第11話:日課の散歩と満開の花園

「おはようございます。エリク殿下」

「あぁ。おはようイリーナ」


 毎朝顔を合わせる二人が、一日で最初に発する言葉はいつの間にか固定されていた。

 いつものように王宮の外れにある庭園に待ち合わせると、そのまま薄緑色の景色を眺めながら散歩を始める。


「今日はどこに行きましょうか?」

「そうだな。この前は三分咲きだった花畑に行こう」

「ちょうど満開が見れますね」


 エリクの半歩後ろを歩きながら、イリーナは王宮の風情ある空気を存分に楽しむ。

 そんなイリーナの目を輝かせて散歩をする楽しさを共有されて、エリクも柔らかい笑みを浮かべながらコツコツと大理石の床に足音を響かせる。

 なんやかんや、あの日から一日も欠かさずに朝を過ごす二人は慣れた様子で談笑に花を咲かせていた。


「大分季節が暖かくなってきたな」

「ですね。もう春が終わってしまいそうです……」

「そんなに夏が嫌なのか?」

「王都の夏は暑いんですよ……」


 夏の熱気を想像するだけでげっそりとした表情を浮かべるイリーナに、エリクは小さな笑い声をあげる。

 

「本当に死活問題なんですよ!」


 揶揄うようなエリクの反応に拗ねた様子を隠さず、イリーナは頬を膨らませていた。


「確か、アルトノーツ領は避暑地としても人気だったかな?」

「そうなんですよ! だから私も暑いのはいつまで経っても慣れなくて……」


 地元の話に一瞬目を輝かせるが、夏の蒸し暑さを思い出した途端、再度嫌そうな表情を浮かべる。


「まあなんだ、また氷菓でも差し入れに持ってくるから機嫌を直してくれよ」

「本当ですか!?」

 

 温暖な地域である王都では滅多に手に入らない高級品に、イリーナは飛びつくようにエリクの手を握った。


「最近よく思うんだが、遠慮がなくなってきてないか?」


 甘いものには目がないイリーナの様子に、エリクは揶揄うような苦笑を浮かべる。


「エリク殿下の提案が魅力的すぎるだけですよ……」


 唇をすぼめて拗ねた態度を見せるイリーナの様子に、エリクは穏やかに微笑む。

 何気ないやりとりを続けていると、あっという間に目的地まで辿り着いてしまう。


「そろそろ着きそうだな」

「前見た時も綺麗な花は咲いていましたから、楽しみです!」

「そうだな」

 

 二人はワイワイと明るい雰囲気を纏いながら、視界全体を埋め尽くすように広がる淡い黄色の花弁の園に足を踏み入れる。


「綺麗……」


 イリーナが感嘆の声をこぼす隣で、エリクは地平線を覆うような花園の絶景に言葉を奪われてしまう。

 一瞬の硬直が解けた後、二人は何時間も幻想的な世界を堪能したような恍惚の表情を浮かべていた。


「これは来て良かったな」


 簡単に心を鷲掴みにされたイリーナは、エリクの呟きに小刻みに首を縦に振って頷く。

 ふと、おとぎ話のような光景の中心に立つ二人の間を、温かな風が横切る。


「あっ……」


 黄色い花弁がイリーナを歓迎するように周囲を舞っている様子に、エリクは視線を釘付けにして見つめた。

 後ろで結ばれた赤褐色の長髪を抑えて、花びらと一緒に風を浴びるメイドの姿は、瞬時にエリクを見惚れさせるほどの美しさを纏っている。


「どうかなさいましたか?」


 イリーナが声をかけても、あっけに取られているエリクから返事が返ってくることはない。


「イリーナ!?」


 何度も呼びかけながら近づいていき、瞳の奥を覗き込むような体勢になってようやく、イリーナはエリクの大きく後ろに飛び退く様子を目にできた。


「何か具合が悪かったりします?」

「いや……なんでもない」


 どこか小っ恥ずかしさに襲われているエリクは、顔を手で覆い隠しながら誤魔化すように咳払いをする。


「なら、良かったですが……」


 エリクの顔色に異常がないことを確認したイリーナは、安心したようにホッとため息を吐く。


「それにしても、本当に綺麗だったな」


 名残惜しさと満足感の混ざったものに包まれて、二人は黄色の花園を背にする。

 

「そうですね……また来年もこの季節になったら絶対に見たいって思わされました」

「なら、来年も見れるようにしないとな」

「えぇ。また来年も一緒に見ませんか?」

「もちろん」


 程よい温かさを感じながら、二人は来た道を戻っていく。


「やっぱりこの季節はポカポカしてて良いですね!」

「そろそろ終わりそうだがな……」

「もぉ……思い出させないでください」


 エリクの揶揄いにイリーナは唇を尖らせて、ささやかながら不服を主張する。


「それにしても結構歩いたものだな」

「ですね。あと何時間かしたらお昼時ですかね?」


 太陽も空の頂点へ少しずつ近づくにつれて、より強い熱で大地を照らす。

 早朝に感じたひんやりとした空気もかなり温まり、二人とも額に小さな雫ができていた。


「喉が渇いたな」


 運動と温かな天気で熱った二人の体は、水分を欲しており、たまらずにエリクは小さくつぶやいてしまう。


「広場に戻ったらミントウォーターがあるはずなので、もう少しの辛抱です」

「本当か!?」


 イリーナの言葉にエリクは目を輝かせて、少しだけ歩くスピードを早める。

 木の影に置いてある水筒のことを思い浮かべると、イリーナは自然と元気を取り戻して、エリクの後ろを足に力を入れながらついて行く。


「これをどうぞ」

「ありがとう」


 日の当たらない場所で保存をしていたミントウォーターは、爽やかな味わいで二人の喉を潤す。


「準備がいいな」

「夏の必需品ですよ」


 イリーナの自慢げな表情を横目にエリクは水筒の中身を一気に飲み干した。

 ミントのさっぱりとした香りと共にひんやりとした水蒸気がエリクの顔を撫でる。


「また、散歩の後に飲みたいな」

「もちろんです! また持ってきます」


 イリーナは手渡された水筒をバックにしまうと、エリクの満足げな表情に微笑む。


「今日もありがとうな。お陰で最近はかなりいい調子だ」

「それなら良かったです」

「では、また明日」


 エリクは明るい顔つきで愛馬に乗り込むと、そのまま颯爽と王宮の方へ戻って行く。


「じゃあ、今日もお仕事頑張りましょうか!」


 イリーナは王宮の森に向かって叫ぶと、服の裾を捲って軽い足取りでメイド寮に向かいだした。


♢♢♢


「面白い!」「続きが気になる!」「二人のやりとりがほっこりする!」と思っていただけたのなら、フォローと下の☆☆☆を★★★にして応援頂けると励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷徹王子は、朝活メイドに恋をする 希月花火 @kake0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