そうに顔をしかめている。



「ああ、いい。無理をせずに寝たままでいろ」



 俺がそう言うと、全員の動きが一瞬止まった。

 本来なら「情けない」とか、「それでも俺の部下か」とか暴言が飛び出してるところだもんな。



「こいつらの状態を教えてくれ。何日休ませればいい? リハビリは必要か?」



「……えっ? あ、ああ! はい! 自室にいる方々は三日ほど激しい動きを控えていただければ大丈夫です。ただ、ここにいる方々は三日間はベッドで、一週間後から少しずつ様子を見ながら身体を動かした方がいいかと」



 俺を治療してくれた治癒師が答えてくれた。



「わかった。ではお前たちは三日間ここでこのまま世話になれ。様子を見に来られる時は来るから、いい子で大人しくしているんだぞ」



「「「「「…………」」」」」



 なぜか目玉が飛び出んばかりに目を見開いている部下達。

 …………あっ! 今俺、弟達が風邪を引いて寝てる時に言う決め台詞ぜりふ(?)を口にした!?

 よし、何事もなかったかのように、このまま去ろう。



「では部下達を頼んだぞ」



「はい、お任せください」



 そう返事した治癒師が笑顔なのは、ただの愛想笑いだよな? 

 俺に対して微笑まし気に微笑んでいるわけじゃないよな!?



 おっと、そんな事を気にしている場合じゃない。

 クレマン辺境騎士団長に言った編成の組み直しをしなければならないのは、第三騎士団こちらも同じだ。

 今度は副団長のオレールの部屋へと向かう。



『絶対おかしいって! あの時頭をぶつけておかしくなったとか!?』



『いやぁ、案外あの時の魔熊が呪いスキル持ってて呪われたせいだったりして』



 オレールの部屋から聞こえてきたのは、アルノ―とシモンの声。

 よーし、二人にはスタンピードで今回動けない部下達の分までた~っぷり働いてもらおうか。



 俺は笑顔を作ってオレールの部屋のドアをノックした。

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