2・黒よりのグレー

 リトーレス大陸中部、ルノシラ王国付近。

 トーマとミシェルはレンイ森へ向かう途中の関所で足止めを食らっていた。


「だ~か~ら~、あたし達はレンイ森に咲く虹花を見に行くだけだってば!」


 ミシェルが関所の兵に詰め寄る。

 しかし、兵は眉一つ変えず淡々と答えた。


「何度も言わせるな、駄目な物は駄目。王国かギルドからの許可書が無い限り、ここは通せない」


 レンイ森は多種多様の固有植物が何種類も生えている。

 薬となる植物、毒になる植物、そして植物モンスター。

 危険はあるが、固有植物は高値で売れる為に密採する者が絶えなかった。

 このままではレンイ森が荒らされ生態が壊れると判断した王国は、冒険者ギルドと検証を重ねた結果、合同で関所を作り許可書が無い者は入れないようにした。


「む~! 見るだけだから何も取らないってば!」


 ミシェルが納得がいかない様子で頬を膨らませた。

 そんな様子に、トーマは声をかけた。


「諦めろ、許可書を取ってくるしかない」


「……わかったわよ。べ~だ! 行こ、トーマ!」


 兵に舌を出し、ミシェルが関所から離れていく。

 トーマもミシェルの後を追いかけようとすると、兵に呼び止められた。


「おい、そこの少年。ちょっといいか?」


「なんですか?」


 足を止めたトーマに兵は傍まで近づいて来た。


「王国までは距離がある。身重の体なんだし馬車に乗った方がいい。ほら」


 そう言うと兵はトーマにお金を手渡した。


「……え? あ、ちっ違います。あのお腹は、卵を入れているだけで……」


「お~い、はやく~!」


 説明しようとすると、ミシェルが手をふってトーマを呼んだ。


「呼んでいるぞ。ちゃんと大事にしてやるんだぞ」


 兵はトーマの肩を軽く叩くと、持ち場に戻って行った。


「いや、だから…………はあーこれは王国に着いても大変そうだ」


 トーマは重い足取りでミシェルの後を追いかけた。



 せっかく兵から馬車代をもらったので、2人は馬車に乗り王国に入った。

 馬車が止まり、乗っていた客が降りていく。

 トーマも立ち上がり、目を瞑っているミシェルの体を揺すった。


「おい、ついたぞ」


「……ん……あ、うん……わかった……」


 ミシェルが立ち上がるとふらついた。

 トーマは慌ててミシェルの体を支えた。


「大丈夫か?」


「ご、ごめんね。あはは、寝ぼけてるみたい……もう大丈夫」


 笑顔をトーマに見せ、少しふらつきながらミシェルは馬車から降りていった。


「顔色もあまり良くなかった。旅の疲れが出て来てるのかもしれないし、許可書より先に宿屋で休ませた方がいいな」


 トーマは荷物を背負い、馬車を降りた。


「で? 王国とギルド、どっちから許可を取ればいいのかな?」


「どっちもいかない。宿屋を探して休もう」


 トーマはミシェルの腕を掴み歩き始めた。


「え? なんで? あたしは元気だよ」


「……お前が良くても俺が疲れたんだよ……最近は野宿も多かったし、せっかく王国に来たんだし1日くらいベッドでゆっくりさせてくれ」


「そ、そうだね……確かに……じゃあ今日は宿で休みましょうか」


 2人は宿をとり、この日は久々のベッドでゆっくりと眠りについた。

 ミシェルだけは……。



「くああ……」


 翌日の朝、宿屋のロビーでトーマはあくびをしつつミシェルを待っていた。


「おはよう~」


「……おう」


 ロビーに来たミシェルに、トーマは目をこすりながら小さく右手を上げた。


「どうしたの? そんな大きなあくびをするなんて珍しい」


「いや、隣の部屋の奴が真夜中にニヒヒヒって笑いながら刃物を研いでてよ……気になって眠れなかったんだ」


「えっなにそれ、こわっ」


「だろ? だから文句も言えなかった……くあああ」


 トーマはまたあくびをする。


「そ、それは災難だったね……えと、許可書は王国とギルドどっちから取った方がいいのかな?」


「ギルドが近いし、そっちに行こう」


「ギルドね。わかったわ」


 昨日とは違い、ミシェルは元気そうに宿屋から出ていく。


「……」


 その姿にトーマは一安心し、後を追いかけた。




 冒険者ギルドについた2人はさっそく中へと入った。

