第2話二度目の異世界

カタカタとキーボードを打つ手。


積み上げられた書類の山。


この通り、相変わらず残業続きの毎日である。


もうとっくに終電の時間は過ぎ、深夜になろうとしている。




「はあ、全然仕事が終わらん……。今日もまた残業かぁ……」




クゥーと、伸びをする。




ふと、この前のことが脳裏に過ぎった。




「あの時私、本当に異世界にいっていたのかしら?」




疑問をそのまま口にする。




あれから一週間なにもないまま、またこうして金曜日となった。




あの時のことがあった日、家に帰ると、超快眠出来た。


更に疲れも軽くなっていた。


とても癒されたわ。




また行きたいなー。


なんてね。




実はちょっと期待している自分がいる。




まあ、今はそれより今ある仕事を片づけなくては。




「はあー」と溜息。




この一週間の疲れがどっと溜まっている感じがする。




うう、眠い。


うつらうつらとしてきた。




キーボードを打つ手が鈍っていく。




ああダメ。


限界。




おやすみ……なさい。






――――




は、ここは?


それにこの感じ……。




目の前にはあの時みた異世界の景色が広がっていた。


どうやら私、また異世界にきたみたい。


えへへ、やったね。




よし、とりあえずちょっとその辺をうろうろしてみましょう。


あっちにこっち目を回し歩き回る。




素敵な街並みが目に入る。


異世界風な雰囲気の人々にも釘付けになってしまう。




んー、少しその辺を歩くだけでも良い気分転換になるわー!




しばらく歩いていると、ちょっと前の方の人混みから声が聞こえてきた。




「あれ! シズクじゃないか!」




あっ!


ベルンさんだ!




「あ、どうも。お久しぶりです、ベルンさん!」




「お久しぶり。この前、急に店からいなくなってしまったから、どうしたのかと心配してたんだー」




そういう風に思われていたんだ。


まあ、店からいなくなったというか、この世界からいなくなったというのが正しいのかもしれないけど。




「その節は色々とありがとうございました。ご心配までお掛けして申し訳ないです。けど、私はこうして元気なので安心してください」




「それは良かったよ。あ、そうだ。僕はこれから店に戻るけど、良かったらまた店にこないかい?」




「でもご迷惑じゃないですか? それに実は私、お金も持っていないし……」




「そんなのいいよいいよ。というか、むしろぜひ来て貰いたいんだよ」




「そ、そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」






ベルンさんの厚意に甘えて、私はまたベルンさんのお店へと足を運んだ。










――――




お店に着くと、またベルンさんからの料理を振舞ってもらうことになった。




そして今、目の前にはまた、美味しそうな料理が運び込まれたのでした。




「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」




そう言いながら、ベルンさんが運んできてくれたのは、ビーフシチューに似た料理、それとバケッドであった。


今みたいな寒い季節には、ぴったりの料理ね。




わーい、やったー。


すごくおいしそう!




「いっただきまーす!」




スプーンでパクっといく。


むっ!?


熱いっ、けど……。




「ん~、おいしい! このホロホロと柔らかいお肉が口解け良くほぐれていって溜まらん。それにそれに、このお野菜も甘味のある優しいお味で食べやすいわー。それにそれにこのシチューと一緒に食べるバケッドも、サクサクのもちもちでパクパクっと軽くいけちゃうわー。はあ、こんなに美味しい料理が食べられて幸せー」




「ふふっ!」




ベルンさんがクスクスっという感じで笑った。


は、恥ずかしい……。




「私ったら、つい思ったことをそのまま言ってしまって……すみません」




「いやいや、本当に美味しそうにうちのお店の料理を食べてくれるなって思ってさ。料理人冥利に尽きるというか。やっぱり作る側の者としては、お客さんに美味しいって言って貰えるのが何よりも幸せなんだー。だからむしろありがとう」




