第3話 買い物

 厨房に置かれている調味料と香辛料をひと通りチェックし、帯剣だけして私服で街へと出かけた。

 俺の姿を見ると、皆一様に怯えた顔をして足早に通り過ぎて行く。



 これから少しずつ認識を変えてもらえるように、行動で示すしかないな。

 幸い領都の中も見回りをしているから、誰かに道を聞かなくても目的の店の場所はわかる。



 風と同じく冷たい住人の視線を浴びながら、商店街へと向かう。

 市場で売っている食材と違い、調味料や香辛料は高級品なため、商店街の店舗に入った。



 俺が店に入ると、店主はあからさまにギョッとしていたが、さすが商人なだけあってすぐに愛想笑いを浮かべた。



「これはこれはヴァンディエール騎士団長、何かございましたか?」



「……買い物に来ただけだ」



「え? あの、ここには武器などは置いてませんよ? この通り主に香辛料などを取り扱っている店ですので」



 店主が戸惑うのも仕方ない。宿舎には料理人もいるし、野営で使う食料関係は全て料理人が準備するからな。

 ましてや貴族の、昨日までの俺が見たとしても、どれがどんな味するのかすらわからなかっただろう。



「わかっている、少々店内を見せてもらうぞ」



「はい、どうぞご覧ください。何かありましたらお声をかけていただければご説明しますので」



 店内にある香辛料は輸入品なせいか、かなり置いてある量も少ない。

 海に面してないから塩も高いな……。そういや黒胡椒って同じ重さの金と同等の価値……って、高ぁ!!



 幸い俺に趣味が無くて、お金がありあまっていたから大丈夫だったが、平騎士だったら項垂れて帰るレベルの値段がズラリだ。

 多めに持って来て正解だったな。



 ここの領地は塩と胡椒、ナツメグとシナモン……も買っておくか。

 残念ながらカレーを香辛料から作った事ないから諦めよう、なんとなく必要な物の名前は知ってるが。



 店主に声をかけて今日買う分を量ってもらう、この世界は基本的に量り売りなのだ。

 日本だと千円以内に収まりそうな量に対し、俺の月収ほどの金貨を出した。



「店主、タイムやローズマリーといった物はどこで手に入る? ここには無いようだったが」



「そりゃそうですよ、その二つは薬屋に置いてある物ですからね」



 薬屋……、そうか、ハーブって鎮静効果あったりするから、薬みたいに使われてたって何かで見た気がする。



「そうか、わかった。……また来る」



「はい! お待ちしております!」



 俺を上客と認定したらしい店主は、満面の笑みで俺を見送った。

 商品は剣帯に付けてあるウエストポーチタイプの魔法鞄マジックバッグに入れてあるが、馬車一台分の容量で王都に屋敷が買える値段だ。



 時間停止機能の物は存在しないが、時間遅延効果で一年経っても半日ほどしか魔法鞄マジックバッグの中の時間は進まない。

 高級品だけに付与されている魔力登録で俺にしか使えないから、人に見られて困る物は全てこの中だ。



 というわけで、何を買っても人に見られる心配はしなくていい。

 今度は薬屋に向かって歩き出した。



 時々見回りをしているこの領地の騎士を見かけるが、俺に気付くとすれ違わない脇道へと入って行く。

 彼らに対しても散々嫌味な事言ったからな、また嫌味を言われると思って避けたのだろう。



 やはり王都に帰るまでに第三騎士団への認識を変えないとダメだな。

 確か北の辺境伯の領地から王都に戻った時に、辺境伯からの抗議文が王城に届いたのがきっかけで、王妃教育で王城にいた王太子主人公の婚約者が謁見の間で俺を責め立てて……、後に闇堕ちした俺に襲われて純潔を散らしたはず。



 俺はやらないけどな!?

 襲った時は暗くて証拠が無かったが、王太子は犯人が俺だと確信を持って追い詰めるようになるんだ。



 辺境伯領ここに来る前も散々言い寄ってたしな。

 令嬢が好きというより、王太子に対する嫌がらせだったようだ。



 どうも最近やらかしてたのは、生まれた時から将来を約束された王太子を妬んでの行動だったらしい。

 その前は実力があるのに認めてくれない家族への反抗だな、…………子供か。



 ある意味、狭い世界しか知らない状態で育ったせいなんだろうな。

 怒りのぶつけ方も知らず、どうしたらいいのかわからず、暴走した結果が主人公に殺されるっていうのは悲し過ぎるだろ。



 これで戦闘能力が無ければ、ただのやさぐれた三男坊で終わってたはずなのに。

 やってきた事は許されないだろうけど、ちょっとだけこれまでの俺が可哀想に思える。



「確か……あの角を曲がれば薬屋だったな」



 薬屋のドアを開けると子供の声がした。



「お願いです! 今はこれしかないけど、必ず払いますから!」



「だからダメだと言ってるだろう! 金が無いなら帰った帰った! ……っ!! ヴァンディエール騎士団長!? こ、このような店に何か御用でしょうか!?」



 シッシッと手を振って八歳くらいの少年を追い払っていた薬屋の店主が俺に気付き、慌ててカウンターの向こうから出てきた。



「少々探している物があってな。ところでその少年は?」



 俺が視線を向けると、少年はあからさまにビクッと身体をこわばらせた。

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