第12話 前兆

 町の見回りと店に発注する仕事を終え、昼休憩のために宿舎へと戻ってきた。

 大体は昼に鳴る鐘の音を頼りに戻って来るが、全員騎士がいなくなるとその時間を狙って犯罪が起きやすくなるので時間差で戻って来る隊もいる。



「あ~、腹減ったぁ! あっ、あそこに見えるのは先に戻ったフロランじゃねぇか! いいよな~、事務官はすぐに昼飯にありつけてよ~」



「こら、フロランに絡むんじゃない。俺達とは違った仕事で大変な思いをしているんだぞ。なんなら何日か事務官の仕事を体験してみるか?」



「ヒェッ! 無理無理! 絶対やらねぇ!」



 午前中に発注仕事が終わって先に宿舎へと戻ったフロランに対し、シモンが絡みに行こうとしたので窘める。

 シモンの性格上、絶対に書類仕事なんて無理だろう。

 フロランも俺がシモンを止めた事に、あからさまにホッとしていた。



「ふふっ、ヴァンディエール騎士団長、ありがとうございます。先ほど料理長に書類を渡して説明しておきましたので」



「そうか、ご苦労。我々の事は気にせず食事を続けてくれ。ほら、行くぞシモン」



「へいへい」



 部下達とカウンターへ昼食を取りに向かうと、事務官達のいるテーブルから、あれは本当にヴァンディエール騎士団長かという声が聞こえた。

 今は驚かれているが、今後はこういう俺が当たり前だと思ってもらえるようにしないとな。



 パンとスープを受け取り、あとはテーブルに盛ってある果物といういつもの昼食。

 今日はソーセージ入りのスープらしい。

 そのまま食べようとしたら、部下達が期待に満ちた目で俺を見ていた。



「…………わかった。だが胡椒が粒のままだから乳鉢と」



「乳棒も借りてきますね!」



 従騎士スクワイアのマリウスがサッと立ち上がると、厨房の方へ小走りに向かった。

 わかりやすい部下達の態度に思わず笑ってしまう。



「ククッ、存外お前達も食いしん坊だな。これまでよく食べるとは思っていたが、そんなに食いしん坊だったか?」



「笑った……、じゃなくて。そりゃ腹が減ってるから食うけど、美味いからもっと食いたいと思ってるわけじゃなかったからさ。けど、団長が昨日食わせてくれたスープ、あれは美味いからもっと食いたいと思う味だったぜ」



 シモンがズイっとスープ皿をこちらに押し出しながら言った。



「今夜からでも美味いと思って食べる食事に変わるんじゃないか? 実際控えめな味付けでも、ソーセージや他の具材の味で美味しく食べられるように考えてくれているんだから感謝して食べろ」



「ほぇぇ……、団長の口から感謝なんて言葉が出るなんて……」



「何か言ったか?」



 アルノ―をジロリと睨むと、慌てて視線を逸らした。



「いやいや、何も! あっ、ほら、マリウスが戻って来たよ!」



 こんな反応は今だけだと自分に言い聞かせ、マリウスが差し出した乳鉢に数粒の胡椒を入れると自主的にすり潰し始める。

 随分積極的だな、オイ。

 そんなこんなで食事も終わりに差し掛かった頃、にわかに宿舎の入り口の方が騒がしくなった。



「何事だ?」



 立ち上がり、様子を見に行くと、入り口に血塗れの副団長のオレール達。

 二小隊で森の魔物を間引きに行ったのか、十人全員が怪我をしている。



「すぐに治癒師を呼べ! 怪我人が十名だと伝えるんだ! オレール、何があった?」



 比較的怪我は軽そうだが、それでも騎士服が血塗れだ。

 全員玄関にへたり込んでいるので、少しでも話しやすくなるようにオレールに治癒魔法をかけながら聞いた。



「あ……、ありがとうございます。東の遺跡のある辺りに魔物が妙に増えていまして、何とか討伐したものの……ご覧のありさまです。死者が出なかったのが救いですね」



 オレールは自嘲気味に笑ったが、俺は東の遺跡という言葉に引っ掛かりを感じていた。

 小説で何か……ジュスタン騎士団長が関わってたような……。



 ただ、過去のエピソードとして出てきただけだから、あんまり覚えてない。

 えーと、えーと……、あっ! 怪我の完治してない部下達を森に行かせて、その時スタンピードが発生したせいで約半数の部下が遺跡のある森で全滅したっていうやつだ!



 確か副団長がその時に死んだから、王都に戻った時、新しく就任した副団長が王太子の部下だったんだよ!

 多くの部下を亡くしてやさぐれているところに、追い打ちをかけるために暗躍してたのがその副団長なんだよな。



「とにかくよく生きて帰って来た。恐らくここ最近の魔物の増え方からしても、大氾濫スタンピードが発生する前兆だろう。マリウス! すぐに執務室へ行って事務官から辺境伯に大氾濫スタンピードが間もなく発生する事を伝えさせろ!」



「はいっ」



 確か小説だと、自分達だけでなんとかできるという過信から部下を犠牲にしたんだっけ。

 みんなが頼っていた副団長を見殺しにしたも同然だと、生き残った部下達からの信頼も無くしたんだよな。



 さすがにそれがわかっていて、辺境伯に協力してもらわないという選択肢はない。

 しばらくすると、非番の治癒師も含めて三人の治癒師が、来たが手が回らないため、重傷者だけ救護室へ運び込んだ。



 比較的軽症の者は治癒ポーションを飲ませ、その場にいた騎士達が各自の部屋へと連れて行った。

 傷はある程度塞がるものの、身体に受けた衝撃などのダメージは残るのでみんなフラフラだ。



 この影響が残ってる期間って事は、すくなくとも一週間以内だよな。

 以前の俺なら翌日でも行けと言いそうだ。

 だが準備があるから明日の可能性は低い、明後日辺りが怪しいか。



「ヴァンディエール騎士団長はいるかっ!?」



 各部屋へみんなが行き、一人で玄関で考え込んでいたら、辺境伯領の騎士団長がいきなり現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る