第4話 最初の善行
「この子はもう帰らせるので気にしないでください。ほら、早く帰るんだ!」
「待て、その子は薬を必要としているんじゃないのか?」
店から少年を押し出そうとする店主を止める。
見たところまだ八歳くらいで、よほどの事じゃないと一人でこんな店には来ないだろう。
「ええ、ですがお金が足りないので帰らせるところです」
「それなら俺が出そう、薬を出してやってくれ。あと……タイム、ローズマリー、ローリエ、バジルはあるか?」
「は、はい! えーと、それらはこちらにあります。調合しますか?」
店主が示した場所には、木箱に入ったハーブ類が色々あった。
基本的に葉っぱのハーブは薬扱いのようで、その中から見覚えのある物を適当に掴み取る。
「お、唐辛子もあるじゃないか。それじゃあ、その子の薬とこれと……こっちも」
治癒ポーションと解毒ポーションも置いてあったので、それもひとつずつ買う。
「はい! ただいま!」
オロオロしている子供を横目に、代金と引き換えに買った物を受け取った。
量はこちらの方が多いくらいなのに、値段は十分の一以下だ。
まぁ、ハーブって一回植えると毎年増えるようなのもあるしな。
商品を受け取り、薬屋を出ようとしたが少年がついて来ない。
まさか極悪と評判の騎士団長に薬を買ってもらえるなんて思ってなかったのだろう。
「君の家はどこだ? 薬が必要なんだろう?」
「あっ、は、はい! ありがとうございます!」
泣きそうな顔でお礼を言うと、小走りで先導しだした。
小走りでも俺の歩幅だと普通に歩くスピードだ。
背中に薬屋の店主の見送りの言葉を受けながら、薄汚れた路地へと向かう少年の後をついて行く。
いわゆる
少年の家は俺の蹴りひとつで倒壊しそうなボロボロの木造だ。
「あっ、おにいちゃん!」
家に入ると、四歳くらいの女の子がいた。
その奥のベッドには母親らしき青白い顔の女性。
「クロエ、いい子にしてたか? ヴァンディエール騎士団長が母さんの薬を買ってくれたんだ! もう安心していいぞ」
「わぁ! バ、バンデ……、えーと……ヴァン……?」
小さい子には言いにくい家名なせいか、クロエと呼ばれた女の子が苦戦している。
「ククッ、言いにくければお兄ちゃんでもいいぞ」
「うん! おにいちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
俺の噂を知らない幼い子なせいか、満面の笑みでお礼を言ってくれた。
しゃがんで頭を撫でると、脂でものすごくベタついている。
恐らく母親が病気で水浴びすらままならないのだろう。
「『
「すごーい! さっぱりしたよ! おにいちゃんきぞくなの!?」
この世界の魔力持ちは貴族が大半だ、というか、魔力があるからこそ功績を上げて貴族になった者が多い。
必然的に魔法が使えるイコール貴族というのが子供も知っている常識だ。
「そうだぞ。さ、クロエのお母さんに薬を飲ませような」
「うん! こっちきて!」
クロエが小さな手で俺の手を引っ張った。
弟達も可愛かったけど、妹がいても可愛かっただろうなぁなどと考えてほっこりする。
背後で少年が妹の行動に固まっているが、まずは母親に薬を与えるのが先だ。
言っちゃあ何だが、母親も臭うほどに薄汚れている。
薬屋から渡された薬は、即効性のある総合漢方薬のような魔法薬だったはず、この母親にちゃんと効くんだろうか。
「とりあえず……『
声をかけると母親がうっすらと目を開き、焦点が合わないのか数秒ぼんやりしてからカッと目を開いた。
「ヴァ、ヴァンディエール騎士団長!? あ、あの、ここにはどうして……!?」
驚いた母親は身体を起こそうとしたが、力が入らずベッドに倒れ込む。
「無理はしなくていい、そこの少年と薬屋で偶然会っただけだ。身体を支えるから薬を飲むといい」
「そんな……薬を買うお金なんて……」
真っ先にお金の事を言うなんて、よほど困窮しているのだろう。
「心配するな、俺の買い物ついでに買った。俺からしたらはした金だから気にしなくていい。それより早く薬を飲んで子供達を安心させてやってくれ」
背中に手を回し、身体を起こしてあげると、震える手で薬を飲み干した。
どうやらあの店の品質はいいらしい、みるみる母親の顔色がよくなった。
「気分はどうだ?」
「おかげさまでとても楽になりました。何とお礼を言ったらいいか……。マルクもありがとう」
どうやら少年の名前はマルクというらしい、考えてみれば名前も聞いていなかったな。
子供達は顔色のよくなった母親を見て安心したようだった。
「ヴァンディエール騎士団長、ありがとう!!」
「おにいちゃんありがとう!」
「クロエ! ヴァンディエール騎士団長に向かってお兄ちゃんだなんて……!」
慌てた母親がクロエを
「いい、呼びづらそうだったからそう呼んでいいと言ったのは俺だ」
「まぁ、ヴァンディエール騎士団長は……お優しいんですね」
一瞬間が空いたのは、おそらく「噂と違って」と言いたかったんだろうな。
「ほんの少し前までヤンチャだったのは間違いないがな。それよりマルクも清浄魔法をかけておいてやろう、身だしなみを整えていないと店から嫌がられるぞ。『
「わぁ、すごいや! ありがとうヴァンディエール騎士団長! ははっ、今日は何回お礼言ってるんだろう」
そう言いながらマルクは目元を拭った。
意識のない母親と、幼い妹を抱えてさぞかし不安だったのだろう。
その時、家の玄関を壊さんばかりの勢いでドアが開き、酒臭い一人の男が入って来た。
「おい! 男を連れ込んだって本当か!? さっきジョセフが見たって言ってたぞ!」
どうやらこの家の害虫が帰って来たようだ。
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