「あはは、そう思って貰えて良かったです。私昔から食べることが大好きで。だからこうして美味しい料理を食べると、ついテンションが上がって、食リポしちゃうんですよね」




だから仕事もグルメ系を扱う雑誌の仕事についたのよね。




「その食リポ? ってなんだい?」




そうだよね……この異世界には食リポなんて言葉ないよね。




「えっと、何か美味しい料理を食べたりした時、その感想を言って料理の宣伝をする、みたいな感じかな」




「へえ、なるほど。シズクはそういう仕事をしているんだね。どうりで感想が上手いわけだ」




「え、ああ、まあ……。確かに似たようなもんかなー、あはは」




厳密には少し違うんだけどね。


とりあえずここは上手く話を合わせておく。




そんなこんなでベルンさんと話をしていると。




「なあ、俺にもあの料理と同じのを頼むぜ」と、私の近くの席の男性がベルンさんに注文した。


それに続くように「俺もー」とか「私もー」って、みな一斉に私と同じものを注文し始め、なんか既視感のある事態となったのでした。




多分前回と同様、これも私の食リポ効果なのでしょうね。


そうか、ベルンさんはこれが狙いだったんだ。


今更ながら気付く。


ベルンさん、ああ見えて結構やり手だな。




「はい、ただいま! ふふふ、思った通りだ。それじゃシズク、ゆっくりしていってね」




と言うと、ベルンさんが厨房の方へと向かった。




ああそうだ。


冷めないうちにはやく食べなければ。


私はビーフシチューを食べ進めていく。




食べながら今後のことを色々考える。


まずは状況を一度整理してみよう。




多分だけど、


この異世界にいけるのは、毎週金曜日に残業している時。


そして眠っているということ。


戻る時も眠ることで帰れるのでしょう。


今までの状況からみてそう考えるのが妥当でしょうね。




それで重要なのは、この異世界での生活をどうするか。


まずはお金の問題かな。


せっかくの異世界を満喫するにはとにもかくにもお金よね。




つまり金策はどうするかと。


これについては少し考えがある。


私の世界の物をこっちの世界に持ち込んで売るのだ。


この異世界に生活基盤がない私には、これがベストなやり方でしょう。




ただ問題はどうやってその品々を持ち込むか。




うーむ……。


どうしよう。


そもそも持ち込むことなんて出来るかどうかすら、怪しいわね。




……ふと、そういえば私の恰好がスーツのままであることに気付いた。


ひょっとして……この世界にくる前に私が身に着けていたものなら、こっちの世界にも持ち込めるのかな?


推測だけど、あらかじめリュックとかを用意して、それに品物を入れておけば、そのまま背負って持ってこられるとか。


だとしたらなるべく小さい物にしといたほうが良さそう。


まあ、ものは試しで次来る時に色々やってみましょう。




というかスーツの恰好のままだと目立つわね。


今更気付く。


それもなんとかしておかないと。




と、色々考えながらビーフシチューを食べ終えた。




「ご馳走様でした」




「はい、お粗末様でした」いつの間にか、この前と同じ店員さんが横にいた。




「あ、この間はどうも。紅茶美味しかったです」




「それは良かったです。そうそう、本日のお代も結構ですので」




店員さんが囁くように私にそう言う。




「すみません。では遠慮なくお言葉に甘えて」




どのみちお金もありませんから……。




「はい、シズクさんのおかげでうちのお店はご繁盛させて頂いておりますので。むしろこちらがお礼をさせて頂きたいくらいです」




いやいや、さすがにそれは申し訳なさすぎる。


こうしてタダでごはんを頂けるだけでもありがたいのに。


あ、そうだ。


何か情報を聞いてみよう。


今後の金策のヒントになるかもしれないし。




「それはさすがにご遠慮させて貰いますね。代わりといってはなんですが、何かお困りのことをお聞きしても良いですか? 今後、商売する時のヒントになるかもしれませんので」




私のその言葉を聞いて、店員さんは、何かを察したような顔になった。




「もしかしてシズクさんは旅商人の方なのですね」




「ええまあ、はい。そのようなことをこれからしようかなって」




「なるほど。そういうことでしたら一つ、困っていることがあります」




「良ければ伺っても?」




「ええ。実はうちのお店の調理器具が古くなってきてしまっているのです。そろそろ新しいものを購入したいのですが。懇意にさせて頂いている鍛冶屋がありまして、そこでいつもは器具を買っているのですが、最近そこの店主がご病気になってしまってお店を閉めてしまったのです」




「それで新しい調理器具を買えずにいると」




「そうなのです」




ふむふむ。


そういうことなら、次またこっちに来る時までに用意しておこうかしら。


ざっと聞いた限りだと、ホームセンターで揃えられそうな物っぽいし。




「それでしたら、次に来る時までにご用意出来るかもしれません」




「本当ですか!」




「ええ。ですがそちらのご期待に添えられる物かどうかは分かりませんが」




「いえ、シズクさんにお持ち頂けるものならきっと良い品に違いありません。すぐに店主にお伝えしてきますね」




そう言うなり足早にさっていった。




なんか謎の信頼をされてしまっているのは何故だろう。




むー。


それよりも。


ちょっと大事になってしまったかも……。




その後は――


色々と大変だった。


店主のベルンさんから、そういうことでしたらぜひお願いします。


と、言われ。


「シズクはうちの店の救世主だー」って、大袈裟なくらい喜ばれたのだった……。




あはは……ちょっとプレッシャーである。




さて、お腹いっぱいになったことだし、今日のところはもう戻ろうかしらね。




ふぁーとあくびと共に眠気が襲う。


そう思ったら急に眠くなってきたわ。




それじゃ、おやすみなさい……。






――――




デスクに身体を丸めて寝ていた私は、はたと起き上がった。




「はっ、寝坊したー! ……ってそうか今日は休日だった」




そうだ、また異世界に行ったのよね私。


ふふふ。


なんだかワクワクしてきちゃった。


ちょっと楽しくなってきたわね。




またはやく金曜日にならないかなー。




それじゃ、今日はもう家に帰りましょう。


また一週間頑張るぞ!

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