第9話ラーメンやっぱり美味し
今日は金曜日。
いつもの残業タイム。
パソコンの画面をみながらカタカタとキーボードを打つ。
最近すこぶる身体の調子が良い。
残業中にも関わるず疲れを感じていないのよね。
多分異世界に行けるようになったからでしょう。
あっちに行くと身も心もリフレッシュされる。
なんで異世界に行けるようになったのかは、今のところ分からない。
けど、こうして良いことずくめなのだから今は気にしないでいよう。
今すごくパソコン作業が捗っている。
今日は仕事がはやく終わりそう。
「ふぅー」
この辺で休憩しよう。
椅子の背もたれに寄りかかった時に「はいこれ」と後ろから男性の声がかかった。
私は声のしたほうへ振り向くと、ペットボトルのミルクティーが目に入り、それを持っていた人へと視線を動かす。
その人は私の会社の先輩であった。
私はミルクティーを受け取る。
「ああ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ。お疲れ様シズクさん」
「お疲れ様です」
どうやら先輩も今日は残業中のようね。
この人は、中原優斗さん。
私の一個上。
綺麗に整えられている前髪が特徴的。
そして密かに私が憧れている人でもある。
とってもかっこいい人。
私が苦いのは苦手なのを知っていて、コーヒーじゃなく、あえて紅茶にしてくれているような、そんな人である。
そういうちょっとした気遣いが好き。
「どう進んでる?」
「はい。今日は仕事が捗ったので、終電までには終われそうです」
「そう。それは良かった……」
先輩が何か言いにくそうにしながらこう切り出した。
「あのさ、シズクさん。自分に回される仕事もっと断ったほうが良いじゃないかな?」
「ああ……ですね……」
少し躊躇いながらも先輩に同意した。
「ですねって……。いやいや、どう考えても一年目の新人のやる仕事の量じゃないじゃないか。多分だけどシズクさん、他の人の分の仕事もやってるでしょ?」
「……はい」
「やっぱり。シズクさんは優しいから断りずらいんだろうな」
そう言いながら彼は頭を掻く。
「あはは……。でも仕事を回されるということは、それだけ頼りにされてるってことだと思うので」
「それはそうかもしれないけど……。明かに自分のキャパシティーの範疇を超えてる量をやってるじゃないか。覚えといてシズクさん。無理をしすぎないのも仕事のうちなんだよ」
その説教臭く感じない言葉が、私にとっては純粋に嬉しかった。
先輩は優しい。
本当に優しい。
「ありがとうございます。以後気を付けます」
「うむ。よろしい」
――その後は、他愛もないようなことを先輩と喋り合っていた。
今日金曜日だけど、もしかして先輩も一緒にあっちの世界に来ることになるのかな。
なんてことを心の中で思っていたその時。
――突然まぶしい光の輪が現れて、私たちはその光の中に吸い込まれてしまった。
――――
気が付くと、目の前にはお馴染みの異世界の光景がひろがっていた。
「あの光はなんだったの?」
っていうか先輩は大丈夫かしら?
