第二章:責任者

祭りの翌日は日曜であった。

空は快晴、昨日に引き続き、心地よい風が南から吹いている。

元の耳には、先ほどからカーテン越しに、小鳥のさえずりが聞こえていた。

しかしもって、頭が割れるように痛い。

少し目を開いてみたところ、カーテンの隙間から差し込む光が異様にまぶしくて、元は急いで再び目を閉じた。

ややあって、元は自分が見知らぬ部屋に寝かされていることに気づいた。

辺りを見回してみると、六畳一間の和室の中央に、自分が寝ているせんべい布団が一式置かれているだけである。

「どこだ、ここ」

上体を起こしてみると、酒臭い自分の体臭が鼻についた。

「くさっ」

思わず口に出る。

頭が痛い。

元は、痛む頭をおして上体を起こし、辺りを見回してみる。

着ているものは昨夜と同じであるが、スーツの上着だけが脱がされ、枕元に畳んであるのが目に入る。その隣には、後ろポケットに入れてあった長財布もちゃんと置かれている。

元は、昨夜の記憶が、途中からまったく無いことに気が付いた。

覚えているのは、バー「和心」で俊一郎と差し向かいクラフトビールを数杯やったところまでだった。

それ以降のことは何一つ、覚えていない。

「やっちゃったなぁ」

がんがんとまわる頭をかかえ再び布団に横になった元は、天井に向かいひとりごちた。



その頃、俊一郎は自家用車の軽を一心に走らせていた。

昨夜、元の口から耳にした「国家機密」を、どうしたらよいか寝ずに考えた結果、街の町長にまずは打ち明けてみようと決めたのだった。

本当なら街の市長に直接打ち明けたかったが、さすがに市長に直接会えるとは俊一郎も思わない。であれば、身近な町長に打ち明けてみよう、というのであった。

幸い、町長とは町内会のイベントなどで再三顔を合せており、初めてという間柄でもなく、なんなら家まで知っていた。

「池井」と書かれた表札の前で、俊一郎は車を停める。

辺りは閑静な住宅街である。

日も高くなったからか、それとも休日のせいもあってか、見ると小型犬を散歩させている女性や、小学生と思しき子供たちが沿道を歩いている。道に等間隔に並ぶポールに渡すようにしてかけられた紐には、祭りの翌日とあって、まだ提灯がぶら下がっている。

