第3章 少年少女とEランク冒険者

1・幼馴染との旅

 リトーレス大陸北部、アムス山脈地方。

 ある切り立った崖の上に少女の姿があった。


「お~い! 早く早く!」


 金髪でポニーテールの少女が、笑顔で崖下に向かって叫んだ。


「……これでも早く登ってるっての……」


 その崖には銀髪を後ろで縛っている仏頂面の少年がよじ登っていた。


「…………ふぅー……疲れた……たく魔法で飛べる奴はいいよな、楽で……」


 崖を登り切った少年は、一つ目の大きな金色の瞳で恨めしそうに少女を見つめた。

 少年の名前はトーマ・ヴァレン。

 一つ目族のサイプロクスの父とヒューマンの母親から生まれた珍しいハーフサイプロクスだ。

 一つ目であるところを除けば一見普通のヒューマンに見えるが、サイプロクスの血が混じっている為に体は頑丈で身体能力も普通のヒューマンよりはるかに高い。


「休んでないで、こっちこっち!」


 そんな視線も気にせず、少女は5mくらいはありそうな大きな鳥の巣の様な物に駆け寄っていく。

 その巣の中には、人の頭並みの大きさがある真っ赤な卵が4個置かれていた。


「おお! 本当に卵まで真っ赤っ赤だよ!」


 額にある銀色の瞳の第3の目と両目を輝かせながら、少女は興奮していた。

 少女の名前はミシェル・ライアン。

 この世界でも珍しい種族の三つ目人で、生まれつき強力な魔力を持っており様々な魔法を使いこなせる。


「そんなに興奮しなくても、見ればわかる……」


 呆れた様子でトーマがミシェルに近づく。

 2人は家が隣同士の幼馴染だ。

 トーマより1歳上のミシェルはいつもお姉さんぶっているが、周りからは落ち着いてるトーマの方が年上にみられてしまう。


 そんな2人は約半年前のミシェルの16歳の誕生日に、町を出て旅をしている。

 旅の目的はミシェルがノートに書いたやりたい事を達成する事。

 いきなりミシェルが言い出し、トーマは護衛として無理やり連れ出されてしまった。

 自分より強いのに何故護衛をと質問しても、ミシェルは全く聞く耳を持ってくれず仕方なく幼馴染に付き合っている状態である。


「レッドワイバーンの卵を見る……達成と!」


 ミシェルは首から下げていたカバンからノートとペンを取り出し、達成した項目に斜線を入れた。


「……」


 その様子をトーマは黙って見ていた。


「はっ! 見ちゃ駄目だからね!」


 その視線に気づいたミシェルはサッとトーマに背中を向けた。


「見てないって……それより、親のレッドワイバーンが戻ってこないうちに降りるぞ」


 ワイバーン、全長が約3mほどで前足がコウモリの様な翼、尻尾の先が槍の様に鋭いのが特徴の飛竜種だ。

 通常種は緑色の鱗をしているが、レッドワイバーンは亜種で鱗が赤色をしている。

 個体数も少なく、野生の巣はなかなか見つけられない。

 2人も1週間このアムス山脈で探し続け、先ほど2匹のレッドワイバーンが飛び立ったところを目撃してようやく巣を見つけ出した。


「へぇ~見た目よりは軽いわね」


 ミシェルはノートとペンをカバンにしまいながら1個の卵を持ち上げた。


「おい、触るのは……」


『ギャアアアアアアア!』


 トーマが注意をした瞬間、頭上からレッドワイバーンの鳴き声が聞こえてきた。

 上を見ると1匹のレッドワイバーンが2人めがけて急降下して来た。


「――っまずい!」


 トーマはミシェルの服の襟を掴み引き寄せた。


「ぐえっ!?」


 ミシェルの苦しい声を無視し、そのまま抱きかかえた。


「ちょっ! 何を――」


「黙ってろ、舌を噛むぞ」


「へ? それはどういう……って、きゃああああああああああああああああああああああああああ!」


 ミシェルはすぐに答えが分かった。

 躊躇なくトーマが崖から飛び降りたからだ。


「ぎゃんっ!」


「っ!」


 ドンッと地面を鳴らし、トーマが着地する。

 その瞬間、トーマの顔が一瞬曇った。

 いくら体が頑丈といっても、2人分の体重となると流石に堪えたようだ。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!』


 見上げると、レッドワイバーンが2人に向かってまた襲って来た。

 さらにもう1匹のレッドワイバーンの姿もあった。


「ちっ夫婦そろってか」


 トーマはミシェルを降ろし、急いで地面に置いてあった荷物を手にした。


「走って逃げるぞ」


「う、うん!」


 竜種とはいえワイバーンはそこまで強くない、トーマの力やミシェルの魔法で倒せ事は出来る。

 しかし、それはワイバーンの話でレッドワイバーンは別だ。

 レッドワイバーンの鱗は非常に頑丈で、刃物はおろか魔法も通りにくい。

 1匹ならまだしも2匹となると相当厄介な為、逃げる事にした。


『ガアッ! ガアッ!』


 レッドワイバーンが口から火の玉を吐いて2人に攻撃をする。


「絶対に止まるなよ!」


「止まるわけないでしょっ! うひゃっ! 熱い熱い!」


 トーマとミシェルは一心不乱で走り続けた。




 大きな木の陰に隠れた2人は辺りを見わたす。


「……まいたか?」


「……その様ね……はあ、はあ……あ~つかれた……」


 ミシェルはその場に座り込んだ。


「にしても、だいぶしつこいレッドワイバーン達だったな。普通は縄張りを越えたら諦めるものなんだが……な……」


 トーマがミシェルを見て固まった。

 何故なら、ミシェルのお腹が異様に膨らんでいたからだ。


「どうしたの?」


 ミシェルが不思議そうな顔をする。


「……その腹……お前……まさか……」


 トーマの声が振える。


「ああ、これ? よっと……ジャジャ~ン」


 ミシェルが服をめくると、そこから赤色の卵が出てきた。


「!? !? !?」


 それを見たトーマは目を見開き、口をパクパクさせた。


「トーマが急に引っ張ったり、飛び降りたりするから戻す暇が無くて持ってきちゃった」


 ミシェルが卵を抱えてケラケラと笑った。


「きちゃったじゃない! ずっと追われてたのはそれのせいじゃないか!」


 普段、感情を表に出さないトーマも今回ばかりは声を張り上げた。


「どうすんだよ!? 今かなり警戒してるから卵を戻しにいけないぞ!」


「ん~……そうね~……」


 ミシェルは卵をジッと見つめた後に頷いた。


「うん、そしたらあたしが卵を温めるわ」


「はあ!? 温めるだって!?」


「そう、こうやって……」


 ミシェルは先ほどと同じ様に卵を服の中へと入れた。

 そして荷物の中からカーディガンを取り出し、自分のお腹に巻いた。


「これなら卵が温められて孵化するはず」


 ミシェルが優しく膨らんだ腹部を両手で擦った。


「孵化って……いやいや、そんな方法で孵化したって話は聞いた事ないぞ……」


 ミシェルの突拍子の無い行動にトーマが困惑する。


「なら、やってみなくちゃわからないじゃない」


「そ、それはそうだけど……」


「さっ! 次の場所に行くわよ」


 ミシェルはカバンからノートを取り出し、ページをめくった。


「ん~と……よし、決めた! 次はレンイ森に咲く虹花を見に行くわよ!」


 ノートをカバンにしまい、ミシェルが歩き始めた。


「……はあ……仕方ないな……」


 トーマはぎこちなく歩くミシェルを見つめた後、ため息をつき荷物を背負って追いかけた。

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