と、思ったその時。
突然後ろから私の肩に手がおかれた。
「うわー!」
びっくりした拍子に大声を上げてしまった。
「ごめんシズクさん。驚かせちゃったね」
ってなんだ先輩だったのね。
「なんだ先輩でしたか。びっくりした」
「ごめんね。ねえ、ここは一体なんなんだろう? シズクさん分かる?」
彼がいやに冷静な感じでそう聞いてきた。
「えっと。ここは異世界の街ですね。どうやら二人して来ちゃったみたいですね。いつもは私一人なのに」
ありのままの状況を話す。
「へえ、ここって異世界なんだ。って、え? シズクさんいつもここに来てたの?」
「ええまあ。毎週金曜日に残業している時にきてました」
「あの時の光はこっちの世界への通り道ってことなのかな」
「多分そうですね。ただいつもは私が眠っているときに行けるんですが、もしかしたら二人でいく場合はあの光の中に入るようですね」
「なるほどね。大体分かったよ。それでこれからどうしようか?」
「とりあえず私の知っているお店に行きましょう」
「分かった。そうしよう」
――その後は、先輩と二人で街を歩き、ベルンさんのお店へと向かう。
途中先輩は、物珍しそうにしながらキョロキョロと目を動かしていた。
無理もない。
なんてたって初めての異世界。
困惑するのも当然だ。
けど先輩は「うん、すごいよ! すごく良い世界だ!」と。
何かテンション高めであった。
こんな様子の彼は初めてだわ。
歩きながら私の知っていることを優斗さんに話した。
ここがアズール王国のスロールタウンっていうところであること。
魔法の概念があることなど。
優斗さんは興味深そうに聞いていた。
――――
ベルンさんのお店に到着した。
「いらっしゃい! あれ? 今日は二人なんだね」
ベルンにそう尋ねられる。
「本当だ。さては彼氏?」
お店にいたロン君が茶化すようにそう言った。
「ち、違うわよ! この人は私と一緒に働いている方の優斗さんで、私の憧れの人で……。って!?」
……しまった。
つい流れで変なことを口走ってしまった。
どうしよう。
私はドキドキしながら優斗さんの様子を伺ってみた。
すると彼は黙ったままニコっとした顔を向けてきた。
ちょっ!?
何これ、ニコってなに?
どういう意味?
もしかして、優斗さん実は満更でもない……。
ぐあー、思い上がるな私。
勘違いだったらどうするの。
そうだわ。
これは彼なりの気遣いだわ。
この場合、否定も肯定もしないというのが彼なりの優しさなのよ。
そう、きっとそうに違いない。
と、思ったその時。
「シズクさんにそう思って貰えてたなんて、とても光栄だよ」
キュン。
って感じちゃった。
うそうそうそ。
そんなこと言われたら私……。
やばい。
私今、めっちゃ心臓バクバク。
「やっぱ彼氏なんじゃん」
ロン君がビシャっと言い放つ。
ちょ、やめてー!
「まあまあ、そこのお二人さんとりあえず何か一品食べていかなかい? それこそラーメンなんてどうだい?」ベルンさんがニヤっとした笑みを浮かべた。
「ということは出来たんですね!?」思わず大きな声を出す。
「うん。結構苦労したけど、あの時シズクに食べさせてもらったラーメンに近い味が出来たと思うよ」
「やったー! じゃあ早速頂きますね!」
「ベルンさん俺にもちょうだい!」ロン君がジュルッと口元を啜る。
「はいはい、待っててねー」ベルンさんが準備に取り掛かった。
「楽しみだなー。ってすみません優斗先輩。なんか私たちだけで話が盛り上がってしまっていて」
「いやいや、まあなんとなく話の流れで大体わかるよ。しずくさんがこっちの世界でラーメンを食べたくて作り方をあのベルンさんって人に教えたってことでしょ? でようやっとそれが今完成したと」察しの良い人だな優斗さん。
「そうなんです。優斗先輩もぜひ一緒にラーメン食べましょうよ」
「それじゃ、ぜひ頂くよ」
私たちはカウンターテーブルに座った。
「楽しみだなー、ラーメン」優斗さんがどことなくソワソワとしている。
「ふふふ、ラーメンお好きなんですか?」
「それはもう大好物だよ!」
「ふふ、そりゃそうですよね」
「うん。それがしかも異世界のラーメンときたら尚更期待しちゃうなー!」
「それ分かります。どんな味になるのかなー、ってドキドキします」
と、そんな会話をしていると横からロン君が「仲良く話しこんじゃって、お熱いですねー、お二人さん」と茶化してきた。
