5・ヒトリの護衛

 翌朝、窓から朝日の光が入り部屋の中が明るくなってくる。

 ベッドの上で横になっていたアルヴィンがゆっくりと上半身を起こした。

 ほとんど眠れなかった為、目の下にクマが出来てしまっている。


「……はあ……全然寝れなかった…………ん?」


 馬の鳴き声が微かに聞こえ、アルヴィンは窓から外を覗いた。

 すると馬と馬車が冒険者ギルドの前に止まっていた。

 アルヴィンはもしやと思い、ベッドから降りてツバメが用意してあった動きやすい服に着替えて部屋から飛び出した。

 そして1階まで駆け降り、扉を勢いよくあけて外に出た。


「い、今からいくのか!」


「おはよう。けど、早朝だから静かにしないと駄目よ」


 馬車の近くにいたツバメが、人差し指を口にあててアルヴィンに注意をする。


「あっ……すまない」


「それと、申し訳ないけどこの馬車は食料を運んで来ただけよ」


 ツバメは馬車に積まれている木箱の蓋を開けた。

 中には野菜、果物、干し肉などが入っていた。


「そ、そうだったのか」


 中身を見たアルヴィンが落胆の顔を見せる。


「……あのさ、良かったらあなたとカラの関係について、教えてもらってもいいかな?」


「………………わかった」


 アルヴィンは言うか少し考えたが、一宿一飯とカラを何とかしようとしてくれている事もあり素直に話す事にした。

 家を飛び出した事、カラとの出会い、約1ヶ月の生活をしていた事を。

 ただ盗み食いをしたのは言いにくかったので、その部分は省いた。


「……なるほどね~そんな事が……でも、まだ1ヶ月ぐらいしか一緒に暮らしてないのにどうしてそんなに必死にカラを救おうと?」


「んーそう言われても何と言ったらいいのか……カラが誰かに似ているとかでも無いし……ただ……」


「ただ?」


「ゴーレムとわかっていても、どうしても人工物とは思えなかった……人にしか見ないし命がある様に思えた、だから助けたいと……思った……からかな? んーなんか違う気も……あーわかんねぇや!」


 アルヴィンは右手で自分の後頭部をガシガシとかいた。


「そう……カラをとしてみてくれたのね」


「? どういう事だ?」


「ううん、なんでもない。それよりこの食料を運び終えたら朝ご飯を作るから、その間に朝の支度を済ませちゃって。食べ終わる頃には手配していた馬車の準備も出来てると思うから」


「ああ、わかった」


 アルヴィンはギルドの中へと入って行った。

 その後ろ姿を見てツバメがほほ笑む。


「……イーグルスおじさんたち喜んでるだろうな~。よし、私は私で出来る事をやらなくちゃ」


 腕まくりをしつつ、ツバメは厨房へと向かった。




 朝食を食べ終わる頃に馬車の準備が出来、ダブダブの真っ黒のローブを着たヒトリが冒険者ギルドにやって来た。

 目立たない様にカラを毛布でくるみ荷台に乗せ、アルヴィンは御者台へと乗った。


「で、他の仲間はいつくるんだ?」


 話しているヒトリとツバメに、焦れったそうにアルヴィンが質問をする。

 それを聞いたヒトリが何回も瞬きをした。


「えっ?  ……あっ……な、ななな仲間ぁ?」


「ぷふっ!」


 ヒトリの動揺とアルヴィンの質問にツバメは思わず吹き出してしまった。


「あははは! 他の仲間はだってさ! あはははは!」


「う~……そ、そんなに笑う事ないじゃない……」


 ゲラゲラと笑うツバメに顔を両手で顔を覆うヒトリ。

 そんな2人を見てアルヴィンは眉をひそめた。


「はぁ~はぁ~……ヒトリはソロ専門、パーティーなんて組んでないわ」


 ひとしきり笑って、ツバメが涙をぬぐいつつ答えた。


「えっ!? それじゃあ、護衛って……」


「一人よ、ヒトリだけにね。なっちゃって」


「……」


「……」


 ツバメの言葉にヒトリとアルヴィンが黙ってしまった。

 その様子を見てツバメは慌てふためいた。


「ちょっと! 笑ってよ! 私が寒いみたいじゃない!」


「……い、今のはどうかと思うよ? というか、ボクを巻き込まないでほしいな……恥ずかしいよぉ」


「えっ! 嘘っ! そんなに!? いやいや、おかしいって! 今のは良かったでしょ! というか、そもそもあんたがソロ専門なのが――」


「……」


 ヒトリとツバメの言い合いをよそに、アルヴィンは不安に押しつぶされそうになっていた。

 先ほどアルヴィンが黙ってしまったのは別にツバメのギャグが寒かったわけではない。

 護衛がたった一人、しかも実力がなさそうな女性という事に言葉を失ってしまったのだ。



 ギルドから出発して1時間と少し。

 2人は薄暗い林道を進んでいた。


 ヒトリは御者台には乗らず、馬車の前を歩いている。

 本人曰く御者台に乗っていると周辺が見えづらく警戒しにくい、座っていると何かあった時にすぐに動けない……との事で乗るのを拒んだ。

 それが本当なのかはわからないが、アルヴィンは言い訳だろうなと心で思っていた。

 

「にしても、どう見ても怪しいよなーこれ……」


 馬車の前で真っ黒なローブを着ていてフードを深々と被り、辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いている人物と御者台に乗っている少年。

 事情を知らない人から見れば、あまりにも怪しすぎる。


「はあー……なんでこうなるのかな……」


 出発前、流石に一人で護衛は無理だ、他の人に変えてくれとアルヴィンはツバメに談判した。

 しかし、ヒトリ以外で護衛が出来る人がいないし問題も全くないとそのまま送り出されてしまった。

 あの時のツバメは自信満々に言い切っていたが、やはりアルヴィンは不安を消す事は出来なかった。


「まあ休憩もせず先を急いでくれているから、このまま盗賊に合わない事を祈……ん? 休憩もせず?」


 アルヴィンはヒトリに対して疑問を覚えた。

 馬は出発してからずっと小走りで進んでいる。

 ヒトリもそれに合わせて、馬車の前で歩き続けている状態だ。

 にもかかわらず、ヒトリの歩く速度が落ちる事はまったくない。

 いくら体力があるとしても疲れた様子が一切無いのは明らかにおかしい。


「な、なあ……あんたって……」


「……っ!」


 アルヴィンが声を掛けた瞬間、ヒトリが足を止め右腕を斜め下に伸ばしてストップをかけた。

 それを見たアルヴィンは急いで手綱を引き馬を止める。

 車輪の音が無くなり、林道は静寂に包まれた。


「……」


 ヒトリがゆっくりと後退りをし始めた。


「な、何かいるのか?」


 アルヴィンは不安そうに辺りを見わたす。


「――っ!! 危ない!!」


「わっ!?」


 突然ヒトリがアルヴィンに向かって体当たりをした。

 そして、その勢いのまま2人は荷台へ倒れてしまう。

 直後アルヴィンが座っていたところにタンッ! と音と共に1本の矢が突き刺さった。


「ひっ!」


 ヒトリに押されていなければ、今頃アルヴィンの体に突き刺さっていただろう。


「へっ勘のいい奴だな」


 林の陰から人相が悪く剣や斧、こん棒を持った小汚い格好した見るからにガラの悪い男達4人が姿を現した。

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