町長ともなれば、こういったところに住めるのだ。

四六時中にぎやかな繁華街の二階建ての一室に住まう俊一郎はそんなことを思いつつ、分厚い門についているインターフォンを押した。

「はい、池井でございます」

甲高く上品そうな年配の女性の声がして、用向きを尋ねられる。

「おそれいります、今朝がた予約を入れました、小川でございます」

それを受けて女性は、伺っておりますと答えると、すぐに門を開いてくれた。

祭りの翌日は町内会の片づけと決まっている。その合間をぬってであれば会うことができる。俊一郎はそう告げられていた。

絵画のかかっている玄関で靴を脱ぎ、すぐ脇の応接室に通される。

ここへおかけになって、と町長婦人と思しき女性の言に従い待っていると、彼女は盆にお茶と茶菓子を乗せて再び現れた。

「いただきます」

そう言って俊一郎はお茶に口をつける。

昨晩の酒がこたえているのか、それとも徹夜がきいているのかは分からないが、出されたお茶は思いのほか心地よくのどを滑り下りていった。

「やあやあ、お待たせして申し訳ない」

茶菓子をたいらげて再びお茶に口をつけたところで、ドアが開いて一人の男性が息を弾ませながら部屋へ入ってきた。

小太りの体格に眼鏡をかけて、ズボンをサスペンダーで吊った初老の男性は、池井町長その人である。

俊一郎が商店街に店を出して以来のつきあいとなるが、年齢はついぞ尋ねたことがない。

「池井町長、突然すみません」

開口一番、俊一郎はまずは謝罪を口にした。

「いやいや、いいんだよ」

そう言って、池井町長はテーブルを挟んで向かいの席に座る。

「それで、話というのは何かな」

部屋に入ってきた婦人が町長の前にお茶を置くのを待って、俊一郎は早速話を切り出した。

「池井町長、この街に久能元が帰ってきていることをご存じですか」

しばらく考えるそぶりをしてから、町長が答える。

「ああ、久能君ね、知ってるよ。妻も娘もその話題で持ち切りだからね。百年に一度の天才なんだって?すごいよねえ。それで、その彼がどうかしたの?」

「はい、その彼なんですが、実は私の友人でして」

 俊一郎は、手を組みなおす。

「ほう、そりゃあすごい。それで、その彼がどうしたの」

「それが、昨晩、私の店に顔を出しましてね」

伝えたい事柄はあらかじめ考えていたものの、実際町長を前にしてどう説明したものかと、俊一郎は言葉を区切る。

「それが」

これから打ち明ける一大事に、どうしても口が重くなる。

「それがどうしたね」

「それが、彼が酔った末に打ち明けたんですがね、今から五年後に、この千代田市がなくなるというんですよ。なんでも、『令和の大合併』とかで」

俊一郎は、自分が耳にしたことを正直に伝えた。

「まさか。酔った末のでまかせだろう」

「私も信じられませんでした。でも残念ながら、私の友人は頭が切れることだけが取り柄ですので、間違いはないかと」

 俊一郎は、じっと池井町長の目を見定める。

「そんな――」

町長は、顔に苦笑いを浮かべた。

「いや、たとえそれが本当だとして、君は私に一体どうしろと言うんだね。いち町長がどうにかできる規模の話ではないではないか」

急にそんな話をもってこられても困る。そう言って池井町長は椅子から立ち上がった。池井町長は動揺を隠せずそのまま椅子のまわりを歩きはじめた。

「しかし、こんな国家の一大事を耳にしてしまったら、いてもたってもいられなくなってしまって」

空になった湯呑を握りしめながら、俊一郎がすがるように町長を見上げる。

この市がなくなることで、町長がどのような影響を受けるかは俊一郎には分からない。

目の前の男は、さきほどから「まいったな」を繰り返しながら応接室の中をぐるぐると巡っている。

それからしばらく、婦人が部屋に入ってきて湯呑などをあらかた片づけた後で、池井町長はそれまでうつむいていた顔をあげ、足を止めて静かに告げた。

「よろしい、一市民からの悲痛な訴え、この池井が責任をもって処理させていただきます」

俊一郎は池井町長の目をじっと見つめた。

「ほんとうですか」

町長が言い放つ。

「ああ、本当だ。大船に乗ったつもりでいなさい」

しかし、気づいていないとでも思っているのだろうか、その丸眼鏡の奥には、左右に揺れる眼球が隠しきれない不安を色を表していた。



池井町長は、俊一郎を送り出したその足で、急ぎ三笠市長へのアポイントをとりつけた。

スケジュールの詰まった市長と面会の予約をとるのは至難の業だが、そこは役得で、いざという時のホットラインが用意されていた。

今は、いざという時だ。

池井町長は、そう判断したのである。

「大船に乗ったつもりでいなさい」とは言ったものの、池井町長の頭の中には、何の算段も浮かんではいなかった。仕方なし、自分の裁量ではどうしようもないから、困ったら上へ報告、という染みついた体質に、ただ任せたのである。

