第3話 襲撃
「……それは本当ですか?!」
ゼファーは執務室でノールフォール一帯を代理で管理している男爵に調査報告を受けていた。
「はい。その後の調べでフォルクス家に仕えていた家の者等にも聞いたのですが、伯爵の長男は陛下の命に従うと爵位返還にすぐ応じ、長女は既に嫁いでいたので問題なし。本来ならば
男爵は続けた。
「謀反を起こしたフォルクス伯爵単独での計画だったこと、加えて彼の父である前伯爵が長きに渡りノールフォールを守った功績を
……しかし、どうやらフォルクス伯爵の次男もあの事件に関わっていたようなのです」
謀反を起こした男の父、前フォルクス伯爵は国の最北端であるノールフォールの守りの重要性をよく解っており、堅実に仕え、生涯をとしてその地を護っていた。
だが、事件を起こした伯爵は辺境の領地を元々嫌っていて、中央に進出したい意識が高かったらしい。
だが、父親である前伯爵の急逝により爵位を継ぐことになり、北の地に戻る事になってしまった。
出世が見込めぬのならばと、国境に近いことを利用し、他国に情報を流したりして益を得ていたのではないかと推測されている。
現伯爵の長男は前伯爵よりの考えであった為、父親に賛同していなかったが、次男はそうではなかったらしい。
「次男には魔法の才能があったらしく、屋敷でもこんな田舎で終わるような人間ではないと昔から豪語していたようなのです」
フォルクス伯爵のように出世欲が強く、ゆくゆくは王都で上級魔法使いとしてのし上がるつもりだったらしい。
だが、今回の事で家は取り潰され、地位は地に落ちた。
「……自分の父親の不忠義が原因ですが、父親の考えに賛同していた次男はそうは思っていないようです。
爵位剥奪を聞かされた時、恐れ多くも国王陛下に向けて暴言や呪いの言葉を吐いていたとか」
ゼファーは顔をしかめた。
「伯爵の長男は命が助かっただけでも有難いと次男を
……逆恨みで陛下のお命を狙うやもしれません」
この情報はなんとフォルクス伯爵の長男からもたらされたものらしい。
父親があのようなことになり、爵位を剥奪され、長男は自分の家族も抱えているのに弟の不穏と失踪である。
残された家族を守る為、弟が罪を重ねる前になんとかして欲しいと、本来ならば格下の男爵に頭を床に擦りつけて
ゼファーはフォルクス伯爵の長男の心境を考えるとなんともやりきれない気持ちになった。
「……報告ご苦労。
其のことについてはよく注意しよう」
男爵を下がらせると報告書を見て溜め息をつく。
「……何も、起こらなければいいが……」
朝、晴れていた空が嘘のように、外には雨が降り出していた。
***** *****
週末に降り始めた雨はなかなか上がらず、シトシトと、もう三日もアルカーナの王都に降り注いでいた。
「やまないねぇ……」
外を見つめながら、つまらなさそうにシュトラエル王子が呟く。
晴れていれば午前中のほとんどを薔薇の庭園で過ごしているような王子である。
こうも雨続きでは退屈すぎて仕方ない。さっきまでイルとお絵描きに
何度も窓辺に外の様子を確認しに行く王子をギュッと胸に抱きしめてイルは提案する。
「じゃあ楽しくなるような事を考えよう。
うーん、そうだなあ……。
あ! 晴れたら侍従様にお願いして、お城の外庭を散歩するのはどう?」
前にあんな事件があった為、あれ以来王子は宮殿続きの薔薇の庭園しか外出が許されていなかった。
城下街にお忍びはまだ無理だろうが、城内ならば大丈夫だろう。城をグルリと囲む外庭は薔薇の庭園とは違う良さがある。
王子の顔がパアッと輝いた。
「うん! お願いしてみるね!!」
顔を見合わせてお互いににっこりと笑い合う。
「早く晴れないかなぁ……」
さっきまでつまらない気持ちで外を眺めていたのに、一つ約束があるだけで、降り続いている雨の終わりを想像する時間もこんなに楽しい。
二人でいればつまらない時間なんてないのだとお互いが感じていた。
***** *****
王子の願いが叶って、次の日には雨も上がり、晴れて侍従長にもお散歩の許可が下りた。
