3・2人と一緒に

「? どうかしたの?」


 ミシェルはトーマの変な反応に不思議そうな顔をした。


「……あー……いや……」


 隣の部屋で笑っていた変な奴だ! とトーマはその言葉を飲み込んだ。

 明らかに不気味で、オマケに変な空間にいる人物なので関わりたくなかったからだ。


 それに、あの笑っている奴は一緒に行く冒険者じゃないだろうと思いたかった。

 恐らくこの奥にまだ部屋があって、そこに……。


「ヒトリ、この依頼を受けてほしいんだけど」


 ツバメがヒトリに話しかけた。

 その瞬間、トーマの顔が真っ青になった。


「嘘だろ……マジかよ……」


 トーマは今目の前に起きている事が信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。


「ニヒヒヒ……」


 ヒトリはツバメに話しかけられても、ナイフを磨いている手は止めなかった。


「はあ……いい加減にしてほしいわ」


 ツバメはため息をつき、自分のこめかみに指をあてた

 そんな色んな意味で不安を感じたトーマはツバメに耳打ちをする。


「……な、なあ……他の冒険者はいないのか?」


「ん? あ~見た目はあんなのですけど、腕前は保証しますから安心して下さい」


 聞きたい事と全然違う答えがツバメの口から出て来てトーマは慌てて頭を振った。


「あっ違う。そういう意味じゃなくて……」


「大丈夫大丈夫。ちょっと待っててくださいね」


 そう言うと、ツバメはヒトリの背後に回った。

 そして両手でヒトリの座っている椅子の座面を持ち……。


「――せいっ!」


 思いっきり椅子を後ろに引いた。


「――ぎゃんっ!!」


 突如椅子が無くなり、ヒトリはお尻から床に落ちた。


「……あいたたた~……なに? なにが起こったの……?」


 ヒトリは涙目になりながら打ったお尻を擦り立ち上がった。


「ヒトリ、この依頼を受けてほしいの」


 ツバメは依頼書をテーブルの上に置いた。

 ヒトリはツバメと依頼書を交互に見て、自分が何をされたのか理解する。


「……あ、あのさぁ……ボクが悪いところもあるよ? でっでも、いきなり椅子をどかすのは……」


「あっそうそう。今回の依頼にはあの2人も同行するから、よろしくね」」


 ヒトリの言葉を無視して、ツバメは話しを進める。


「そ、そんな事で誤魔化……って……どっどどどどどど同行っ!?」


 慌てふためくヒトリは、テーブルの上に置いてあった依頼書を手に取って内容を確認し始めた。

 その姿にトーマとミシェルは呆気にとられ、ツバメはケタケタと笑っている。


「あの……あの方で大丈夫なんですか?」


 流石にミシェルも不安になり、改めてツバメに尋ねた。


「はい、大丈夫です。私の給料を全部かけてもいいですよ?」


 自信満々にツバメが答えた。

 それでも、やはり2人は疑いの眼でヒトリを見つめるのだった。


「……あ、あのさ……内容はレンイ森に生えている薬草の採取で、同行者ありなんてどこにも書いてないんだけど……」


「2人はね、森の奥に咲いている虹花を見たいんだって」


「に、虹花……? 奥に咲いている花だよね?」


「そう、だから薬草の採取ついでにつれて行ってあげてほしいの」


「……つ、ついでって……あれ? それだと違反にな――」


「という訳で! さっさとサインを書いてちょうだい」


 サッとツバメはヒトリに近づき言葉を遮る。

 そして、笑顔でペンをヒトリに押し付けた。


「…………わかったよぉ」


 これは何を言っても無駄と判断したヒトリはペンを受けとり、依頼書にサインを書いてツバメに渡した。


「受理完了。2人共、この子は冒険者のヒトリよ」


 ツバメはヒトリの両肩を持ち、強引にヒトリをトーマとミシェルの前まで押して行く。


「あわわっ……えっえと……ヒ、ヒトリ……です……よろしくお願いいたしましゅ」


 もはや逃げられない状況になり、ヒトリは前髪の隙間から見える真紅の瞳を泳がせつつ頭を下げた。


「「……」」


 トーマとミシェルは黙ってお互いの顔を見つめ合った。

 どちらも眉を顰め、困った顔をしていた。