三笠市長との面会は、午後の二時に受け付けられた。

予定通りにその時刻、池井町長は三笠市長の邸宅の前へと車を乗りつけていた。

池井町長の自宅のある住宅街とは異なり、三笠市長の邸宅は市でも指折りの高級住宅街にある。

既に日は頭上を通り過ぎ、気温は一日で最も高い時間帯である。

邸宅前の公園では、祭りの翌日だというのに、元気よく蝉が鳴きだしている。

公園脇を流れる小川は、さらさらと小気味良い音を運んできてくれる。

タオルで汗を拭きながら、祭りの翌日になんで私がこんなことを、と町長は内心軽い憤りを感じていた。

「どうぞ」

インターフォンで用向きを伝えたところ、先端のとがった鉄棒が編まれた門扉が重々しく開いた。

「こんにちは」

邸宅内に足を踏み入れると、切り落とされた枝葉の中に仁王立ちになっている庭師と思しき男性に声をかけられた。

「こんにちは」

池井町長はおうむ返しに返す。

三笠市長の家は、代々議員を輩出する名家である。その名は県内に広く知られ、一族の顔すらも、新聞や各種メディアでよく取り上げられるため、知らない者はいない。

自分の担当している町の規模とはまったく違うとはいえ、生まれが違うとこうも違うものか。

シャツの下に着た下着に、汗がじっとりと染みていくのが分かる。

池井町長は、なかばうんざりするような心持で、招かれるままに建物内へと入っていった。

「お忙しいところ申し訳ありません。用向きは手短に済ませますので」

秘書室の秘書に面会は十五分だけと告げられた上でそう前置きして、池井町長は市長の部屋へと入室した。

「こんにちは、池井町長。お久しぶりです」

入室するなり、手元から顔をあげて挨拶したのは、扉へ向けられた大きな木目調のデスクに陣取った三笠市長である。黒髪のおかっぱ頭がトレードマークの三笠市長は、池井町長より五歳若い五十五になる女性である。

「どうぞおけかになって」

言われて池井町長は、部屋の中央に置かれた座り心地のよさそうなソファに身をうずめる。部屋の最奥にはでかでかと「心技体」と書かれた書が壁に掛けられており、その手前には人の高さにも及ぶ大きな熊の置物が置かれている。

「どうされました、急な用向きとかで」

言いながら、三笠市長は席を立ち、池井町長の向かいの席へと座る。

秘書が持ってきた冷たい麦茶を口に含んだ池井町長は、実はですね、と間を置き、重い口を開いた。

池井町長とは違い、年中のスケジュールが決まっている市長である。予定の合間をぬって強引にアポイントを入れてもらった手前、池井町長の姿勢はいつも以上に低い。加えて生まれの違いを見せつけられた後である。池井町長の口調は、最後には消えいらんばかりとなっていた。

「この市が無くなる。池井さん、その情報源は確かなんでしょうね」

話を聞き、まるで信じられないとばかりに眉間に皺を寄せ目を細めながら、三笠市長は再三池井町長に確認する。

池井町長より五歳若い三笠市長は、既に四期目に入るこの街の顔である。六十という年齢の割には若く見え、歩く姿もさっそうとしているためテレビ映りがよく、街の内外の人々から幅広い人気を得ていた。その市長の顔がゆがみ、うっすらと汗がにじんでいる。

情報源の確かさを訴える池井町長は、そんな市長の様子をみとめ、おそるおそるたずねた。

「あの、三笠市長、五年後にこの街がなくなるとして、私たちはどうなりますでしょうか」

重い沈黙がおりる。

「分かりません。ただ、町長であるあなたは再選すれば残り続ける可能性はある。ただ私は再選しても、そもそも千代田市長という役職がなくなっている可能性がある。」

「そうですか……」

内心ほっとしたのか、池井町長の顔が、丸眼鏡の下でほんの少しだけゆるむ。

「池井さん、このことはここだけの話にしておいてください」

自らの進退に関わる重大事件を、三笠市長はどう対処するのだろうか。

それとも対処しないのだろうか。

うつむく顔からそっと目だけをそちらに向けるも、その表情からは確かなことは読み取れない。

とりあえず職にあぶれることはなさそうだと一安心した池井町長は、今はただ好奇の目でもって三笠市長をながめ、冷たい高級であろう麦茶を飲み干し、その邸宅をあとにするのだった。



三笠市長の行動は早かった。

三笠市長は、池井町長を送り出した後、秘書に頼み、街一番の建設会社である北浜建設の北浜登と、これまた街一番の大病院である井口病院の院長井口雅之、さらに地元銀行である千代田銀行の頭取である金谷あさみ、他数名の街の重鎮に声をかけてまわった。