イルは身支度を整えると、あてがわれている部屋を出る。
王子との約束は十時だったからまだ少し時間に余裕があった。早めに王子の所に顔を出そうかとも思ったが、きっと散歩の最中に、完全に遊び相手だと思われているお気に入りの赤毛の侯爵も呼んでこようと言い出すに違いない。
イルはガヴィの執務室に寄ることにした。
(お仕事だったら無理だけど、手が空いてたらきっといいよって言ってくれるよね)
ガヴィには王子に甘いと言われるイルだが、なんだかんだ言ってガヴィも大概王子には甘いと思う。口は悪いが、王子のことを可愛く思っているのは伝わってくる。だからこそ王子も懐くし、陛下や王妃様の信頼も厚いのだ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、手前の執務室から見知った人物がちょうど出てきた所だった。
「おや」
「ゼファー様。お早うございます!」
銀の髪の公爵はすっかり城になじんだ黒髪の少女に気さくに挨拶を返す。
「おはようイル。
……ああ、今日は殿下とお散歩の日だったね」
「はい! ゼファー様は……お仕事、ですよね?」
暗にお時間ありますか? と目だけで聞かれて、ゼファーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「残念だけれど、仕事が立て込んでいてね。
貴女は王子と楽しんでいらっしゃい」
ポンポンと頭を撫でられる。その仕草にイルは顔を赤くした。
(ガヴィは論外なんだけど、ゼファー様もちょっと私のことを何歳だと思ってらっしゃるんだろう)
赤くなった顔を苦笑いで誤魔化す。
日頃王子と転げまわって遊んでいるせいか、ゼファーも何だかんだとイルを子ども扱いしているきらいがある。扱いがシュトラエル王子と殆ど変わらない。
いや、まあ二十代後半の成人男性から見れば十二分に子どもだろうけれど。
身分が違いすぎる上に、年齢も違うし、尚且つゼファーの顔面が良すぎて、恐れ多くも『恋』だなんて気持ちには発展しないが、こんな超絶美形にそんな事をされてはドキドキしてしまう。
これで未婚なのだから不思議で仕方がない。
アルカーナの七不思議だ。
イルはゴホンと咳払いをするとゼファーに尋ねた。
「それは残念です。
……あの、ガヴィも今日は忙しいですか?」
「ガヴィ?
……ああ、二、三小さな仕事はあるが、すぐに終わるのではないかな?
……王子が誘ったとなればこれ幸い、と行くと思うよ」
これ幸い、と言う所を強調して、ゼファーにしては少し意地悪く笑うのを見てイルも笑う。
二人は仲がいいんだなぁと感じるのがこんな時だ。
「じゃあ、誘ってみます」
「そうするといいよ」
ぺこりと頭を下げてガヴィの部屋に消えていったイルを見送って、歩きながらゼファーは部下の報告を受けた。
イルに仕事だといったのは真実で、ゼファーは今日は何かと忙しい。
「……そうか、他に何か変わったことは?」
一通り報告を受けて尋ねる。部下は特にありません、と言いかけて一つだけ、と付け足した。
「特筆すべき……とまではいきませんが、数日前に城に荷物を配送している商隊が魔物の襲撃に遭いました。警備のものが付いていましたので大事には至りませんでしたが」
今まで輸送中にそのようなことはありませんでしたので一応報告しておきます。と報告を締めくくった。
「確かにあの街道で魔物が出るとは聞いたことがないな。
……近隣の村には警戒するようにふれを出しておいた方がいい」
部下は解りましたと返事をした。
窓の外には、先日の雨が嘘のように青い空が広がっている。
「……今日はいい天気になりそうだな」
ゼファーは立ち止まり青い空を見上げて目を細めた。
***** *****
この日、シュトラエル王子の気分は最高潮だった。
晴れた空、城内ではあるがいつもとは違う景色、隣には大好きな友達。
これで気分が沈んでいたら病気である。
特に何をしたわけでもないのに、数歩歩いては「たのしいねぇ!」と笑顔を振りまき、イル及び周りにいたお付きの侍従たちの頬を緩ませた。
