3・藁をもつかむ思い

 アルヴィンが家出してから約1ヶ月の月日が経った。


「……んん……」


 アルヴィンは今だに館のベッドの上で寝ていた。

 カラを騙している事に罪悪感は持ってはいたが家には帰りたくないし、かといって他に行く当てもない。

 ここを出ていく事は考えられなかった。


「……ううん……朝……か……んー……ふあー……」


 アルヴィンは目を覚まし、上半身を起こした。


「………………ん?」


 しばらくぼーっとしたのち、おかしなことに気が付いた。

 いつもならカラがカーテンを開けながらアルヴィンを起こしに来る。

 なのに今日はカーテンが開く事も無くカラの姿も無かった。


「……おかしいな? ……寝坊かな……いや、ゴーレムが寝坊なんてするわけないか」


 着替える服も無い為、寝間着のままアルヴィンは部屋の外へ出た。

 館内は物音1つせず静かだった。

 アルヴィンはカラを探す事にした。




「ここにも居ないか」


 1つ1つ部屋を覗いて行く。

 だが、どこにもカラの姿は無かった。


「んー? どこ行ったんだ?」


 館内にいないとなると、外に出て行ったのだろうか。

 そう思いながふと窓から畑の方を見ると、倒れているカラの姿があった。


「――っ! カラ!?」


 アルヴィンは慌てて館の外に出て、畑へと走った。

        

「カラっ! カラっ!」


 倒れているカラに近づき、体を揺すった。

 しかしピクリとも動かない。


「もしかして死……いや、ゴーレムだから機能停止か? どこか故障したのか?」


 アルヴィンにゴーレムの知識はまったくない。

 それでもなにか解決策がないか、必死に頭を回転させた。


「どうすればいいんだ……どうすれば……」


 必死に頭を回転させる。


「えーと……えーと………………あっ! そうだ!」


 アルヴィンは急いで館の中へと入った。

 そして倉庫からロープを回収し、書斎へと向かった。


 書斎の中へ入り、机の上に置いてあったオウギの手紙を手に取った。

 イーグルスとオウギが知り合いなのなら、カラの事も知っているだろう。

 ならば、この手紙を持ってカラを冒険者ギルドに連れて行けばきっと何とかしてくれるはず。

 アルヴィンはそう考えた。


 カラの元へ戻るとカラを背負い、落ちない様にしっかりとロープでアルヴィンの体に固定する。


「これで……よし……行くぞっ!」


 アルヴィンは冒険者ギルドのあるルノシラ王国に向かって走り出した。



 日が沈み始めた頃、アルヴィンは冒険者ギルドの前までたどり着いた。


「はあー! はあー! ……つっついたぞ……冒険者ギルド……」


 息を整えてからギルドの建物の中へと入り、奥の方にある受付のカウンターへと一目散に駆け寄る。

 カウンターの前ではアッシュがたれ掛かかり、ツバメに話しかけていた。


「ツバメちゃーん。今夜こそ飯一緒に食おうぜ」


「今すぐこの書類を仕上げないといけないのでムリです」


 ツバメはアッシュをまったく見ず、書類にペンを走らせる。

 その様子を見ていたアルヴィンは、たいした話をしていないと判断して横からアッシュを突き飛ばした。


「おっさん邪魔だ!」


「なっ!? お、おっさんだと!? おいコラっ俺様はまだ24だ!! つか俺様は今大事な大事な話をっ――」


「ギルド長に会わせてくれ! 今すぐに!」


 アルヴィンはアッシュの言葉を無視してツバメに助けを求めた。


「すみませんがパパ……じゃなくて、ギルド長との面会には事前に連絡か約束を……――えっ!」


 ツバメはペンを止め頭をあげる。

 そしてアルヴィンを見た瞬間、驚きの表情と声を出した。


「フィ、フィリップ……くん?」


「俺をフィリップと勘違いした? なら、あんたでもいい! カラを! カラを助けてくれ!」


 アルヴィンは横向き、背負ってるカラをツバメに見せた。


「えっ!? カラ! どうしたの! カラ!」


 ツバメは慌てた様子でカウンターから身を乗り出し、カラの肩を揺さぶった。

 しかしツバメの呼びかけでもカラはピクリとも動かなかった。


「一体何があったの?」


「わ、わからないんだ。朝起きたら倒れてて……」


「倒れてた? とっとにかく、そこの椅子にカラを座らせて!」


「わ、わかった」


 アルヴィンは固定してあったロープを解くと、言われた通りカラを椅子に座らせた。


「……あのー……ツバメちゃん……飯は……」


 すっかり蚊帳の外にされていたアッシュがおずおずと尋ねてきた。


「行きません! お一人で行ってください!」


 アッシュの言葉にツバメは青筋を立てて怒鳴った。


「そうですよね! すみませんでしたー!」


 本気で怒っているツバメに、アッシュは足早にギルドから出ていった。


「まったく、空気を読めない人なんだから」


 文句を言いつつツバメはカウンターの外側へと出てきた。

 そしてカラに近づき、あちこち体を触り調べ始めた。


「ん~…………外傷は無さそうね……となると魔石の方かな……」


 メイド服をずらし魔石が埋め込まれている胸を確認する。


「やっぱり……魔力切れで機能停止しているみたいね」


 埋め込まれている魔石は光を失っていた。


「魔力切れ……じゃあ魔石に魔力を入れればいいのか!」


 魔力切れを起こしたゴーレムは、核となる魔石に魔力を補充すればまた動き出す。

 希望をもったアルヴィンの顔に安堵が浮かんだが、ツバメは難しい顔のまま口を開いた。


「【普通】のゴーレムなら……ね」


「普通のって……どういう事だ?」


「カラとあなたがどういう関係なのかは知らないけど、カラが特殊なゴーレムなのはわかるでしょ?」


「あ……」


 ツバメの言葉で全て察したアルヴィンは膝から崩れ落ちた。


「そっそんな……じゃあもうカラは……」


「………………諦めのはまだ早いわ」


 ツバメは少し考えた後、カウンターの裏にある自分の席へと戻った。

 そして依頼書を取り出し、何かを書き始めた。

 アルヴィンは立ち上がってカウンターまで近づき、その様子を黙って見つめていた。


「ゴアゴ博士なら、何とかしてくれるかもしれない」


「ゴアゴ?」


「パパの友達で様々な研究をしている人なの。ただ、今博士が住んでいる地域には頻繁に盗賊が出て危険だから……」


 依頼書を書き終わったツバメは、アルヴィンに手渡した。


「護衛の依頼書よ。これにあなたの名前を書いて」


「へっ? 護衛の依頼? でも金が……」


 アルヴィンが戸惑っていると、ツバメは顔を近づけて小声で話しかけてきた。


「今回は私の方で何とかするわ。それと護衛も実力のある人を紹介するから」


「えっ? えっ? ほ、本当……に?」


 そんなうまい話があるのかとアルヴィンはより戸惑った。


「信じて、私もカラを助けたい気持ちがあるの」


 ツバメは真っ直ぐな瞳でアルヴィンを見つめた。

 その瞳にアルヴィンは不思議と信用しても大丈夫だと感じとった。


「わっわかった、名前を書けばいいんだな?」


 依頼書を受けとり、名前を書いてからツバメに返した。


「……これでいいわ。じゃあちょっと待ってて、すぐ戻るから」


 ツバメは立ち上がり、依頼書を持ってギルド内の一番奥へと向かった。

 日が落ちてなくても薄暗い席。


「ニヒヒヒ……」


 そんな席で、いつもの様にナイフを布で磨きながら笑みを浮かべているヒトリの元へと……。

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