かkして、三笠市長の号令で、彼らは祭りの後のはじめての日曜日に、街の中でも有名な老舗の料亭「香旬停」に集まった。

総勢十名の、いわばこの街を動かしている権力者の面々である。

他の面子の名前を聞き、ただ事ではないと踏んだ北浜は、まだ市長の表れていない宴席で、隣の井口雅之に向かいたずねた。

「今日は市長が急ぎ話したいことがあるってことだろう。井口さん、なんだと思う」

北浜の半開きになった口からは金歯がぎらりとのぞく。

「さあて、時期が時期だけに、予算のことなんじゃないですか。それよりなんですか、クーラーの効きが強すぎやしませんか」

きっちりとなでつけられている七三分けの頭を光らせながら、井口は大げさに身震いしてみせる。

「まぁ金のことには間違いないでしょうな、なんせこの面子だ」

あらかた座についた面々を見渡し、北浜は大きな口でにかっと笑った。

先にやっていてください、と三笠市長の秘書の別所から女中に向かい指示がくだされ、各々の前にビールが注がれ、今や乾杯がなされようとしたときであった。

「遅れてごめんなさい」

そう言いながら三笠市長が部屋に入ってきた。

「やあやあ市長、待っておりましたよ」

北浜は言い、三笠市長にグラスが渡るのを待って、「では乾杯!」と立ち上がり音頭を取った。

皆がグラスに口をつけ、場内の空気がなごみ、各々の顔がほっとやわらぐ。

「それで、折り入って話というのは何なんです、三笠市長」

まだ前菜も運ばれてきていないうちから口を開いたのは、やはりせっかちな北浜である。

「それがですね」

三笠市長は、ひとりひとりの顔を丁寧に見定めながら口を開く。

「みなさまにお集まりいただいたのは、他でもございません。つい先日、私たちの市に重大な変化が差し迫っているということが分かり、急ぎお伝えしたく、こうしてお呼び立てしたのでございます」

三笠市長の緊張した面持ちに、平常ならぬ事態が起こっているのだと、誰もが動きを止める。

「突然なことですが、五年後、『令和の大合併』と称して、この市がなくなるということが判明いたしました」

一瞬の沈黙が下りる。

「この市がなくなる?そんなことがありえるんですか」

第一声があがる。

「どこからの情報なんですか」

第二声が続く。続いて、第三、第四と、声はみるみるうちにあがっていく。

「合併となれば、まず出る直接的な影響は何でしょう」

「まずはやはり予算の割り当てなんかが響いてくるのと違いますか」

日頃から喧々諤々と議論を重ねることに余念のない面々であるから、三笠市長が宴席に落とした言葉から、話題は方々へ波紋のように広がっていった。

「まぁまぁ、みなさん、落ち着いて」

料理が運ばれてきたのと同時に一瞬にぎわいを見せる場を、三笠市長がおさめようとする。

しかしそこは鶴の一声である。かねてからの影響力もあり、場はひとまず静まった。

「情報源は、みなさんご存じかもしれませんが、久能元という人物です。この市が輩出した天才と呼ばれている、T大卒、現厚生労働省職員です」

再び、会場がざわめく。

彼が酔いつぶれた末に口にしたざれごとである可能性は、この際考えなくていいだろう。

三笠市長は、そう判断した。

三笠市長は続ける。

「まずは資料をお渡ししますので、それに目を通してください」

言われて、別所が宴席をめぐり各々にA4のコピー用紙をホチキスで閉じたものを配り始めた。

資料が全員にまわったのを見て、三笠市長は続ける。

「資料の一枚目をご覧ください。みなさん、ご存じの通り、我が千代田市の人口は三万人です。正確には29,572人で、今年に入り三万人を割りました。比較して、隣の永田市の人口は十万人。合併となると、我が千代田市は永田市に飲み込まれる形となります」

分かりやすく円グラフでも示されている二つの市の人口比に、場内がどよめく。

「次に資料の二枚目をご覧ください。こちらもみなさまご存じかもしれませんが、図Aに示しましたのが、我が千代田市の人口ピラミッドです。一方、図Bに示しましたのが永田市の人口ピラミッドです。ご覧の通り、永田市には大きな工場がいくつもありますから、そこで働く従業員、つまり若い働き盛りの世代が多いです。一方我が千代田市にはそんな工場はありません。見ての通り若い世代はほとんどおらず、六十五歳以上の人口が若い世代の四倍以上となっています」