今日は王妃様も一緒で、王子の右手には王妃、左手にはイルと手をつなぎ、「こういうのを『りょうてにはな』って言うんですよねっ」とのたまった時には皆どうしようかと思った。
綺麗に手入れされている色とりどりの花を見て回り、噴水のある広場まで来たところで噴水のふちに腰かけ、王妃様が自分で焼いたという焼き菓子をいただく。
ホロホロと口の中でほどけていくほんのり甘い焼き菓子がおいしい。
とても美味しいので王妃に作り方を聞くと、今度一緒に作りましょうねと優しく言ってくれた。
(
母を知らないイルは時折王妃を見て母を想像する事がある。
黒狼の姿をした森の精獣である母。
どうやって父と知り合ったのか、どうして父と結ばれたのか……なぜ、離れることになったのか。
イルはなにも知らされていない。
幼い頃、一度父に尋ねてみた事があったが、父は無言を貫き通し、聞いてはいけないんだなと幼心に思った。
母の血をひいているから自分を愛してくれないのかもと思った事もある。
本当はどうだったのか、もう聞くことはできなくなってしまった。
王妃がシュトラエル王子に向ける眼差しは、本当に慈愛に満ちていて、いつも抱きしめられているような安心感は母の理想像だった。
「ガヴィ……まだかなぁ〜。
早く来ないと母上のお菓子がなくなっちゃうよね」
焼き菓子を頬張りながら王子が言う。
ガヴィはゼファーの予想通り、仕事を終わらせたらすぐ向かうと今朝約束してくれた。
やはり、ガヴィも王子には甘いのだ。
(あ)
ふと視線を上げると、遠くの城の出口から見知った赤い髪の毛がゆっくり階段を降りてくるのが見えた。
「王子、ガヴィが――」
イルが王子に声をかけようとして、少し離れた所に男が立っている事に気づいた。
なんの変哲もない、城に出入りしている商人風の男だ。
男は緩慢な動きで右手をあげた。
そこからは、全てがコマ送りのようだった。
反射的に身体が動いたのに理由なんてない。
ただ、危険だと本能が叫んだ。
無風だった広場に突風が巻き起こり、風の刃に変わる。
イルは風が唸る音を耳元で聞いた。
なんの力もないイルに出来たのは、王子と王妃の前に飛び出す事だけ。
風の刃はイルの身体を何箇所も切り裂いて空に霧散して行く。
「イルーー!!」
切り裂かれた所から血が滴り落ちて血溜まりになる。イルはドシャリと倒れ込んだ。
王子は真っ青になってイルの名を叫ぶ。
イルは王子を安心させようと思うが返事が出来ない。
―――イタイ、イタイ、アツイ―!――
切られた所にまるで心臓があるかのようにドクドクと脈打っている。
返事をしようと思うのに、喉から出てくるのは耳障りな自分の呼吸音だけだった。
必死にイルを助け起こそうとする王子の頭上に、男の陰が落ちた。
「……私の価値を解らぬ国など不要だ……。
国王も、全てを無くしてしまえばよい」
仄暗い顔で再び右手をあげ何かを呟く、倒れたままのイルの視界に、ガヴィが必死に走ってくるのが見えたが些か距離がありすぎる。
「死ね」
男の顔が醜く歪んだ。
「やめろーーー!!」
ガヴィの声が広場に響いた。
(ダメ!!!)
その瞬間、イルは全身の血がカッと沸騰するかの様に、全身を巡るのを感じた。
その場にいた誰もが自分の目を疑った。
イルの体から噴き上がった血液が、一瞬で結晶化すると、無数の小さな刃となって至近距離にいた男を貫いたのだ。
「……ば、ばか……な……」
――それは
男は体をあちこち貫かれ、手を上げた体勢のまま、ドサリと崩れ落ちて絶命した。
小さな血の刃は浮力を無くすとカラカラと地に落ちる。
(
血まみれのイルにしがみついて泣きじゃくっているシュトラエル王子の声が何故か遠い。
自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。
向こうから、ガヴィが見たことのない顔をして駆け寄ってくるのが見えた。
(ガヴィ、なんでそんな顔、してるの――)
イルの意識は、そこで途切れた。
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