4・ツバメの思い出

 ツバメがヒトリの傍へ近づき声をかけた。


「ヒトリっ!」


「ニヒヒヒ……」


 しかし、ヒトリの笑みと手が止まる気配はない。

 いつもの様に自分の世界に入り込んでいる様だ。


「ヒトリって~ばっ!」


 ツバメがヒトリの顔面に依頼書を叩きつけた。

 ギルド内はパーンッと乾いた大きな音が鳴り響く。


「――あだっ!?」


 叩かれた衝撃で自分の世界からヒトリが戻ってくる。


「えっ? えっ? なに? 何が起こったの?」


 わけがわからず、赤くなった鼻の頭を擦りながらヒトリは辺りを見わたした。


「この依頼を受けてほしいの」


 ツバメは床に落ちた依頼書を拾い、ヒトリに手渡した。


「……えっ? い、依頼? というか、鼻が痛いんだけどツバメちゃん何かしたぁ……?」


「ほら、早く内容を見て」


 ヒトリの言葉をスルーして急かす。


「……う、うん……わかった……」


 すごく腑に落ちないながらも、ヒトリは受け取った依頼書に目を通した。


「…………ご、護衛の依頼ぃ? 護衛をボクにやれっていうのぉ?」


「そう、カウンター前にいる男の子と椅子に座っているメイド……ゴーレムをキカイ村に住んでいるゴアゴ博士の研究所まで護衛してほしいの」


「キカイ村……あれ? 確かその辺りの街道って……」


「盗賊が出没するわ。これが王国から出されてる討伐の依頼書よ」


 ツバメは盗賊討伐の依頼書を取り出してヒトリに渡した。

 受け取ったヒトリは依頼書に目を通し始める。


「………………あ、あのさぁこれ~Cランク以上でって書かれているんだけど……」


「そうだけど、絶対に出るとは限らないじゃない」


「……ぜ、絶対に出ないとも限らないじゃん」


「だとしても問題はなにもないでしょ。はい、これペン」


 ツバメは胸ポケットから羽ペンを取り出し、ヒトリに手に乗せた。

 だが、手に持った羽ペンをヒトリは机の上に置いてしまう。


「で、でもさ護衛って普通、パーティーでやるものだよ? なんでボクなのさ?」


「あら、今日は珍しく反論するわね。まぁ確かに護衛となるとそう言いたくなるか……ん~この依頼はね、ヒトリにしか頼めないの」


 珍しくツバメが真剣な表情を浮かべた。

 その表情にヒトリも真剣な表情になり口を閉じる。


「今回の護衛依頼はかなり特殊でね、出来る限り他の人に知られたくないわけ」


「……と、特殊……」


「そうなると、ヒトリは他人と全然喋れないし」


「うっ!」


 ツバメの言葉がヒトリの胸に突き刺さる。


「ギルドに来る以外は、基本宿に引きこもってるし」


「うぐっ!」


 さらに突き刺さる。


「まさに今回の依頼は、一人ぼっちのヒトリにうってつけってわけよ」


「ガハッ!!」


 止めを刺されたヒトりは机に突っ伏した。


「……うう……全部あってるからなにも言い返せないよぉ」


 ヒトリの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちるのだった。


「それに護衛対象はいるとしても、ヒトリとしては一人でいる方が動きやすいでしょ? だからお願い! この通り!」


 ツバメは両手を合わせてヒトリに頼みこむ。

 その姿にヒトリは顔をあげ、小さくため息をついた。


「……はあ……わかったよぉ……」


 ヒトリは羽ペンを手に持つと、依頼書にサインを書き始めた。


「あのゴーレム……カラっていうんだけど、パパの冒険者仲間だったイーグルスおじさんが長年かけて作り上げた自我を持つ唯一無二のゴーレムなの」


 ツバメがヒトリの隣の席に座り話し始めた。

 ヒトリは何も言わず書き終わった1枚目の依頼書をツバメに渡し、2枚目の依頼書に手を伸ばした。


「怪我と結婚でイーグルおじさんが冒険者を引退しても、パパとの交流は続いてね。私もパパと一緒に家まで行って、息子のフィリップくんとよく遊んでたわ……まあフィリップくんを自然の中で強く育てるんだって、すごい辺境に家を建てたから行くのがすごく大変だったけどね」


「……」


 サインを書き終えたヒトリは無言のままツバメに依頼書を渡す。

 受け取ったツバメは2枚の依頼書を確認しつつ話しを続けた。


「けど、今から5年ほど前にイーグルスおじさん達家族が乗っていた馬車が崖から落下して、全員亡くなったわ。その時カラは家で留守番をしていたから無事だったんだけど……問題はその後、事故があった事を話してもまったく聞く耳を持ってくれなかった。それ以来、カラはずっとイーグルスおじさん達の帰りを待ちながら家を守ってたわけ…………引き受けてくれて、ありがとう。2人の事、よろしく頼むわねヒトリ」


「……う、うん」


 ツバメがヒトリの顔を一瞬見つめた後、席を立ちアルヴィンの元へと歩いて行く。

 ヒトリも立ち上がってツバメの後を追いかけた。


「待たせてごめんね。この人が護衛をしてくれるわ」


 ツバメの紹介に、一瞬ビクンと肩を震わせたヒトリが前に出て来る。


「……あっ……ヒ、ヒトリ……ですぅ……よろしく、お願いします……」


 フルフルと震え、長い前髪の隙間から見える真紅の目が泳いでいる。

 そんなヒトリの姿を見たアルヴィンはツバメの袖を掴み、ヒトリから少し距離をとった。


「ちょっとちょっと! 実力のある人を紹介するって言ってなかったか!?」


「それが彼女ですけど?」


「……ええ……」


 ツバメの言葉にゆっくりと振り返ってヒトリの方を見る。

 アルヴィンの視線に気づいたヒトリはサッと下を向き、俯いてしまった。

 それを見てアルヴィンは露骨に不安な顔をしてしまう。


「本気で言っているのか? どう見ても実力がある様には見えないんだが……」


 アルヴィンが疑いの目をしてツバメを見る。


「あははは、まぁ確かに見た目だと不安に思っちゃうかもだけど、大丈夫だから信じて。それより外はもう暗いから今日はここで休んでいって、後で空いてる2階の部屋に案内するから」


「信じてってそう言われてもな……って、はい? 休む? 今すぐ行くんじゃないのか?」


「夜に出歩くなんて盗賊が出る出ない関係なく危険よ。それにゴアゴ博士への紹介状も書かないといけないし、カラを運ぶのに馬車があった方がいいでしょ? 何より君のその姿は良くないと思うわ……」


 ツバメがアルヴィンに対して指をさした。


「俺の姿が? ……あっ」


 指摘され、アルヴィンが自分の体を見てようやく気が付いた。

 今までずっと寝巻の姿のままだった事を……。


「……お世話になります」


 こればかりは流石に何も言えず、アルヴィンは一晩ギルドで休む事にするのだった。

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