資料の二枚目には、三笠市長の言ったように、あまりにも形の異なる人口ピラミッドが二つ並んでいる。

「中央から見れば、永田市から集められる税金が豊富であるのに比べて、我が千代田市からあがってくる税はあまりにも乏しい。むしろ年金世代が多いことから、我が市は万年財政難です。合併となれば、このアンバランスな状態を解消できる。そういったメリットがあります」

まくしたてるように説明した三笠市長は、ここでグラスの水を口に含む。

宴席では皆が資料に目を落とし、口を開く人はおらず、市長につられてグラスに手を伸ばすのが幾人かいるだけである。

「ここまでよろしいですか。それでは、資料の三枚目をご覧ください」

場内に用紙をめくる音だけが響く。

「ここからが本題です。私はこの話を受けて、夜通し考えました。考えまして、勝手ながら、これから我々が取るべき手段を、以下の三通りにしぼらせていただきました。どうぞお読みください」

見ると、三枚目の資料には以下の文言が記されてある。

一、 何も聞かなかったことにして日常生活に戻る。五年後の『令和の大合併』を受け入れる。

二、 中央に対して、国家機密を知ったことを打ち明ける。五年後の『令和の大合併』についてはおそらく受け入れる形となる。

三、 ここで聞いたことを中央に知らせず、五年後の『令和の大合併』に向けて、秘密裏に対抗策を講ずる。

一気に場内がざわめく。

三笠市長は続ける。

「みなさんには、以上の三つの選択肢から一つを決めていただきたい。既にご承知の通り、これは我が市にとって一大事でございます。どの選択がなされたとしても、今後、誰に頼ることもなく私ひとりで決断を下すには荷が重すぎますので、ここでみなさんのご意見をお聞きしたいと思い、今宵お集まりいただいた次第です」

それが本音か――。

北浜は納得がいったという風に、一人グラスに口をつけた。

しかし、五年後に大合併となれば、商売にも当然影響が出るな。

北浜は算段する。

北浜建設は、先代が一代で起こした建設会社である。先代の折には大会社の下請けを担ってきたが、登の代になり会社をひとまわりもふたまわりも大きくして、市のコンペにも顔を出すようになった。正直、発注に余裕が出るため、市のコンペは当たるとおいしい。

それが、合併となれば話が変わってくる。

千代田市と比べて、隣の永田市は栄えている分、大手の建設会社がしのぎをけずっている。合併となれば、当然、そういった連中が競争相手になるが、正直規模が違いすぎてお話にならない。千代田市がひとつの市であるうちは仕事がまわってくる可能性が高いが、合併となれば、おそらく仕事はなくなるだろう。

それが、酔った頭でぱっと考えた北浜の頭の中の未来予想であった。

――これは、おもしろくない。

井口病院にしても、同じだろう。

患者の取り合いになれば、年がら年中老人を診ている井口病院よりは、施設の整っている大型の病院に軍配があがるのは目に見えている。

隣の井口雅之の顔を見ると、じっとりと渋面を作って押し黙っている。

その向こうの金谷あさみについては、四角い眼鏡の奥で目をつむり、何やら考え込んでいるようである。

他の面々を見ても、各々が頭の中でそれぞれに考えを巡らせているようである。

「まぁまぁ、急ぎの話ではありませんから、みなさん、どうぞ料理に箸をつけてください」

見ると、誰もがその場で資料を手でめくったり、手慰みにグラスをもてあそんだりしている。

「同じような場を、結論が出るまで何度か設けたいと思っておりますので、どうぞこの場では料理をお楽しみください」

再三にわたる市長の誘導により、ようやっと北浜が料理に手を付けたのを皮切りに、我も我もと目の前の膳に箸を伸ばす人数が増える。

結局、この夜を含め三度に渡り話し合いと称して宴席が設けられた。

そして、北浜含める十名が出した答えは、秘密裏における中央に対しての徹底抗戦という答えであった。

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