第11話 発注

「続きって何の事ですかねぇ……?」



 さっきお兄ちゃん発言をした部下のガスパールが目を逸らしながら言った。

 お前普段敬語なんか使わないだろ、わかりやす過ぎる。



「さっきのお……、お兄ちゃん……って言った話だ……」



 くっ、これまでのジュスタンとしての記憶があるせいで、こいつらの前でお兄ちゃんという単語を出すのがもの凄く恥ずかしい!



「うわっ、団長が照れてる!」



「照れてなどいないっ!」



 ガスパールが驚愕の声を上げ、思わず反論する。

 思わず殺気がこもったせいで、全員が黙った。



「で、誰が貴様らに話したんだ!?」



「あ、言ったのは本当なんだね」



 小声で漏らしたアルノ―を睨むと、サッと目を逸らした。



「誰がっていうか、皆が話しているのが聞こえてきたんだよ。たぶん第三騎士団の全員が知ってるんじゃねぇ?」



「な……!」



 危うく膝から崩れ落ちそうになったが、何とか踏みとどまる。

 これまでの記憶がある分、こいつらの前でみっともない姿は見せられない。

 しかし、追い打ちをかけるようにシモンが話を続けた。



「いや~、その時も団長が赤くなってたって聞いた時は絶対嘘だろって思ったけどよ、今の団長見て本当だったんだなぁって確信したぜ。ははははぅわっ、いててて! 何すんだお前ら!」



 黙り込んだ俺を見て、他の奴らがシモンを叩いたり蹴ったりしていさめ(?)ている。

 再び殺気の漏れ出した俺を見て慌てたせいだろう。



「フン」



 不快の意思表示だけして、部下達を置いて薬屋へと向かう。

 背を向けると数回ペチペチと叩く音の後に、全員ついてきたようだ。



「お前達はここで待て、全員入ると狭いからフロランと俺だけで話してくる。フロランは薬屋の店主とは顔見知りだろう?」



「は、はい! 騎士団のポーションや薬草はここで買ってますから!」



「よし。お前達、間違っても通行人や薬屋の客を威圧したりするなよ?」



 部下達に注意すると、あからさまにつまらなそうな顔をした。

 危ない、釘を刺しておいてよかった。

 ヤンチャなこいつらは、遊び半分で周りを脅かすからな。



 薬屋に入ると、店主が俺の顔を見て固まった。

 前回と違って騎士服のまま来たから、何かの容疑でもかけられたと思ったのかもしれない。



 だが、フロランの顔を見てホッと息を吐いた。

 もしも容疑者を連行するなら、事務官は必要ないからな。



「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」



 交渉は基本的にフロランに任せる、今後のやり取りも丸投げするつもりだからな。

 顎で促すと、今回注文する物が書かれた紙を持って前へ出た。



「あの、今後領主館の騎士団宿舎の方へ、定期的に追加で納品してもらいたい物があるんです」



「ほぅ、何をどれだけでしょう?」



「とりあえず今回はこちらを……。今後は多少数量が前後するかもしれませんが、継続的に発注する予定です」



 継続的、の言葉に店主の顔がパァッと明るくなった。

 しかし、渡された紙を見てその表情はガッカリしたものへと変わった。

 恐らく高価なポーションが売れると思ったのだろう、実際は安く売っているハーブ類だけだ。



「これを救護室へ……じゃないですね。届け先は……と、えっ、厨房へですか!?」



「ええ、ヴァンディエール騎士団長が新たな活用法を教えてくださいまして、料理人や騎士達がぜひにと」



「ヴァンディエール騎士団長が……ですか?」



 店主はぽかんと口をあけて俺を見た。

 貴族である俺が料理とは縁遠いというのが一般常識だ、店主の反応は当然だろう。



「何なら活用法を料理人達から聞けばいい、べつに秘密にする気はないからな。むしろ広めてもらって、美味い料理屋が増えるなら大歓迎だ。そうなれば店主よ、それなりに儲かるだろうから、騎士団宿舎へ納品する分はしっかり勉強してくれるだろう?」



「ヒッ! もっ、もちろんです!」



 あれ? ニッコリ笑ったつもりだったが、どうやら怖かったらしい。



「運び込むのは宿舎の厨房でいいので、明細書も料理人に渡してください」



「わかりました、この量でしたら今日中にお届けできると思います」



「それでしたら、夕食の仕込みが始まる前にしていただけると色々と平和になるのでお願いします」



 すがるような目で店主を見るフロランの様子に、店主は色々を察したのか、しっかりと頷いた。

 薬屋を出た後、次に向かった香辛料の店では、外から部下達の存在を存分にアピールしつつ、穏便に・・・値下げ交渉ができた。






[薬屋前 side]


「ちょっとシモン、いい加減笑うのやめなよ。団長が店から出て来たらどうするのさ」



 ジュスタンがフロランと薬屋に入ってから、シモンが声を出さずにずっと肩を震わせているのに対し、アルノ―が肘でつついてたしなめた。



「だってよ、団長が泣いた時もヤベェって思ったけど、今度は自分でお兄ちゃんって……クククッ、しかも赤くなって……ププッ」



「俺はこの目で見てないから、団長が泣いたなんてずっと信じてなかったけど、さっきの団長を見ると信じられるな」



 先ほど照れながらお兄ちゃん発言をしたジュスタンに、思わず驚きの声を上げてしまったガスパールが真剣な顔で頷いた。



「ちょっと! それこそ団長に聞かれたら僕達がどうなるかわからないんだから、もう口に出さないでよね!」



「お前……、もし団長に聞かれたらオレール副団長に聞いたって言えよ。間違ってもオレ達が言った事バラすなよ!」



「わ、わかった、もう言わない」



 アルノ―とシモンの二人がかりで詰め寄られ、ガスパールはコクコクと頷いた。



「だけど、本当にこの数日、団長が別人みたいに見えますね。さっきも子供に対して笑顔見せてましたよ? いつもみたいな見下すような笑みじゃなく」



 ジュスタン隊唯一の従騎士スクワイアであるマリウスが、窓ガラス越しにジュスタンを見ながら呟いた。

 十六歳というジュスタン隊最年少でありながら、一番の毒舌家である。



「それ! マジでビビったぜ! 団長はいっつもこ~んな顔で笑ってんのによ!」



 シモンが口の端を上げ、少し上を向いて目線だけを下に向けてニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。

 しかし他の仲間達はそっぽ向いて何のリアクションしてくれず、シモンが首を傾げた時、背後から声が聞こえた。



「ほぉぉ、その顔を俺にも見せてもらおうか?」



 そんなジュスタンの言葉に、シモンはまるで錆びついたブリキのオモチャのように、ギ・ギ・ギと音が鳴りそうな動きで振り向いた。

 その視線の先には、正に先ほど自分が真似した笑みそのままのジュスタン。



「あ、いや、ほんの冗談だから……」



 いつもならさやに入ったままの剣で滅多打ちにされるところを、これまで見た事のないこぶしで頭を挟んでグリグリするというお仕置きをされるシモンだったが、仲間達は誰も助けようとはしなかった。

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