「こらー、ロン君。そうやって大人をからかうんじゃありません。まったく」
「良いじゃんそれにシズクさんもきっと満更でもないんでしょ?」ロン君がコソっと耳打ちしてきた。
もう、この子ったらちょっとませてるんじゃないかしら。
そりゃ確かに優斗さんは憧れの人ではあるけど……。
でもそうね。
いつかはお近づきになりたいわね……。
ほどなくしてベルンさんが、私たちのところにラーメンを運んできてくれた。
「んー! 良い匂い!」
「本当だね。何か魚介系の香ばしい匂いがするような」優斗さんさすがね。ラーメン好きな人みたいだから、匂いを嗅いだだけでわかるのね。
「分かるかい。このスロールタウンは港町だから、海産物が名産品なんだ。だからせっかくならスロールタウンならではの工夫を入れようと思ってね。それで魚介の出汁を効かせたスープにしてみたんだ。みんなのお口に合えば良いんだけどね」
ベルンさん、そんなこと考えてくれたんだ。
魚介のスープなんて私の渡したレシピには書いてなかったはず。
きっとベルンさんが試行錯誤して作ってくれた末の結果なのでしょうね。
有難く頂かせ貰おう。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
フォークでチュルリチュルリっと……。
「うぅん、うんまーい!」私は今、とても幸せそうな顔をしているに違いない。
「うん、これは美味い!」優斗さんもとても満足そうな顔をしていた。
「めちゃくちゃうめっー!」ロン君が凄い勢いでラーメンを食べていた。
「あー、良かったよー。やっぱりみんなの美味しいって言ってくれた言葉を聞かないと、安心出来ないからね」ベルンさんのホッとした表情。
私はいつものように、食リポをするように独り言を呟こうとしたその時……。
優斗さんが先に口を開き熱くこのラーメンの味を語り始めた。
「一見するとさっぱりしたような味の魚介出汁のスープ。でも一口二口三口と飲む度に、そこには魚介の深いうま味やコクが、これでもかと感じるほど主張してくる味わいがある。まさに絶妙な味。そしてその絶妙な魚介の味を引き立たせているのが、この味噌の香りと塩味。これぞまさに、海の恵の魚と大地の恵の大豆とが、手を取り合うことで織りなすうま味の極致! 至極の一杯! 実に美味だ!」
そう早口で熱く語る優斗さん。
本当にラーメンが好きなんだ。
その場にいた全員が彼の言葉に呆気にとられると同時、それを聞いていた他のお客さんが「俺も」「私も」とラーメンを頼み始める。
どこかで見た光景ね。
絶対に優斗さんの食リポ効果だわ。
優斗さんも食リポをする癖があるのかしら。
ていうか私よりももしかして食リポが美味いのでは?
ベルンさんが「はーい、ただいま!」と言い、他のお客さんの分のラーメンを準備し始める。
「でも本当に美味しいですね」
「うん。なんていうかこれが異世界のラーメンかー、って感じだね」優斗さんが本当に美味しそうに食べながらそう言った。
ほどなくしてベルンさんが、他のお客さんのところへとラーメンを運んでいった。
お客さんがラーメンを食べる。
「うう、うめー!」
「めっちゃ、美味しい―!」
とみんなの大歓声。
おかわりを頼む人までいる。
そのうちの一人はロン君だった。
「なあなあベルンさん、このラーメンって料理さ、これからもこのお店で出してほしいんだけど」
「そうだねー。それも良いねー」ベルンさんが相槌をうつ。
「うん、絶対売れるよこれ」ロン君の興奮した声。
「私からもぜひお願いしたいです」
「僕からもお願いしたいです。こんなに美味しいラーメンをもっとたくさん食べたいです」目を輝かせながらそう言った優斗さん。
「みんなにそこまで言われちゃあ、しょうがないね。一人に料理人として腕を振るわせて貰うよ!」
――その後お店では、ラーメンが人気メニューとなった。
ラーメンの流行到来。
ラーメンの話が巷では持ち切りとなったそうな。
――それはラーメンをいつメンで食べていたある日のこと。
「――ハロー、ここがラーメンっていうのを出しているお店なのかしら?」
お店の扉を勢いよく開けて入ってきた女性。
わあ、なんか如何にも魔法使いっぽい見た目の綺麗な人だな。
ロン君がその人を一目見るなり「せ、先生じゃないですかっ!?」
と、驚いた声を張り上げたのでした。
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