「……本当の本当に、この方法しか森の奥に入れないんですよ……ね?」


 ミシェルは念の為に改めてツバメに確認を取る。


「この方法しかありません」


 笑顔で即答するツバメ。


「そのヒトリ……さんでないと駄目なんですよ……ね?」


「実力者ですし、依頼も彼女が受けましたから」


 笑顔で即答するツバメ。


「いっいや、受けたって……ツバメちゃんが無理やり……あだだだだだだだ!!」


 ツバメが笑顔のまま、ヒトリの手の甲を強くつねった。

 トーマとミシェルはもう一度お互いの顔を見つめ合う。

 不安気な顔をしているミシェルを安心させるため、トーマは覚悟を決めて強く頷いた。

 それを見たミシェルも頷き返し、ヒトリの方を見た。


「わかりました、よろしくお願いいたします。あたしはミシェル・ライアン。こっちはトーマ・ヴァレンです」


「……よろしく」


 紹介を受けトーマは軽く会釈をする。


「それじゃあお互いの挨拶も済んだし、許可書を発行するから待っててね」


 ツバメは受付のカウンターの奥にある自分の席へと戻って行った。


「「「……」」」


 残された3人は、ツバメが戻るのを気まずい空気の中で待っていた。



 許可書を持って3人は関所に到着した。

 ミシェルのお腹は普通に戻っており、背負っているリュックが少し膨らんでいる。

 ツバメの助言により、レッドワイバーンの卵はその中に入れている。


 昨日の兵の姿は無く、対応は別の兵が行っていた。

 兵はヒトリから受け取った紹介状の上に水滴の形に加工された魔石をかざした。

 すると紹介状の文字の一部がぼんやりと光、紙の端にはグリフォンの紋章が現れた。


「……許可書は本物の様だな。で、レンイ森には何の為に?」


「あっ……や、薬草の採取の為です……これが依頼書です」


 ビクビクしながらヒトリは道具袋から依頼書を取り出し、兵に渡した。

 受け取った兵は依頼書に目を通す。


「目的も把握した。ただ……」


 兵は依頼書からトーマとミシェルに視線を移す。


「後ろの2人は? 見たところ冒険者ではない様だが、依頼書には同行者有の記載も無いぞ?」


「え? あっ……えと……あの……その……」


 兵の問いに、ヒトリはしどろもどろになる。

 その姿に兵は不審感を持ち、腰の剣に手を伸ばそうとした。


「あっ! あ、あたし達は……え~と……体験……そう体験をしに来たんです!」


 ミシェルはとっさにヒトリと兵の間に割って入った。


「体験だと?」


「はい、あたし達は冒険者をやってみたいという気持ちがあるんですけど不安もあったんです。で、その事をギルドの人に話したら、じゃあ1度体験してみればどうかという案が出まして彼女について来たんです! ねっ?」


 ミシェルがヒトリに話に合わせる様にと目配せをする。


「あっ……はっはい、そうです。レ、レンイ森は奥に行かなければ安全ですし、討伐じゃなくて薬草の採取ですからいいかなとぉ……ツ、ツバメちゃんのお願いだったんですけど、駄目でしたかぁ? それならすみません!」


 ヒトリが兵に頭を下げる。


「ツバメちゃん? ってギルド長の娘さんか?」


「あっ……はい、そうです……けど……」


「だとすると、ここで追い返したら後で色々と面倒になりそうだな……仕方ないか……」


 兵は小声でブツブツ言いながら少し考えた後、体を退かし道をあけた。


「通ってもよし。ただ十分に気を付ける様にな」


「あ、ありがとうございますぅ」


 ヒトリが頭を下げ、ミシェルとトーマも軽く会釈をして関所の先へと進んだ。


「よくもまあ、あんな嘘をとっさにつけたもんだな」


 トーマが呆れた様子でミシェルに関心をする。


「……冒険者にって所は嘘じゃないんだけどね……」


 ミシェルが誰にも聞こえないほどの小声でつぶやく。

 その表情は何処か物悲しく見えた。


「どうかしたか?」


「ううん、なんでも! さっ早く行きましょう!」


 3人はレンイ森の中へと入って行った。




「……」


 その3人の後ろ姿を、黒いマントを羽織った人物達が遠くで見つめていた。

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