 奥の方にある受付のカウンターの前では、アッシュがもたれ掛かかりツバメに話しかけていた。


「ツバメちゃーん。新しくできたスイーツ店に行こうぜ? 甘い物好きだろ?」


「そうですね……平日と休日以外の日ならいいですよ」


 ツバメは頭を上げず、書類を読みながら答えた。


「よっしゃ! 平日と休日以外だな! ……ってそれいつだよ!」


「ねぇあれって、仕事の話かな?」


 ミシェルの質問にトーマは肩をすくめた。


「そんなわけないだろ。あれはただのナンパだ」


「やっぱりそうよね。ちょっとおじさん、そこどいてくれる?」


 アッシュの背後からミシェルが話しかけた。

 その言葉にアッシュはバッと振り返る。


「おっおじさんだと!? この前といい……最近のガキは! いいか? 俺様はまだ24でお兄さんと呼――」


「あの~レンイ森に入りたいんですけど、許可書を貰えますか?」


 ミシェルはアッシュを無視して、ツバメに話しかけた。


「レンイ森にですか?」


 ミシェルの言葉にツバメが頭を上げた。


「おい! 無視す――」


「……」


 詰め寄ろうとするアッシュに対して、トーマが間に割って入る。

 そして無言でアッシュをにらみつけた。


「なっ! ちょっ邪魔をするなよ!」


「……」


「なんだその目は!? やんのかこら!」


 背後のやり取りを無視しつつ、ミシェルとツバメは話を続けた。


「三つ目人に一つ目……ハーフサイプロクスのお2人ですか」


「そうです」


 ツバメはミシェルとトーマをジッと見つめた。


「ん~……実力的には問題なさそうですけど……流石に、そのお腹で許可を出すわけには……」


 ツバメがミシェルの膨れたお腹を見る。


「あ、これ卵ですよ」


 そう言うとミシェルは服の下から赤い卵を取り出した。


「っそれ、レッドワイバーンの卵じゃないですか!」


 卵を見るなり、ツバメがカウンターから身を乗り出す。


「なっ何だって!? マジかよ!」


 トーマを無理やり退かし、アッシュは卵の傍へと駆け寄った。


「ど、どうしたんですか? それ……」


「え~とですね……これは……」


 ミシェルは卵を服の下に戻しつつ、トーマと一緒に旅をしている事とこの前のレッドワイバーンの巣についてに話した。


「……なるほど……それで旅を……」


「そうです。それで虹花をこの目で見たいので、許可書が欲しいんです」


 ミシェルは3つの目をキラキラと輝かせツバメを見る。

 その三つ目にツバメはばつが悪そうに目を逸らした。


「ううん……森の手前付近なら問題はないんですけど、虹花は森の奥にしか咲いていないんです……でも奥に入れるのは、王国騎士か冒険者でないと駄目なんですよね」


「そこを何とか! お願いします!」


「俺からもお願いします!」


 ミシェルとトーマが必死に頭を下げる。

 ツバメは困った様子で頭をかいた。


「そう言われても……」


「「お願いします!」」


 それでも2人は頭を下げ続けた。


「…………わかりました。ちょっと待って下さいね」


 熱意に負けたツバメは、机の上に置いてあった依頼書の束を手に取りペラペラとめくり始めた。


「本当ですか!」


「ありがとうございます!」


 2人が喜んでいる中、ツバメが1枚の依頼書をカウンターの上に置いた。


「この方法はグレー……というか、かなり黒寄りなのを承知して下さいね。これはレンイ森に生えている薬草の採取依頼です」


「……あっわかった! これを受けた冒険者にくっついて行くって事ですね?」


「そうです。ですからアッシュさ――」


「おっと! しまった! 今日は待ち合わせの用事があったんだった! じゃあな!」


 アッシュはそそくさとギルドから出て行ってしまった。


「チッ逃げたか。何よ、待ち合わせの用事って……はあ、仕方ないな」


 ツバメは受付のカウンターから外に出て、ギルドの奥にある席へと向かった。

 2人はついて行くと、薄暗い席で笑みを浮かべながらナイフを磨いているヒトリの姿があった。


「ニヒヒヒ……」


「っ!!」


 その笑い声にトーマは一瞬で気が付いた。

 隣の部屋にいたのはこの女だと。

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